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愚者は踊る  作者: 君河月
第二章 旅立ち編
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第九話

 葛葉を助けた夜より、既に二日経過していた。

 距離的に考えて、遅くとも後一日位で第一目的地である〈自由都市〉に着くだろう。


 葛葉だが、色々情報を訊ねた結果――記憶喪失だと分かった。

 いや、記憶喪失と表現するのが正しいとは限らないが、俺達に連れられて森から出た以前の記憶は無いらしい。恐らくだが、魔力喪失とはかなりの大事みたいだ、生死を彷徨い記憶を失うくらいに……。

 ともかく、記憶を失い行き場の無い葛葉を見捨てることも出来ず、俺達の旅に同行する事になった――俺の事を『主様』と呼び、甘えてくる葛葉を見捨てれる訳が無いだろう。

 

 

 〈プレクスタ〉を出立して、既に一週間近く経過している。

 俺達は整備されている街道を堂々と真っ直ぐ突き進んでいるが、城の方から未だに俺達を捕らえに来る様な様子はなかった。

 お披露目の場に居なかった上役も恐らく居るだろう、なのに未だに追跡の気配が無いのはおかしいとは思いもしたが、こちらとしても面倒事はごめんなので、今の内に出来るだけ早く他国に移ることを優先しようと考えることにした。



 しかし今、俺の目の前に広がる光景は――面倒事にしか見えないのでした。



 正しく言えば遠視の魔術を行使しているので、二、三百メートル程先の光景なのだが――街道から少し離れた場所で、ねこ耳をつけたマッチョなおっさんがゴブリンに囲まれていた。

 

 ……俺は眼がおかしくなってしまったのかと思った。ゴブリン――はまだいい。街道付近とはいえ、ここまで来る過程で二人に知られないように既に何体か俺も魔術で処理をしている。

 しかし何だ……ねこ耳をつけたムキムキのマッチョなおっさんが、ゴブリンに囲まれて必死で対処している光景は……なんともホラーみたいでした。

 恐らく、アレが獣人族という存在なのだろう。――と、云うか。ねこ耳のコスプレをして戦闘しているマッチョなおっさんと云う存在は余り考えたくは無かった……。


 どうしよう……このまま進めば間違いなく巻き込まれるだろう。

 俺は葛葉を頭に乗せたまま(気がつけば特等席になっていた)対応を思案していると――


「遥くん。どうしました?」


 俺は考えに耽る余りに足が止まり、突然立ち止まったみたいで雪緒はそれに気付き訊ねてきた。


「いや……」


 なるべく目立たず、できるだけ厄介事は避けて行きたいので、できればここでの戦闘介入は避けておきたいが……。

 ここは素直に言うべきか……雪緒達の性格を考えると、俺が正直に言えば相手がねこ耳をつけたおっさんで在ろうと、恐らく助けようと言い出すだろう。

 

『ぬしさまぁ。どうしましたぁ?』


 俺の思考の一部が念話として洩れてしまったのだろうか、今度は頭に乗っていた葛葉も尋ねてきた。


『いや、なんでもない』


 俺は葛葉に返事しながら考える――なるべく早く〈自由都市〉に向かいたい、何より面倒事は避けたい、と――




「いや、いやだ。お父さあぁん! おとさあああぁぁあん!」




 ――俺の思考を断ち切る悲鳴が轟いた。もしやと思い、先程の戦闘現場を遠視魔術で確認すると――先程までゴブリン相手に健闘していたおっさんがわき腹をゴブリンの持ったナイフで突き刺され崩れ落ちていた。

 そして、先程の遠視魔術ではおっさんが庇って陰になっていたのか、俺よりは幼く、絆よりは年上に見えるねこ耳を付けた少女が、おっさんの横でゴブリン達に四肢を拘束され衣服を引きちぎられ裸に剥かれていた。


 突然の悲鳴だったが、俺の直ぐ後ろを歩いていた雪緒は、悲鳴を聞きつけると一目散に駆け出した。


「――ちょ、ゆき」


 俺が呼び止める間も無く、雪緒は悲鳴が聞こえた場所に駆けていく。 


「あー、クソッ。やっぱりかよ……」


 予想通りとでも云うのだろうか、俺はそう毒づきながらも雪緒を追い駆けるべく自分に強化魔術をかけていく。

 そして状況に取り残されてポカンとしている絆を、俺はおもむろに小脇に抱きかかえた。


「絆。舌噛むかもしれないからチョット口閉じていろよ」


 俺はそう言い、絆の返答を聞く前に全速力で駆け出した。

 



 ☆ ★ ☆ ★




「いや、いやだああぁぁあぁ。助けて! 助けておとうぁあぁぁん!」



 雪緒は無意識に行った《肉体強化》の恩恵で全力で駆け抜ける事により、二、三百メートルあった距離を五秒も掛けずに獣人の少女がいる場所に辿りついた。

 辿りついた時には――獣人の少女が泣き叫び、体をゴブリン達に押さえ込まれ今にも犯されかけている。


 ――それを見た雪緒は速度を緩めず、少女を拘束しているゴブリンの腕を抜刀し斬り去った。


 拘束を解かれた獣人の少女は突然の事に一瞬呆気に取られていたが、すぐ様気を取り直すと全裸でもあることを気にもせず、刺され脇腹から鮮血を流し地に伏せているおっさんに駆け寄っていった。

 俺は脇に絆を抱き、頭に葛葉を乗せた状態で駆けた事で、雪緒より少し遅れて着いた。


 俺は走っている最中も遠視魔術で状況を認識していたので、駆けている間に創りだした俺を囲む様に浮いている蒼い炎球を放つ為に雪緒に叫んだ。


「雪緒! その娘を頼む!」


 俺はそう言いきると絆達を抱きかかえたまま、炎球を一斉にゴブリン達に放った。

 ゴブリン達は突然の横槍に混乱し恐慌におちいった、俺が放った炎球に触れると――ナイフや鎧等の装備諸品共溶け爛れ、燃え尽き灰に還った。


 俺はゴブリン達が全て斃れるのを確認すると、念の為に周囲に魔術探索を放ち安全を確認した。

 周囲に俺達以外の存在が居ないと確認すると、雪緒の方に振り向いた。


 雪緒は裸でおっさんに縋り付き泣き叫んでいる獣人の少女に、自分が着ていた紺色の外套を纏わせると、未だ俺に小包を抱くように抱えられている絆に向かって訪ねた。


「……絆ちゃん。この人を治せますか?」


「う、うん。でき――」


 俺は、絆が雪緒の問いに答えている所へ割り込む様に言った。


「いや。今回は俺がやろう」


 こんな視界が広く、先程念の為に魔術で周囲を確認していたとは言え、誰に見られるかもわからない街道直ぐ横で、この世界でも希少な治癒魔術を絆に使わせるのは余り宜しくは無いだろう。

 だったらば、〈プレクスタ〉でも堂々と魔術で喧嘩を売った俺が行った方がまだ二人には安全だろう。まあこの際、面倒事を背負うなら俺だけで十分だしな……。


 俺の答えに雪緒や絆は不思議そうな表情を浮かべていたが、俺は気にせず絆を横に下ろすと、葛葉は頭に乗せたままおっさんの元に向かった。

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