第二話 ……俺は戦いに向いてません
とりあえず、今わかっていることを話そうと思う。
――まず、俺達を今すぐ一般市民に、勇者として公表する心算は無いようだ。
そして、このプレクスタ城に居る人間でも、俺達の事を知っている人間は限られていた。
この国の王族や宰相など上役の人間、そして一部の兵士や侍女達、これには、俺達の世話役という意味合いも、含まれているのであろう。
だから俺達は現在、城の中でも奥の方に(詳しい城の内部構造はわからないが)、隔離されている状態である。
それは元々、そう云う予定だったのか、もしくは、召喚されたばかりの俺達が、勇者とは呼ばれては居るが、どう見たって二人とも強そうには見えない。
故に俺達が戦えるか如何かを、これは見極める期間なんだろう。
勇者として大々的に公表して、実は大した事在りませんでした。
……何て事があっては、国の威信に関わってしまう。
―――しかし、今の俺達には好都合だった。
勇者として顔が売れてしまった後では、動きにくくなってしまう。
今の内に、逃げる為にも情報収集や、自分の力をつけておく必要がある。
―――そして、なにより分かった事がある。
……俺は戦いに向いてません。
☆ ★ ☆ ★
「――ウヒャッ!」
俺は体を格好も気にせず、木剣の横薙ぎを必死でしゃがみかわした。
今の俺は、訓練と称された苛めの真っ最中なのだ。
見っとも無くとも、斬撃をかわすので精一杯だった。
木剣とはいえ、当たれば骨折は免れないだろう。何より痛いのが嫌だもん。
勇者召喚での補正……と言っても、俺の場合は日本に居た頃より、若干身体能力が上がった程度だ。
ぶっちゃけ今の俺の身体能力は、日本で同じ位の奴を探しても、結構見つかるかも知れない。
――そんな俺が、まともに戦って勝てるわけが無いだろう。
俺の相手は、ここ『神光国家プレクスタ』に所属する、『ランカスタ騎士団』の副団長様だ。
俺には、力、技術、経験、優雅さ、そして何よりも速さが足りない!
……いやさ、戦闘経験がまともに無い相手なんだから、手加減してくれてもいいだろ。
俺には嘗て、武道の経験があるなんて、裏設定なぞございませんよ。
「勇者たるものが、その様にみっともなくかわしてどうする!」
「いやいやいや、無理無理無理」
そりゃあ傍から見たら、見っとも無いし、格好悪いだろう。
だが! 痛いのに比べたら遥かにまっしだから!だから、そんな事を俺は気にしない!?
「――ハッ!」
左上から右下に袈裟懸けに斬りかかられ、俺は無我夢中で木剣で受け止めた。
しかし受け止めた所を、素早く切り返され薙ぎ払われた。
俺は対処しきれず、持っていた木剣を弾き飛ばされ、木剣を咽元に突きつけられた。
「――ま、参った」
「勇者と訊いて、どんな者かと期待していたのだが、この程度か……」
俺を侮蔑の眼差しで見下げられた。
周囲で見ている人間達も、侮蔑、嘲笑、呆れ、等様々だった。好意的な視線なぞ全く無かった。
まぁいいさ、弱いって云うのは事実だし。俺自身怪我も無いのだから。
――そうっ! 痛いの、だいっ嫌いだし。
「遥くん! 大丈夫ですか?」
雪緒は心配して俺に駆け寄って来た。
「ああ……怪我とかは無いから大丈夫」
「そうですか……良かった」
俺の返事に安心したのか、ホッとした表情をしていた。
そしてキッと俺の相手をしていた、副団長を睨み付けた。
……良い娘だな、雪緒は。
「……あれが、騎士の言う科白ですか。」
「次の相手は貴女ですよ」
「はい。わかりました……遥くん、仇はとりますから」
雪緒は俺にボソッと呟くと、俺が弾き飛ばされた木剣を拾い上げ、正眼に構えた。
俺と違い、様に成っているのを見るに、雪緒は剣道か何かの経験者なのだろうか?
「なるほど、貴女だったら少しは楽しめそうだ……では、行くぞ!」
「はい。いつでも構いません」
副団長は、雪緒の返答を訊くと。駆け出し一気に木剣を振り下ろした。
しかし、雪緒は難無く斬撃をかわしたのだった。
「なっ!?」
副団長は驚いているようだった。それだけ渾身の一撃だったのだろう。
周囲で見ていた人も、さっきの一撃で終わるものだと、思っていたみたいで、口を開けたまま呆けている人も居た。
「貴方の攻撃は、遥くんとのやり取りを見させて頂き、憶えましたから」
「何を莫迦な事を!」
副団長は直ぐに立て直して、体を捻りながら横に薙いだ。
雪緒はそれも難無く、バックステップでかわしたのだ。
「無駄です。貴方の攻撃では、あたしには届きません」
その後も悉く、雪緒は副団長の攻撃をかわし続けていていた。
かわし続けているだけで、全く反撃もしないのだ。只ひたすら見切りかわしている。
自分の攻撃が全く掠りもし無い事に、何より手加減されている事に、副団長は次第に、顔を真っ赤にしながらは殺気奔り始めた。
「――クソッ!」
頭に血が上っているのか、自棄糞なのか真っ直ぐ刺突をかました。
だが雪緒はその行動を読んでいたかの如く、寧ろ単調だったのであろうか、木剣を絡ませ、切り上げ、弾き飛ばした。
「どうです、まだやりますか?」
「クッ……いや、参った」
「そうですか、副団長様と言っても、たいした事無いのですね」
「――グッ!」
さっきの意趣返しだろうか、雪緒に言われ副団長は、顔を真っ赤にしながらも押し黙った。
俺が全く相手にならなかった相手に、雪緒は問題無く、いや相手にならないほど、圧勝したのだ。
周囲からは雪緒には羨望、尊敬など好意的な視線が集められていた。
俺とは違う反応……良いけどさ、良いんだけどさぁ……。
「――面白い、私もやらせて貰っても構わないかな?」
俺達の背後から声がかかり。振り返って見るとそこには、騎士団長様が居られるとな。
「そこの君、私も相手をして貰ってもよいか?」
「……わたしですか?」
「ああ、そうだ」
雪緒は少し逡巡してはいたが、返答した。
「はい、構いません」
「そうか、有り難う」
雪緒と騎士団長は、訓練場の真ん中に立ち構えた。
「では、参ります」
「ああ」
お互い答え合わせると、勝負は一瞬にして決まった。
雪緒は体がブレ始め一瞬にして消えた。雪緒の特性|《高速移動》が発動したのだ。
騎士団長は反応する事すら儘ならず、目の前に木剣を突きつけられていたのだった
「なるほど、わたしたちが異世界に呼ばれた理由が良く分りました。これでは確かに縋るしかないですね」
雪緒の科白はとても辛辣だった。怒ってもいるのだろうか。
さっき迄周囲の好意的だった視線も、科白を訊き敵意を持った視線へと変わっていた。
ただ、何も言ってこないのは、何も言えないのは、雪緒の強さを目の当たりにして、恐れているからだろう。
「遥くん、もうここに居ても仕方がありません。お部屋に戻りましょう」
「あ……ああ」
「では、わたしたちは失礼致します」
雪緒はそう周囲に告げると、一瞥もせずに訓練場から立ち去ったのだ。
……雪緒さんちょっと怖いです。
俺は怒らせないようにしないと、心に決めた……。