第七話
「…………はいっ?」
俺は突然頭の中に響いた声に驚き、周囲を見回したが――誰もいなかった。もしかしてとも思い、テントの外を確認もしたが、パチパチと火が消えかけている焚き火が在るくらいで、やはり誰もいない。
「んん? 俺の気のせいか……?」
俺はそう呟き、改めて湯船に浸かろうとして、目の前でプルプルと体の滴を振るっていた狐を抱き上げ、お湯に浸かると――
『キャウウゥゥ、あつーい』
再び頭の中で声が響いた――しかし、周囲には声の主は見当たらなかった……。
えっと……あれ? 俺幻聴でも聞くようになったの? 俺は声の元がわからず困惑していると。
『キュウウゥ』
声が頭の中でまた響き、俺はもしやと思い、一緒に湯船に浸かっている真っ白い三尾の狐を見つめた。
「……もしかして、お前か?」
俺は狐に訊ねてみるが、案の定と云うか「キュ」と鳴き首を傾げ、俺の問いに答えた。
「あ、あはははは……、なわけ無いよな」
うん。幾らここが異世界だろうと、狐が喋る訳が無いだろう。そうだ、これは幻聴に違いない、きっと、さっきの戦闘で怪我を負ったことで、一時的に頭がおかしくなっているんだろう。
俺は精神衛生上の為に、こじつけに近い考えで納得していると……。
『ふぃぃぃぃ』
「……って、やっぱりお前じゃねえかよ!」
俺は湯船の温度に慣れて、恍惚気味の表情を浮かべている狐に向かって突っ込みを入れた。
「うお、しまった。思わず狐に突っ込みなんかしてしまった」
ヤバイ、この狐侮れねえ……なんて埒も無い考えをしていると、狐は俺の言葉を理解していないのか、いきなりの大声で驚いた位で、他にそれと言った反応は無かった。
……しかし、どういう事だ? 狐の言葉は、俺にはある程度理解できるみたいだが、俺の言葉は狐に理解されて無いみたいだった。
あれ? そう云えば聞こえた、では無く。頭に直接声が響いたんだよな……ということは、念話か何かの類なのか……? 尻尾が三本ある時点で、普通の狐では無いと思ったが、そう云う特殊な力を持つ種族なのかも知れない。
「なあ、他の言葉は言えないのか」
俺は狐にそう訊ねてみたが、やはりと云うか言葉は通じないみたいだった。
――ふむ、狐に俺の直接の言語は通じないと言う事は、俺も念話? を使えば会話できるのか……?
俺は験しにと、狐を呼びかけるようにして念話を行ってみた。
『――い、聞こえるか?』
ビクッ!
狐は突然何かに反応するかの様に驚き、周囲をキョロキョロと見回し始めた。
『ふええぇぇぇ。なにぃなにぃ』
様子を見るに俺の念話が届いたのだろうか、狐の声らしき物が俺の頭に響いた。
『おい、俺の声が聞こえるか』
『だ、だれですかぁ?』
狐は俺の声が聞こえたのだろう、周囲を見渡し確認しながら訊ねてきた。
『俺の言葉が理解できるのか』
『は、はいぃ。で、だれなんですかぁ?』
予想通りと云うのだろうか、念話だと狐と会話が出来るみたいだった。……しかし、念話なんてした事無かったのに簡単に出来るもんなんだな。流石は俺。
ともかく狐の問いに答える為に、目の前まで抱き上げ向かい合って答えた。
『俺だ、俺。わかるか?』
『……もしかして、ぬしさまですか』
……主様って俺のことか? 周囲を確認してもそれらしい人物は確認できなかった。
『主様ってのは俺のことなのか?』
俺は狐にわかりやすくする為に狐を片腕で抱き、右腕で自分を指さしてみた。
『はいぃ、そうですぅ。ぬしさまがぬしさまですぅ』
主様が主様らしい……意味がわからん。
『……なんで俺が主様なんだ?』
『だってぬしさまぁ。くーとおなじにおいするぅ』
……よくわからないが、俺が獣臭いって事でしょうか? その言葉を聞き軽くショックを受けていると。
『ぬしさまぁ。このあたたかいのなんですかぁ?』
狐は俺の腕の中で、チャプチャプと叩きながら訊ねてきた――なにこれ、思わず抱きしめてしまいそうなくらい可愛いじゃないか!
『くぅぅ。ぬしさまくるしぃ』
……あれ? 思わず抱きしめていました。
『おお、悪い、悪い』
俺は抱擁を緩めると、こふこふと狐は咳をしていた――この仔は俺も萌え殺す心算らしい、一々動作が愛らしすぎる。
俺は気を取り直して、狐の問いに答えてあげた。
『この温かいってのは、お湯の事だな』
『おゆぅ?』
『ああ、そうだ……』
狐は、いまいちよくわからないと云った風に「キュ」と鳴き首を傾げていた。
『それで、俺からも訊きたいんだが――お前の名前って、くーでいいのか?』
先程自分の事を「くー」って呼んでたよな。
『……なまえってなんですかぁ?』
……はいっ? さっき自分の事を呼んでたよな……もしかして、名前と云う物自体理解できて無いのか。それとも先程言った「くー」って云うのは、この狐の事ではないのか?
『いや、だから。お前の事を何て呼べばいいんだ?』
『……? ぬしさまがすきによべばいいよぉ』
好きな様にって……。
『お前、名前無いのか?』
『……うん?』
反応は鈍いが、狐は名前を持っていないらしい……。いや、わからないのか?
『と、いうことは。俺が名前をつけていいのか?』
『うん! ぬしさまがつけてぇ』
――ふむ、名前ねえ? 何かいいのあったっけ。
『……じゃあ、葛葉だ』
『くずはぁ?』
『ああ、これからお前の事は、葛葉って名前だ』
自分で言っていた「くー」って呼称と、日本の伝説上の狐の名前からも引用させてもらった……あれもたしか白狐だったよな。
『くずはぁ。くずはぁ~』
狐改めに葛葉は、名前が気に入ったのか何度も繰り返していた。
『それでだ葛葉、少し訊きたいんだが』
俺は葛葉に質問しようと声を掛けてみたが――
『ふえぇぇ。目がグルグルするぅ』
葛葉は頭をフラフラと揺らしながら言っていた……って、ヤバッ! 湯中りしてのぼせたみたいだった。体の小さな葛葉に、俺と同じ感覚での入浴は酷だったか。
俺は慌てて葛葉を湯船から抱き上げた。
『お、おい。大丈夫か?』
『ぬしさまぁ。くずはまわってるぅ』
大丈夫では無かったみたいだった。俺は腰にタオルを巻き鞄から水の入ったペットボトルを取り出すと、体を冷ませる為にテントの外に出て葛葉を介抱してあげることにした。
――ハァ。雪緒も絆も寝てくれていた助かった。
大自然で真っ裸な俺。まさにファンタジー……。
今まさに新たなファンタジーが始まり……ませんよ?