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愚者は踊る  作者: 君河月
第二章 旅立ち編
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第四話 






「……ん? あれか?」


 ライトの先に照らされた白い物体を見つけ呟いた。


 結局ここまで、風呂を創った場所から三十分近く歩く事になってしまった。

 実際の距離にしてみたら大した事は無いのだろうが、夜間の森で足場も其処まで良くないとすれば、その位の時間はかかってしまうのかも知れない。

 まあその大半は、雪緒を慰めたりした為に、思いのほか時間がかかったのだろうが……。


 俺は今両手が塞がっている――別に荷物を持っているのではなく、右手に少女(雪緒)、左手に幼女(絆)と云った、非常に歩きづらい状態だ。

 流石にこの状況でライトは持つ事が出来ないので、今は絆に持って道を照らしてもらっている。というか現状の雪緒は余りアテには出来ないので、絆に任せるしかなかった。 


 辺りは暗くてまともに見れない上に、俺は両手が塞がっており咄嗟に動く事が出来ず、周囲を警戒しながら歩いていたのでかなり気疲れした。

 俺は女の子と手を繋ぐのは嫌ではないが――いや、寧ろ大好きだが、それは時と場合による物だと、身を持って理解した。少なくとも魔物が潜んでいるであろう森の中でする事ではない。


 ともかく、俺が魔術で探知したであろう、生き物の場所にまで特に何も無く到達した。 ライトを照らした先には……何かの動物が蹲っていた。


「お兄ちゃん。あれなの?」


 絆はライトを動物に向け、訊ねてきた。


「……ああ、この辺りで間違いないはず」


 俺はそう答えると、感度を上げるために範囲15メートル程に絞って、再び魔力を放ち探知を行ったが――反応はライトの先に照らされた動物からしか無かった。


「やっぱり、その動物からの反応みたいだったみたいだな」


「……そう……ですか」


「ふーん」


 二人は俺の答えを聞くと、反応こそ薄かったが安堵の表情が見て取れた。

 しかし、魔術探知では大まかなサイズしかわからなかったが、予想よりも更に小さく、人でも無かった……まだまだ改良の余地があるな、と考えていると。


「けど、お兄ちゃんの言葉を聞くと、この子って弱ってるんだよね……?」


 絆はそう言うと、繋いでいた手を離して動物に近づいていった。


「お、おい、絆。あぶないから――」


「絆ちゃん。あぶないですから離れては――」


 俺の雪緒の警告を気にもせず、蹲っている動物の傍らに近づいた。弱っているとは云え、もしかしたら魔物かも知れないのだ、俺達も恐る恐る近づいていった。


「……この子……犬?」


 絆は呟くように言っていた。俺も近づき確認すると――ふわふわの白い和毛(にこげ)に包まれ、三角の耳に尖った顔、そして三つにわかれた尻尾。


「ううん、違います。たぶんですけど狐かと……」

 絆の科白に雪緒はそう答えた。その言葉を聞き、俺も合点がいった。


「……ああ、確かに狐だな。ただ尻尾が三本ある狐と云えば――」



 ――妖怪だよな。



 複数の尾の獣と云えば、日本の妖怪の代名詞だろう。有名な所で言えば『猫又』、狐で言えば『九尾の狐』。

 しかし、ここは日本ではないし、この子は三尾しかないので、妖怪では無いのかも知れないが。というか魔物の可能性も残っている。ただ旅立つ際に事前に調べた情報だと、この周辺に狐型の魔物の情報は無かったんだが……。

 

 ちなみに最後まで言わなかったのは、雪緒に妖怪と云う言葉に反応されては困ると思ったからだ。 

 絆は、弱って小刻みに震えて蹲っている狐? を見て、ポツリと言った。

 

「この子弱って震えてる……かわいそう」


 絆はそう言い、俺達が止める間も無く、狐に手を翳すと治癒魔術を紡ぎ始めた。


『――慈悲の力。癒しの力よ。この子に光を』


 絆の手のひらが薄く輝き、揺らぎだすと、魔術が発動した――が、狐の様子が改善される事は無かった。


「……えっ? なんで? なんで効かないの?」


 狐は未だ蹲り、弱弱しく震えていた。

 絆は、治癒関係の魔術だけは俺が使うモノよりも強力だ。それが効いていないので、絆は混乱していた。


「ちゃんと使ってるのに何で……?」


 手のひらが、薄く輝き揺らいでいるという事は、魔術が発動しているという証拠なのだが。  

 

「お兄ちゃん……なんで効かないの?」


 絆は困惑した表情を浮かべ、訊ねてきた。絆の治癒魔術が効かない以上、俺が使っても意味はないだろう。ともかく俺は絆の疑問に答える為にも、魔術解析する為《魔術感知》使い、集中してみた。

 

 集中してみたが――絆の魔術は正常に発動していた。と、なると、狐の方に何か問題があるのかもしれない。そう思い見てみると。


「……ん?」


「……どうしたの遥くん?」


 俺が首を捻り声をあげると、未だに俺と手を繋いでいる雪緒が訊ねてきた。


「いや。なにかチョット違和感が……」

 そう、なにか狐に違和感があるのだ。違和感と云うか不自然さが……。あとこの状況でも手を離さない雪緒というのも、十分不自然かも知れないが。


「違和感ですか……?」


「うーん…………あっ!?」


「なにかわかったの、お兄ちゃん!」

 

 俺が声をあげると、絆が訊ねてきた。


「ああ。なにか違和感を感じると思ったら、その狐からは魔力(オド)を全く感じないんだ」


 この世界の生き物は、大なり小なり魔力を持っている。たとえ魔術師で無くとも、人は少しでも魔力を持っているのだ。それがたとえ動物であろうとも、この『ガイア』に住んでいる生物であるのなら、少なくとも魔力がゼロと云う存在はしないし、俺もここまで見たことが無い。

 なのに、この狐からは、その魔力が全くと云っていいほど感じないのだ。


「……魔力?」


「魔力……ですか?」


「ああ。二人には見えないのかもしれないが、この世界の生き物には、多かれ少なかれ魔力を持って生きているんだ。ただその子からは魔力が一切感じる事ができないんだ」


 俺の言葉を聞いても、二人ともいまいち理解していないみたいだった……まあこれは、魔力を見る事が出来る俺だからこそ、わかることなんだろうけど。


「お兄ちゃん……よくはわからないけど、お兄ちゃんだったらこの子助けられるの……?」


 絆は潤んだ瞳で俺に訊いてきた。


「――ああ」

 俺の言葉を聞くと、絆は食いかかるように言ってきた。


「だったらお願い! この子を助けてあげて!」


 絆は真剣な表情で俺に頼んできた……はぁ、しかたないか。今までこの環境で、特にわがままを言ってこなかった絆が、助けてと真剣にお願いしてきたのだ。それになにより、ここまできておいて見捨てるのも寝覚めが悪い。

 まあ万が一この狐が魔物であって、襲ってきたらその時はその時だ。

 

「……わかった。俺が出来る事はやってみよう」


 そう言い繋いだ手を離し、絆を雪緒に託すと……いや、この場合は逆か? ともかく俺は、狐に傍らにしゃがみ手を添えると――魔力を移し始めた。


「――グッ。思ったよりキツイな」

 誰かに魔力を渡すと云う行為は、初めてだったので予想よりも遥にきつかった。

 魔力譲渡は相手に1の魔力を渡す為に、俺の魔力を大体20~30使う事になった。俺はこの世界の人間では、規格外の魔力を持って居るとはいえ、それでも魔力消費量が半端ない。恐らくだが全快も無理だろうが、状態を改善させるだけでも俺の魔力の9割近くを消費する事になるだろう。


 ……ここまでやっておいて、今更出し惜しみも無いか。俺はそう考え、魔力を一気に送り込んだ。


「ゼェゼェ……」


「お、お兄ちゃん。どう?」


 俺が激しく息を吐いていると、後ろで雪緒と手を繋ぎ見ていた絆は、心配そうに訊ねてきた。 


「――ふぅ……ああ。恐らくもう大丈夫だ」


 俺は一息吐くと、安心させるように微笑み答えた。


「ほんとう? ……よかった」


 そう言い、絆は安堵の表情を浮かべていた。 

 俺は三尾の狐の状態を確認していると――突然真横の茂みがガサリと動き、黒い影が飛び出した。



「遥くん危ない!」



 何かに気がついたのか、雪緒が悲鳴に近い声をあげた、それに俺は反射的に狐を庇うようにしゃがみ込んだ。

 黒い影は、咄嗟にしゃがんだ俺の右腕を抉り通り過ぎた……。


「――グッ!」


 俺は突然に襲われた激痛で、声にならない声をあげた。魔力譲渡で集中していて周囲が疎かになっていたのだろう、迂闊にも襲われるまで気がつかなかった。

 確認はしていないが、寧ろ怖くて確認できないが、右腕の上腕の部分の肉を持っていかれたのだろう、袖口から鮮血がポタリポタリと滴り落ち、真っ赤に染まっていた。あの時雪緒の声が無かったら、恐らく俺の首が持っていかれていただろう。


 ともかく俺は一時的に痛みを無視して、感覚の無くなってきた右腕を無視して、襲ってきた正体を確認した。

 ライトに照らされた先に立っていたのは――漆黒の体毛に、紅い瞳、鋭い爪と牙を持つ体長1メートル程の体躯、ハイディングウルフが立っていた……。


「クソッ! こんな時にハイディングウルフかよ」


 俺は吐き捨てる様に言った。

 ハイディングウルフは、〈神光国家プレクスタ〉周辺で巣くう魔物だ。その名の通り隠密行動を得意として、獲物に近づきその牙や爪でもって獲物を穿ち殺す。俺が旅立つ上で調べた魔物の中でも、この周辺に出る魔物の中では最悪の部類だろう。

 

「雪緒! 周囲も警戒してくれ! こいつらは群れで行動する魔物だ」


 そう、こいつらの習性で最も厄介なのは、群れで狩りをすると云う事だ――ハイディングウルフが最も得意とするこの暗闇中で、更に木々で周囲は死角だらけ、恐らく周囲に他の仲間も隠れているだろう……状況としては最悪だ。


 雪緒は俺の声が届くより前に、絆を背後に庇った状態で、俺が創った《霊刀·雫》を澱みなく構えていた。

 


 ――るか、くんを。



 雪緒には俺の声が届いておらず、雫を構えた状態で何かを呟いていた……。





「――遥くんを……傷つけましたね……」

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