第八話
大自然を肌に感じてから(とっても開放的でした)一晩が明けた。
葛葉について二人には言っておいた方が良いと考え、食事の準備の前に言っておく事にした。
「……ええっと。その狐さんが喋るんですか?」
そう言って首を傾げたのは雪緒だった。
白みかけた空の下、俺達は食事の準備の為に熾した焚き火の前で、俺は葛葉を腕に抱いた状態で座り、雪緒と絆は向かい合った形で話していた。
絆は俺の腕にいる葛葉を、撫でたいのか抱きしめたいのかはわからないが、ウズウズとした表情でこちらを見つめてきている。
「ああ。信じられないかも知れないがそうなんだ」
雪緒は怪訝そうな表情で俺達を見つめてきた。
――まあ予想通りの反応だな。俺だって最初は信じられなかったし、この話題を切り出す上で、俺の頭が可笑しくなったと思われても仕方が無いだろう。
「――い、いえ。遥くんの事を疑ったている訳では無いですよ。ただ、突然の事で驚いただけで……」
雪緒の反応が普通なんだろう。そしてウズウズと見つめてきている絆と、それを警戒してグルルっと唸り睨みつけている葛葉――全然怖くは無いんだけどね。
目に見えない攻防を繰り広げている光景を横目に、俺は答えた。
「……まあ、そうだな。験しに葛葉に挨拶させてみるから」
俺はそう言い、葛葉に念話で呼びかけた。
『葛葉。聞こえるか?』
『は、はいぃ。ぬしさまぁ。なにかごようですかぁ』
葛葉は俺の呼びかけに驚いたのか、ビクッと反応したが相も変わらず絆を警戒しながら、俺の呼びかけに答えた。
『葛葉。目の前に居る二人に挨拶してくれないか』
『……このひとたちにですかぁ?』
葛葉はなんとも云えない様な声色で返事をした。
『ん? もしかして嫌なのか?』
『い、いいいいいえ。ぬしさまがおっしゃるんでしたらぁ』
葛葉は俺の質問に慌てた様子で答えた
『は、はじめましておふたりがたぁ。くずははくずはともうしますぅ……。くずはのなまえはぁ、なんとぬしさまがつけてくださったんですよぉ』
葛葉は最初、渋々ながらと云った感じで挨拶していたが、最後の方はフフン良いでしょうみたいなドヤ顔になっていた。狐のドヤ顔ってはじめて見たよ。
俺はその言葉を聞きながら二人の反応を見ていたが、先程の様子と変わらずに、俺みたいに驚いたりと云った反応は無かった。……俺は少し気になり二人に訊ねた。
「今、二人に呼びかけと云うか、挨拶をしていたんだが聞こえたかな?」
「い、いえ。何も」
雪緒は俺の質問に、首をフルフルと横に振りながら答えた。
「絆もそうなのか?」
未だに葛葉をみつめている絆に訊ねてみると。
「ん? お兄ちゃんなーに? どーかした」
葛葉に集中していて俺達の会話を聞いていなかったのか、キョトンとした表情で訊ねてきた。
普通に考えていきなり頭に声が響いてくるのに、無反応でいる事は無理だと思う。おそらく絆は、雪緒を同じく聞こえて無かったのかも知れない。
――んん? なんだこれ? 俺だけに聞こえる妖精さんかなんかですか? ……って、そんなわけないか。少なくとも葛葉は俺の言った通りに反応しているのだから。
しかし何だ、葛葉の声は俺にしか聞こえてないって事か……?
「二人には俺達の会話が聞こえなかったのか?」
「はい」 「うん」
どういう事だ? 俺だけしか聞こえない理由はなんだ?
昨晩の弱った状態から打って変わって、元気そうに俺の腕の中で甘えている葛葉を見つめながら考えていると、ある仮説に思い至った。
俺は昨晩葛葉に、魔力の殆どを譲渡した。それで俺と葛葉がリンクと云うか波長が繋がったのかも知れない。験しにと思い《魔術感知》を使用してみると――葛葉の魔力の性質と色が俺の物と一緒だった。
俺は魔術や魔力について完璧に把握しているわけでは無いが、現時点で俺と葛葉と、雪緒や絆との違いを考えれば、可能性としては十分ありえるかも知れない。
「ああ、そうなんだ……」
理由は予想はついたが、俺だけが狐と会話出来ると云うメルヘンな状況は変わらない。
ともかく俺は、実際雪緒は本当に疑ってはいないのかも知れないが、もしも頭の痛い人だと思われない為にも、俺が葛葉と会話と出来ると云う事を証明する為に、先程思いついた考えを説明する事にした。
☆ ★ ☆ ★
俺は二人に信じてもらう為に、葛葉に頼んで俺の言った行動をして貰うなどの手段で、色々証拠を見せて漸く腑に落ちた様だった。寧ろ羨ましそうな顔をされた。
葛葉は俺の事を主様と呼ぶように、基本的に俺に対しては従順だ。なので、実際に説明するのに然程手間取りはしなかった。
「ご馳走様でした」
そう言い俺は、先程までスープが入っていた器を置いた。
葛葉の説明を終えると、直ぐに雪緒は朝食の準備に取り掛かってくれた。気がつけばこの旅で、雪緒が料理の当番を買って出ていた。と、云うか、俺に料理をさせてくれない。
ともかく、雪緒が作ってくれた様々な野菜と燻製肉が入ったスープと、俺が街まで戻って買った白パンを朝食として平らげた。
俺は横で、深めの器になみなみと入ったスープに顔を突っ込んでいる葛葉を見た。
葛葉は最近、物を食べていなかったのか夢中になって食べている。
「葛葉ちゃん。おいしい?」
葛葉の食事風景を見て雪緒はそう訊ねていた。
雪緒に声を掛けられた葛葉は、器から顔を上げるとプイっと横を向き、再び食事を再開した。
「……遥くん……私、この仔に何か悪い事しました?」
そうなのだ、葛葉は俺には従順ではあるが、雪緒や絆には愛想がもの凄く悪い。触られたりするのはもっての外だ。
葛葉に人の口頭言語は通じないので、俺みたいに念話をしないと本来は会話や言葉の意味を伝える事は出来ないのだが、雪緒に呼びかけられても言葉の意味はわからない筈なのだが、なんとなくで感じているのだろうかあのような反応をする。
俺が言えば一時的には改善するが、暫く放っておいたら今のような状況になってしまうのだ。
「いや、そんな事はないよ。……たぶん葛葉は今まで野生に居たので、人が余り得意ではないんだ」
まあ。実際は如何なのかは知らないけどね。ただ、流石に雪緒が可愛そうになって、ありえそうな理由をでっち上げてしまった。嘘も方便で許してください。
葛葉も早く二人になれてもらわないと……。
「そ、そうですか……うん、そうですね。今はチョット警戒しているだけですよね」
雪緒は自分に言い聞かせるようにして言っていた。少し罪悪感を感じもしたが、俺は黙っているしか選択肢が無かった。
食事が終わった葛葉は器から顔を離すと、俺の背中に乗ってそのまま頭の上まで登ってきた。俺の頭に乗り尻尾を首に巻きつけ、所謂ロシアの帽子状態。
『葛葉、どうした?』
『……だぁ、だめだったでしょうかぁ』
俺が葛葉の行動を訊ねてみると、恐る恐るながらそう答えてきた。
『いや、ダメって事はないが』
『ほ、ほんとうですきゃ』
葛葉はそう言うと、俺の頭にガッシリと短い腕で抱え込んできた。爪が軽く食い込んで少し痛かったが、そう言った手前、俺は気にせず食事当番の代わりに申し出た食器洗いの為に立ち上がり、空になった器を回収していった。
というか、念話でも言葉を噛むもんなんだな……。
俺は葛葉を頭に乗せたまま、空の器を魔術で水創り洗浄していると、今まで羨ましそうに葛葉を眺めていた絆が、おずおずと俺に訊ねてきた。
「お兄ちゃん。あの……」
「ん? どうした?」
今までの様子を見るに、葛葉に触りたくなって俺に頼みに来たのかな?
「絆もお兄ちゃんの頭に乗りたい……」
――って、そっちかよ!!




