第三話
「お兄ちゃん。どっちー?」
絆は俺の手を引っ張りながら、無邪気そうに訊ねてきた。
俺は風呂から上がった雪緒と絆に、魔術での探知の件の事を話してみると、案の定確認に行く事になった。
厄介事の可能性もあるとは俺は伝えたが、興味の方が上回ったらしい。いや、興味と云うより人として心配なのかも知れないが――可能性とは云え、もしかしたら人の子供かも知れないなどと、迂闊にも言ってしまったから。
まあ、俺も気にはなっていたので、余り否定意見を言わなかったかのもしれないが……好奇心は猫をも殺す。
ともかくそうにはならないように、俺は周囲を用心しながら進んではいる。
移動する際には浴槽はお湯を捨てて、テントと一緒に鞄に収納している――俺も風呂に入りたかったんだけど、後にすることになった……まあ浴槽は、鞄のお蔭で持ち運びできるし、お湯を入れること自体は俺にとっては然程問題では無から、後でゆっくり入ることにしよう。
今は森の中を進んでいるのだが、既に周囲は夜で闇に落ち、森の中は木々の葉に空を覆い尽くされており、月明かりすら届かないので真っ暗で、まともに前を進むことすら叶わなかったが、幸いな事に俺が元の世界から持ち込んできていた物に、LEDライトがあった。これは携帯電話用に充電器として使ってきた物だが、本来の用途として使う機会が来た。
魔術で明かりを灯す事も出来たが、森に巣くう魔物達は大概が夜行性であり、俺の魔術は強力すぎる為目立ちやすいので、折角ライトがあるのだから魔術を使うのは避けておいた。あるものを有効活用しないとね。
俺は右手にライトを持ち、左手には絆と手をつないだ状態で歩いており、雪緒は俺のすぐ後ろで刀を持って周囲を警戒していた――こう云う時にこそ二人の能力、|《危機感知》が効果を発揮するのかも知れないな……ただそれに頼り切るというのも俺の柄ではないが。
「……遥くん。その場所って云うのはまだでしょうか?」
雪緒は周囲を見回しながら、俺に訊ねてきた。思っていた以上に森の中が暗いので、もしかしたら怖いのかもしれない。
「ああ、もう少し先だな」
「……そう、ですか」
雪緒は俺の答えに、息を吐くように言った……。
「あれー? もしかして雪緒おねーちゃん……コワイの?」
「――ムッ。そんな事はありません。そんな事はありませんとも」
雪緒は絆の質問に、ムキになった様に答えていた。
「な、何を言うんですか絆ちゃん。わ、私が、く、暗いからって怖いわけないでしょう!」
……雪緒さん。自分で暗いのが怖いとか言っちゃってますよ。今までは、日中にしか活動して無かったから気が付かなかったが、暗いのが苦手だったみたいだな。
という事はさっきまでは、周囲を警戒していたのではなく、ただ周りが怖かっただけなんですね……。
「ふーん。そうなんだー。…………あれ?」
「ん、どうした?」
「……えっ、なんですか?」
「……あ、あそこでなにか白い影がうごいた!」
「――――」
「いやぁぁああああああああああ!! 無理です無理です無理です無理です」
絆が森の先を指さしながら、俺達の質問に答えると、それを聞いた俺達に一瞬の沈黙が訪れる――突如雪緒は絶叫し俺に抱きついてきた。
「ううぅぅうぅううぅううう」
雪緒は唸りながら、俺の背中に頭を擦りつけながら、ヒシッと抱きついてきている……何て云うか、色々やわらかい感触が背中に当たって、お兄さん困ってしまいます。
「えへー。やっぱり気のせいだったよ」
「…………」
絆は悪びれずにそう言ってきた……しかし今の雪緒には、絆の科白は届いていないみたいだった。
「――はぁ、絆。そう言った冗談は余り言わないように」
「はーい。ごめんなさーい」
うん。全く反省していませんね。絆は俺の忠告にケロッとした顔で答えてきた。絆と雪緒は城に居た時は、一緒に同じ部屋で暮らして居たので、もしかしたら知っていてやったのかも知れない……絆何て恐ろしい子!?
ともかく俺は、抱きつかれたまま体を捻って振り返り(俺が体を捻っても雪緒は意地でも抱きついてきた)、雪緒の頭を撫でながら慰めた。
「雪緒。大丈夫、大丈夫だから」
俺は、抱きついてきている雪緒の感触を敢えて無視して、髪を梳る様に撫で、安心させるように笑いかけた。
「ふえぇえぇええん、はるかくぅぅん」
「白い影も、怖いものとかいないから……ね?」
「……ほ、ほんと?」
雪緒は上目づかいで、俺に訊ねてきた……なに、この可愛い生き物? 持ち帰ってもいいですか?
半ばキャラ崩壊気味の雪緒に、安心させるように答えた。
「ああ、本当だ。もし何かいても俺が何とかしてやるから!」
「……う、うん!」
雪緒は俺の答えに安心したのか、抱きつきから解放してくれたが――ただ、俺の右手を雪緒の手が掴んでいるんですけど……。
「……雪緒さん。この手は何でしょう?」
俺が右手を持ち上げて訊ねてみると。
「……ダメ……ですか?」
出ました、必殺上目づかい。遥は9999のダメージを受けた!
「いやいやいや。ダメではないですよ?」
何故に俺も疑問系? 俺も明らかにテンパってますね。
と云った訳で、左手に絆、右手に雪緒と云うフォーメーションで進むことになってしまった。
……で俺、ライトは何処で持てばいいんでしょうか?
案の定話が進みませんでした。