……それで、ここは何処ですか?
ん?ああ、いきなりだけど、俺の説明をしておこう。
俺の名前は、雪村遥、女顔がコンプレックスの、ちょっとおちゃめな16歳だ。
朝早く……と言っても8時位だったが、学校に登校の途中、昨日は深夜遅くまで、B級映画を見ていたのが悪かったのか、寝惚け眼で歩いていたんだが、気がついたら知らない場所に立っていました……。
あれ? 寝惚けて変な所に出ちゃいました?
―――いやいやいや、待ってくれ、いくら寝惚けていたとしても、こんな通い慣れた道で、こんな場所に来れる訳が無いだろう。
……それで、ここは何処ですか?
薄暗い十畳程の空間に、足元に輝く魔方陣、奇妙な格好のジジイ共、甲冑に剣や槍で武装している兵士?がおり、昔見たアニメのワンシーンの様だなと、場違いな事を考えながら、文字通り開いた口が塞がらなかった。
「おお、見事だ、こうも容易く成功させるとは」
「ハッ! 有難う御座います」
「で、こやつも勇者であろう?」
「はい、恐らくそうかとは思われますが、まだ判断は致し兼ねます、この様な間抜け面をしている者が、勇者かと思うと甚だ不本意では御座いますが」
――ムッ! 間抜け面って、俺のことですか、俺のことですね。
さっき迄呆けた顔をしていたと思うから。しかしこいつらの、人を値踏みするような目は、不愉快極まりない。
「まあよい、使えるか使えぬかは、後で試せばよい」
「はい。そうかと思います」
ローブ? を着ているのと、宝石等で華美に着飾っているジジイが居るが。二人とも、どう見ても日本人には見えない。兵士は兜を被っているので、俺には判断しようが無いのだけど。
あれ? そう言えば、「こやつも」とか言って無かったか、何故に複数形なのだ?
――んん? さっきは呆然としていて、気が付かなかったが、部屋の隅に女の子がいる。
黒髪ロング、美少女と言う存在を指すのなら、彼女の事を言うんだろうなと思わせる。容姿の持ち主だった。しかし、どこかの学校の制服を着ているし、どう見たってあれ……日本人だよな?
多分だろうけど、彼女もここに連れてこられたのだろうか、酷く怯えている様に見える。
「それより、大事があってはことになる、こやつらに魔術をかけておけ」
「ハッ! ――畏まりました」
隅に立っていた兵士に、ローブを着たジジイが命令をし、俺を彼女のそばに引っ張って行った。
俺を彼女の横に立たせると、ローブを着たジジイが、ボソボソと何かを唱えだした。
魔術って言っていたよな? 魔術なんて物があるのか?
……って、魔術ですか!?
……仮にあるんだとして、何の魔術なんだ? 嫌な予感がする。……寧ろ、嫌な予感しかしないが、気付けば魔術? が完成していた。
『この者たちに、臣なる者への隷属を』
ローブを着たジジイが、手に持っていた杖を、俺達の方に向けると、杖先から怪しい光が、俺達を包んだ。俺は驚き、反射でしゃがみ込んだ。しかし光こそ浴びてはいるが、何とも無い。
んん? これが魔術? ふと気になり、同じように光を浴びている、彼女の方を横目で見てみると、何故か苦しんでいる様に見て取れた。
――あれ? 何で苦しそうにしているんだ。俺は驚きはしたが、特に痛かったり苦しかったり、しないのだが……?
彼女が苦しんでいるのに、俺だけ平気なのも、もしかしたら、怪しく写るかもしれない。俺は誤魔化すように、苦しむ演技をしておいた。すると次第に光が収まっていく。
「どうだ、魔術はかかったか?」
「はい、《隷属の魔術》は問題ありませんでした」
演劇経験が、特にあった訳では無かったが、特に怪しまれずに済んだようだ。
しかし《隷属の魔術》ってなんだ?どんな魔術を俺達はかけられたんだ。
隷属って事は、何かに従わせる魔術か何かか……?
「そうか、良くやった! では、わしはもう戻るが、後の事は任せたぞ」
「はい、お任せ下さいませ」
ローブを着たジジイが、恭しくお辞儀すると。着飾ったジジイが、部屋から出て行った。
「おい! こやつらを連れておけ」
ローブを着たジジイが、兵士に命令をし、俺達を、何処かに連れて行こうとしている。
抵抗しようかとも考えたが、俺が暴れることで、彼女にも迷惑をかけるかもしれ無い。
なにより、武装している相手に敵うほど、喧嘩に自信がある訳でもないので、俺は抑えておいた。
☆ ★ ☆ ★
俺達が連れてこられたのは、さっきいた召喚の間(便宜上俺が命名)より、倍ほど広さを持つ部屋だった。
とりあえず、連れて行かれている間に分かった事は、ここが地球では無いって事だ。
空に太陽が、大小で2個存在した。
地球に太陽は2個も無いからな。
日照問題とか、紫外線とか、大丈夫なんですかね?
兵士達に連れて来られた部屋には、メイドさんが居た……もう一度言うが、メイドさんが部屋で待っていた。
……なんでメイドさんなんだ?
整えられた銀髪、気の強そうな瞳で、小柄ながら出るところは出ている。
所謂、トランジスタグラマってヤツだろう。
それにしてもこちらに来てから、美人と出会う機会が多いなと、俺は埒も無い事が思い浮かんだ。
兵士は俺達を椅子に座らせると、入り口の前を陣取った。
俺達を逃がさないって、意思表示でしょうか?
……メイドさんは俺達が着席するのを確認すると、立ち上がり。
「初めまして勇者様方、この度勇者様のお世話及び、事情等の説明を任させて下ります。
侍女長のセイナーレ・パルメイラと申します。以後お見知りおきを」
メイドさん改めセイナーレは、とても優雅にお辞儀をした。
もの凄く絵になる光景だなと、見とれていたら。
「あ……あの、わたしを、ここから帰していただけますか」
ここ迄一切喋らなかった彼女が、口をひらいた。
「……わ、わたし、勇者なんかでは無いです。お願いですから、わたしを元の場所に帰して……下さい」
語尾が少し上ずっていた。いきなりこんな場所に、連れてこられたら、そりゃ怖いだろうな。
「申し訳御座いません。私には、そのご希望を叶える事は参りません」
「そんな! なんでですか!?」
「私は、その様な判断を、任されている立場では下りません。
もし、その様な判断が出来ますとしたら、国王陛下のみかと思います」
「だったら、その国王様に貴女から言って下さい」
「申し訳ありませんが、それも叶いません」
「そんな、なんで!?」
「私には意見はおろか、お目通りすら叶いませんから」
「そ、そんなぁ……」
――いきなり連れて来られて、それで帰れませんって。納得する方が無理だろう。俺だって無理だ、だって残してきた物あるもん。
……ゲームとか積んでいた本とか……あれ? 悲しくないのに目から汗が。
って、ヤバイ!――もし帰れないのだとしたら、誰か! 俺の部屋のPCを爆破してくれ!?
……なんて俺は心の声をおくびにも出さない、この場でセイナーレに、そんな事を言っても詮無いと思ったので、この場では他に気になっていることを、訊く事にする。
「事情の説明って言ったよな。だったら訊きたいんだが、ここは日本では無いのか?」
太陽が2個あるんだから、日本では有り得無い場所なんだけど、確認の為に訊いておいた。
「はい、ここは日本と仰る、場所では御座いません。私達が住むこの世界は『ガイア』と申し。
そして、今、現在居ります場所は、『レミール大陸』にあります。『神光国家プレクスタ』と申します」
「では、ここは地球では無いのだな?」
「はい」
嗚呼……案の定、地球ですら無かったか。
彼女の方も、訊いた事の無い地名を出されて、困惑の表情を浮かべていた。
「ここが日本じゃないんだとしたら、何で俺は言葉が通じるんだ?
ここで使用されている言語が、日本語って、訳じゃ無いんだろう」
「はい、こちらで使用されております。言語はエスペラント語と申します」
へ? ――へぇ、エスペラント語ねぇ……地球で使われてる物とは、別物だとは思うが、ここでエスペラント語を、聞くとは思わなかった。
「だったらなんで、俺には解るんだ?」
「私もきちんとは理解しておりませんが、勇者様方には、此方の言語は、そう云う物だと考えて貰って構いません」
いまいち分かり辛かったが、現実言葉自体は、通じているのだから、そう云う風なものだと、考えるしかないか。
「で、俺……いや俺達の事を勇者……だなんて呼んでいるが、結局の所、なんで俺達はここに呼ばれたんだ?」
――勇者で召喚だなんて、薄々感じてはいたが、案の定、予想通りの答えが返ってきた。
「勇者様方が呼ばれました理由――と申しますか。お願いを申します。先程もご説明致しました。ここ『ガイア』には、嘗て魔王と呼ばれる存在が、封印されておりました。しかし、その封印が弱まり、魔王が甦ってしまいました。
その影響で、大陸全土の魔物達も活性化し、魔物により人的被害が増えてき、それ故に、国より出ての開拓も儘ならず。国同士が肥沃な大地を求め、戦争までおき始めたのです。それを憂えた吾が国は、勇者様方を御呼びしたのです。」
まぁ、想像通りと言えば想像通りか……しかし、魔王と勇者……ねえ?
どこぞの御伽噺か、良くあるRPGのテンプレみたいだな。で、それを俺達にしろってか?
……嗚呼、何て面倒臭い。
「勇者だなんて、わたしにはそんな力ありませんよ!?」
「それはご安心ください、勇者様方は、こちらに召喚されました時点で、身体能力が強化され、特別な力に目覚めていると思います」
身体能力強化に、特別な力ねえ? ご都合主義もいい所だな。
――少し気にもなったので、訊いてみた
「それが分かるって事は、他にも、勇者ってのはいるのか?」
「いいえ、私が知る限りでは、勇者様の召喚は行われて下りません。他国についても同じだと思われます。そして、その情報につきましては、過去の勇者様達について書かれている、文献の記述を基より得た知識で御座います」
つまり過去、俺達のように、ここに呼ばれた人間が入るって事か。
……文献になるって事は、かなり昔の事なんだろう。
「ではその勇者が、魔王を封印したのか?」
「……いえ、私はそこまで存じて下りません」
何でここで、言い黙る必要があるんだ? 力の事とかが、そこまで分かっていて、そこが分からないとか……魔王封印とかでは無く、違う目的にでも、利用されたのか?
「だったらその勇者は、目的を果たした後はどうなったんだ?」
「……存じ上げて下りません」
都合の悪い事には濁すか黙りですか……まあいい、後で調べれば分かるかもしれない。
それよりも、俺が尤も気になっていたことを、訊いてみる事にした。
「で《隷属の魔術》とはなんだ?」
「《隷属の魔術》……ですか」
「ああそうだ、俺がここに召喚された時に、ローブを着たジジイにかけられた物だ」
セイナーレは少し逡巡したが、答えた
「《隷属の魔術》とは、対象を永続的に隷属させる制約魔術となります。
恐らくですが、勇者様には、プレクスタの王族に服従を誓う物を、使用されたかと思われます」
――クソッ! 予想通りかよ……それで何が勇者だ!隷属とか服従って、奴隷と大差無いじゃないかよ!
横で話を聞いていた彼女は、絶句していた。
「具体的にはどうなるんだ? 例えばそれに逆らったとしたら」
「かけられた時に経験が御座いますでしょうが、王家の者の意に沿わぬ行動をすれば、魔術をかけられました時の、数倍の痛みが全身を襲います」
痛み……? 俺はあの時、全く痛いとか感じ無かったんだが。
しかし、彼女の方は、それを聞き更に蒼褪めた顔をしていた。
「で、それを解く方法はあるのか?」
「……いえ」
「わかった、つまりは俺達に拒否権は無いって事だな」
「…………」
なるほど――帰れるかどうかでは無く、帰さない心算なのだな。
そんな魔術を使うくらいだ、態々奴隷にそんな心積もりをする訳が無い。
……お願い誰か! 今すぐ俺のPCのHDDを破壊して!
「何故、それを話そうと思ったんだ? それを自分の判断で、言って良かったのか?」
「いずれ勇者様方には、お耳に入ると思いますので」
遅いか早いかの違いでしかないと、云う事だろう。そうだよな、どうせ身を持ってその効果を、知る事になるかも知れないのだ。
「勇者様方に、こちらをお渡ししたいと思います」
セイナーレは立ち上がると、横ににある机の上から、白いプレートを取り出し、俺達に渡してきた。俺達にプレートを受け渡すと、セイナーレが説明を続けた。
「ではまず、こちらに血を一滴垂らしてみて下さい」
んん? 血……だと? それを訊いて俺達は訝しがんだ。
「勇者様方は、ご自身の能力を把握しておられないと思います、ですのでこちらをご用意させて頂きました。元々こちらプレートは、ギルドで使用されて下ります物で、血を垂らしますと、その方の能力などが登録され、確認する事が可能となります。」
なるほど、ゲームとかでよくある、ステータスメニューみたいなもんか。さっきの説明を訊いた後で、血を垂らせとか言われたら、そりゃあ警戒もするだろう。
しかし、やらなければ話が進まないし、現状把握の為にも、やっておいた方が、良いのだろう。そうでなくても、俺達に、拒否権など無いのだから。
俺は親指を噛み、指先を出血させた……血がボタボタ垂れている。一滴所では無くなってしまった。思い切って、噛み過ぎてしまのだ。
已むを得ず、プレートに血を垂らした。あー痛ェ。
彼女の方も、俺がプレートに、血を垂らすのを確認すると、セイナーレから針を借り、指先を軽く刺し、血を垂らしていた。……って、針あるのかよ!?
暫くすると、プレートに青白い文字が浮かび上がった。
名前:雪村遥
AGE:16
SEX:男
LV:1
JOB:愚者
HP:62
MP:1084
STR:66
VIT:52
AGI:71
DEX:101
INT:4712
RST:9877
LUC:558
称号:なし
特性:無詠唱、魔術感知、幻影魔術無効、制約魔術無効、攻性魔術無効
装備:学園制服
祝福:なし
ギルド:なし
未だ名乗って無い筈の、俺の名前や年齢が、正確に書かれている。確かに便利だな。ふむ――それでこれが、俺の能力か……。
しかし、この職業《愚者》って、何だよこれ?
それに何というか……数値が、魔術特化しすぎだろう。こんなアンバランスな能力で、まともに戦う事が出来るのか、俺?
彼女の方も文字が浮かんだらしい。らしいってのは、俺には、彼女のプレートの文字が、読めないのだが、彼女は難しい顔で、プレートを睨み付けていたからだ。
俺はどういうことだと、セイナーレを見た。
「言い忘れておりましたが、こちらのプレートは、ご本人様と、ご本人様が許可された方のみ、内容を確認する事が可能になります」
――なるほど、そう云う事ですか。こんな世界なのに個人情報保護に御親切な事で。
「そういえば、過去の勇者も俺達みたいに、二人とか三人で呼ばれたのか?」
「いいえ、私が知っている限りですが、召喚されました勇者様は、お一人づつだったと思います」
「では、何故今回は、二人も呼ばれたんだ?」
「いえ、私は存じて下りません」
多分だが、どちらかが保険だろうな。なんせ俺の職業が《愚者》なんだし。もしくはそれだけ、この国の人間は切羽詰っていたのか。
「他に、何かご質問は御座いますか」
「いや、今はもういい」
これ以上突っ込んでも、答えて貰えるとも思えないし。
「はい、わたしも大丈夫です」
「左様で御座いますか、了解致しました――では、勇者様同士で、お話もあると思います。
私共は暫し、此処を離れさせて頂きたいと思います」
ん? 良いのか、俺達だけで話をさせて、逃げる為の算段をつけるとは思わないのか?って、ああ――なるほど、さっき言っていた《隷属の魔術》の効果か。
……つまりそれだけ、その魔術の効果に自信があるって事ですか。
「では、暫し失礼致します」
セイナーレは俺たちに頭を下げると、扉の前を陣取っていた兵士を連れて、本当に部屋から出て行った。……本当に出て行ったよ。
「「…………」」
お話って言われても、何を切り出せば良いんだろうな……?しかしまあ、お互い黙って見詰め合って、どんなお見合いだよ!?
とりあえず、思いついた事を話題として、思い切って声をかける事にした。
……意外にシャイボーイなんだよ俺。
「君は……日本人だよね?」
「えっと。はい、そうです」
――やはり日本人か、勇者って云うのは日本人しか呼ばれないのか? まぁいいや、これも後で調べてみたらわかるかも知れない。
「ああ、良かった。俺は雪村遥って言うんだ。よろしく」
俺は彼女に、手を差し出した。
「わたしは五十鈴雪緒と言います。よろしくお願いします。雪村さん」
彼女改め五十鈴さんは、俺の差し出した手を、ジッと見つめていた。
「俺の事は遥で良いよ、後握手のつもりだったんだけど、五十鈴さんは嫌……だったかな?」
「い、いえ、そんな事は無いです。あと、わたしも雪緒で良いですよ」
雪緒は俺の科白を訊き、少し躊躇いながらも、手を握ってきた。
すべすべして、綺麗な手だなーと、思っていたら。雪緒は、俺の顔と手を見つめながら、尋ねてきた。
「え、えっーと、あの、遥さんって男性なんですか?」
…………ハイ?
「えっ!? チョットまって、今まで俺の事、女だと思っていたの!?
俺、自分の事を俺って呼んでるんだよ、この服だってどう見ても男物だよ?」
この格好どう見たって男だろう、学校の制服はブレザーだけど、ズボン穿いているんのに。こにきて気が付くとか……確かに実名と相まって、間違われる事あるけどさ。
寧ろ、間違われる事ばかりだけどさ。この格好の時くらいは、気付いて欲しかったよ。
「ご、ごめんなさい、綺麗な顔をされていたので、てっきり男装をされた、女性なのかと……」
グサッグサッ、ま、まさか敵でもない筈の彼女に、ダメージを与えられるとは思わなかった。
既にかなりのダメージを受けてはいるが、これ以上言われると、さすがに立ち直れそうにも無いので、急いで話題を変えることにした。
「そうだ! 雪緒は歳幾つなのかな? 見た感じだと、俺と大差無いと思うのだけど」
「わたしは清蘭学園の二年で、17になります」
「へ? 清蘭?……清蘭って、あの清蘭?」
「は……はい、恐らくその清蘭だと」
清蘭と言えば、元の日本では超有名なお嬢様学校ではないか、学力のレベルも然る事ながら、容姿のレベルの高さも有名な学校だ、雪緒の顔を見れば、そのレベルの確かさを垣間見れるが。
「そうかー、清蘭かー」
しみじみ言っている俺、傍から見ていたら、気持ち悪い事この上ないだろう。
――いや、だってさ、清蘭って言ったら凄いんだぜ、元の世界で、清蘭に知り合いが居るって言ったら、羨ましがられるだろうな……。
しかし今考える様な事でも無いし、頭を切り替えるか。
「俺はしがない高校の二年、雪緒と同い年って事になるのかな、だから俺に、さんづけなんか要らないから」
「あ……そうなんですか」
同年代と聞いて、雪緒ははにかんだ笑顔を見せたた。――うおっ、かなり可愛いです。
「それで雪緒は、ここに来るまでの事を憶えているか?」
「ここに……ですか?」
「そう、思い出せる範囲で構わないから」
雪緒は、悩むように首を傾げながら、答えてくれた。
「わたしは学校から、帰宅の途中だったんですが、気が付いたらあの場所に立って居ました」
「……そうか」
「それ以上の事は、ちょっと思い出せそうに無いです」
――ふむ、なるほど、状況は、俺の時と大差は無いのだな。それにしても、帰宅途中……か、俺は登校中に攫われたが、時系列が違うのか?
「日にちとかは憶えているかい?」
「はい、確か10月14日だったと思います。時間までは……」
俺も確か10月14日だった筈だから、俺の方が先には飛ばされていたのか……。
まあしかし、このまま考えていても仕方ない。
「あのさ良かったら、そのプレートを見せて貰っても良いかな?」
「はい、遥くんにだったら良いですよ」
おおう、よくこんな短い期間で、彼女の信頼を得られたもんだな俺。
――まあ同郷出身で、同年代ってのが、大きいのだろうけど。
……しかしまあ、くん付けか、この際妥協案として仕方ないか。
雪緒からプレートを受け取ると、さっきは見えなかった文字が、見える様になっていた。
確かに本人と、本人が許可した人しか見えないようだな。
少々関心しながらも、俺はプレートの内容に目を通した。
名前:五十鈴雪緒
AGE:17
SEX:女
LV:1
JOB:勇者
HP:204
MP:138
STR:176
VIT:189
AGI:186
DEX:181
INT:112
RST:147
LUC:988
称号:プレクスタの隷奴
特性:危機感知、高速治癒、高速移動、高速詠唱、見切り
装備:清蘭学園制服
祝福:なし
ギルド:なし
これが雪緒の能力か……職業《勇者》って事は、雪緒が勇者なのか。本来は、この位の数値が普通なのだろうか? だとすれば俺の数値は極端すぎるな。
何より俺は、雪緒と較べるとライフと攻撃力が低すぎる。紙と言ってもいいかも知れない、本当に俺は戦えるのか?
それに……んん? ――この称号の《プレクスタの隷奴》ってなんだ?
俺の方には書かれて無かったよな。俺は確認の為に、プレートを取り出し見てみた。
名前:雪村遥
AGE:16
SEX:男
LV:1
JOB:愚者
HP:62
MP:1084
STR:66
VIT:52
AGI:71
DEX:101
INT:4712
RST:9877
LUC:558
称号:なし
特性:無詠唱、魔術感知、幻影魔術無効、制約魔術無効、攻性魔術無効
装備:学園制服
祝福:なし
ギルド:なし
やはり俺の方には、称号自体が書かれて入ない。 職業の違いは良いが、俺の方に無いのは何故なんだ……?
そう言えばセイナーレが、俺達にかけられた《隷属の魔術》は、制約魔術とか言ってなかったか。
――俺の特性の中に、《制約魔術無効》なる物が書かれているが、もしかして、この特性で無効化されたのか?
……だとすれば、俺のこの状態を他の人間に、知られる訳にはいかなくなった。
もしばれたら、他の手段を使われかねないし、何より首輪が繋がっていない犬を、奴らが飼おう何て思わないだろうし。
不幸中の幸いだが、このプレートは俺と許可した相手にしか見えない。
だからと言って、これは慎重に取り扱わなければ為らないのは確かだが……。
これからの対応に思い耽っていると、雪緒の声で現実に引き戻された。
「あたしも、遥くんのを見せて貰っても、良いですか?」
――これは如何するべきだろうか、断ると言う選択肢も無くは無いが。
下手に隠し立てをして、後で知られてしまうと、今ある彼女の信頼を失いかねない……今の俺にとってそれは、あまり宜しくない。
本当は見せない方が良いのだろうけど、これからの事を考えれば、俺一人でやるにも限界がある。
……彼女に素直に見せて、手伝わせた方が良いか。
「ああいいよ。だけどこれを見て、気になる事もあるかも知れないが、なるべく声には出さない様に気をつけて貰えるかな」
「? ――わかりました」
雪緒は良くわかってなかったみたいだが、俺は手に持っていた、自分と雪緒のプレートを手渡した。
雪緒はそれを受け取ると、俺のプレートに目を通した。
「……え?」
――ああ、やはり雪緒は気が付いたようだ、俺のと自分のを見比べている。
気にはなるだろう、隷奴って書かれているものが、俺の方には無いのだから。
もしかしたら、それが自分を縛っている、魔術なのかも知れないのだから。
雪緒は困惑した表情を、俺の方に向け訊いてきた。
「あの……これって、どうして……?」
気には付いたが、理解は出来ては無い様だった。恐らく雪緒は、RPGゲームの類をした事が無いのであろう。
いやもしくは、薄々は気付いているのだが、確認の為に俺に訊いてきているのかも知れない。
……しかし、如何答えた物かね。
この部屋は、盗聴されているのかも知れないしな。今まで話していた、俺達の会話を、ここの奴ら聞かれている可能性は十分ある。俺が奴らと同じ立場だったら、そうしてるし。そう行動する。
部屋の文明レベルを伺うからに、盗聴器なる、ハイテクな物は、存在しないだろうが、魔術の類で出来るかもしれないし。訊けるかも知れない
……ふと、そういえば、俺の特性の中に、《魔術感知》なる物があったよな。もしそれが、魔術無効化みたいに、使えるのならば、調べられるかもしれない。
魔術――か、いまいち良くはわから無いが、あのジジイが使った《隷属の魔術》をイメージしながら、眼を瞑り辺りを集中してみた。
……すると何と無くだが、大気中にフワフワと漂う魔力の流れを感じた。
初めてなのに、とても懐かしく感じる、空間の違和感。
……これが魔術か……俺は一度魔力の存在――流れを感じ始めたら、次第に辺りに存在する魔術を、感覚でだが分かり始めた。
今もしこれを、人に説明しろと言われても、そう云うものだとしか、説明しようが無いのだが、確かに俺は今、魔術を理解している。そう知っているのだ。魔術を。
更に、この部屋を重点的に、魔術を使用されていないか探ってみたが、魔術を使用された跡が無かった。
如何言う事だ? 今だから判るが、この部屋には何の魔術も仕掛けられていなかった。何の警戒もせず、俺達に会話を許したのか?
――いや、それだけ俺達にかけたあの魔術に、自信があったって事なのか……。
でも今まで、俺みたいな例外も居なかったのか?
まあいいか、一々対策を考えなくて済むのだから、それならそれで好都合だ。
先程の雪緒の疑問に、少し声を控えながらも、俺は答える事にした。
「多分……だけど、俺には、魔術の類が効かないのかも知れない。
プレートを見て分かるかも知れないが、俺には魔術無効なる特性を、持っているらしい」
「……だとしたら、遥くんだけでもここから逃げ出せるのでは?」
俺は首を横に振りながら、答えを返した。
「いや、元の世界に帰れるかどうかも分からないし、現状情報が足りない、それに俺だけが逃げ出せば、雪緒に当たりが強くなるかもしれない」
「そんな! わたしは大丈夫ですから」
雪緒も薄々気付いてはいるのだろうだろう、奴らは俺たちを帰す気が無いのを。
ただ、簡単に現実を受け入れれるほど、俺は大人ではない。
「それに……」
「それになんですか?」
「俺が逃げた事で、その埋め合わせをする為に奴らが、再び勇者召喚を使うかもしれない」
「――あ!」
雪緒も、思い当たったのであろう、奴らは使い捨ての駒のように、地球から人間を呼ぶ可能性があることを……。
俺達を呼び、いきなり《隷属の魔術》何て物を使ってくる連中だ。俺が消えれば、直ぐにでも代わり人間を呼んだりするだろう。
――それは避けたい。此方の世界の住人がどうなろうかは、俺の知った事ではない。
が、しかし、俺のせいで、地球からまた人が呼ばれるような事になるのは、それはなるべく避けておきたい。
「だから……もし逃げるのだとしても、俺達を召喚した方法を破壊(こわ)した上で……。
雪緒、君も一緒では無いと駄目だ」
「――あ、えっと。あ……あの、ありがとうございます」
――もの凄く嬉しそうな顔を、されてしまった。
俺としては、そう云う心算で、言ったのでは無かったのだが。
……まあ、いいか、好感を持たれて悪い事は何も無いのだから。
「だからこの事は伏せておいて欲しい。それにもしかしたら、俺の能力で、雪緒にかかってる魔術も、なんとか出来るかも知れないから」
「はい! わかりました。あたしにも出来る事があるのでしたら、言ってくださいね」
これがゲームだったら、好感度上昇とか表示されるのかね。
「――ああ、ありがとう。とりあえず暫くは、従順な振りをして情報を集めよう。
ここを逃げるのだとしても、帰る為の方法や生きて行く為にも、基礎的な知識は必要だから」
――そう、まずは情報だ……俺達が住んでいた日本は、情報化社会だった。
情報の重要性は、嫌と言うほど理解している。
なのに今の俺達は、此方の世界の事を全く知らない。
生きる為にはお金だって必要になる、それなのに、使用されている通貨単位ですら、今の俺達は知らない……。
「はい!」
―――さあ踊ろう。俺達は操り人形では無い事を思い知らせる為に。