チョロインではなく、ヤバインだった。
「これはもう、運命の出会いに違いないわっ!」
そう叫んで、この国の王太子殿下にマウントポジションをとる娘。
おおよそ常人とは思えないピンク色の頭髪、小動物のような体格。
その顔は愛くるしいというべきか、かなりの年少にも見える。
一見するとそれなりに人気の出そうなお嬢さんである。
そう、一見しただけならの話だ。
本日は学園で先程まで新入生の入学式だった。
先程廊下でよそ見をしていた王太子殿下とその側近候補達。
横から勢いよくぶつかって来た娘は、多分今年の新入生であろう。
倒れ込んだ殿下にまたがる格好となり、顔を見るなりこの発言。
確かに殿下は優秀さだけでなく容姿も国内外で讃えられている。
一目ぼれなのだろうが、相手が誰であれ無礼な振る舞いだ。
殿下は困惑して声を上げようとしたのだが、それよりも先に、
「ああっ、ダメですわっ、こんなところでっ」
などと言いながらこの娘、積極的に殿下の唇を狙いにかかって来た。
攻め込んでいるのは娘、おのれだろうが。
慌てて引きはがしにかかる側近候補達だが、娘は無茶苦茶力が強い。
四人がかりで後ろから引っ張るも、殿下から全く引きはがせない。
いかにイカレていようとも相手は女性、少しは遠慮もあったのだが、
ぐいぐいと殿下の顔面へと娘は唇を伸ばしている。タコか。
首をそらし顔を背け、必死に抗う殿下。途轍もない恐怖の表情だ。
殿下の顔面まであとわずかに迫った時に、側近候補の一人が、
「ええい、殿下に対して不敬だぞっ!
身の程をわきまえんか、まず殿下から離れよっ!」
と声をあげる。すると。
娘の動きがぴたりと止まった。ぐるりっと首が後ろを向く。怖い。
「えっ…この方って王太子殿下なのっ?
…これはもう、運命の出会いに違いないわっ!」
またものすごい力で殿下へと迫り始めた。
殿下の胴体を両脚でカニバサミにして、絶対逃すものかという体勢。
側近候補達が我に返り、また引っ張り始めるもビクともしない。
「やめよと言っているっ!不敬だというのが分からんのかっ!」
先程とは別の側近候補が怒鳴りつけたのだが。
また娘の動きが止まる。先程と逆方向にぐるりっと首が回り。
「…やめてって、もしかして、ヤキモチ?
さっき身の程って言った人も、ヤキモチ?
あっ、二人ともよく見たら殿下に負けずお顔がいいっ。
これも運命の出会いに違いないわっ!」
と、引き離そうとしていた二人を掴んで引き寄せる。
ちなみに殿下は依然、娘のカニバサミから逃れられていない。
引き寄せられた二人は逃れようともがくが、こちらも動けない。
こんな華奢な見た目なのに、どう抗っても手が外れない。
なんなのだ、この怪奇粘着娘は。
気づけば殿下も捕まった二人もいつの間にか上を脱がされている。
必死に止めようとしている、無事だった側近候補の残り二人だが、
たかが一人の小柄な娘を引きはがせず翻弄されていた。
◆
幸いこの日、彼ら三名の貞操はギリギリになって守られた。
大騒ぎに他の生徒や教員達が駆け付け、二十名余りで引きはがし、
この娘は初日で退学処分を喰らった。前代未聞である。
救出された時には三人ともが下着姿にまでひん剥かれており、
普段感情を表に出さぬ彼らも取り乱し幼子の様に泣き叫んでいた。
この娘、身元を洗ってみればある成り上がり男爵家の庶子との事。
さすがにこの娘は誰かを害した訳でもないが放置も出来ず。
王宮から厳しい処分を下せ、さもなくば爵位没収との命を受け、
男爵は迷わず娘を遠国の修道院へ入れる事を決めた。
もうこの国へと戻る事もないだろう。
…と思われたのだが。
娘は忽然と行方をくらませた。厳重に施錠された馬車の中から。
多くの兵士が警護に就き、逃さぬようにしていたにも拘らず。
世が世なら、稀代の奇術師として名をはせた事であろう。
いやそんな事言っている場合ではなく。
一般常識も世界の法則も無視するような存在が解き放たれたのだ。
王太子殿下と他二名が深い心的外傷を負うような相手であり、
娘の捜索は広範囲において行われたのだが痕跡を辿れない。
襲われた三名の精神状態を鑑みて、極秘捜索とされていたのだが、
これが裏目に出てしまう。後日王宮への潜入を許してしまった。
不安定な精神を落ち着かせる薬を服用し、寝床へ着く殿下。
横になれば当然顔は上を見る。天蓋付き寝台でないのが拙かった。
あの娘が天井にへばりついていたのである。にっこり微笑んで。
恐怖の悲鳴を聞きつけた侍従や衛兵達が扉をぶち破り突入して、
娘を引きはがして捕らえようとしたが、人と思えぬ動きですり抜け、
窓を突き破ってまたしても姿をくらました。
同様の事件は、先日襲われた二人の側近候補宅でも発生する。
ある時は衣装棚の中から。ある時はくりぬかれた柱の中から。
家人すら気づかぬうちに抜け道が作られている事もあった。
それでいて普段はどうやっても娘が見つからないのだ。
事態を重く見て娘の扱いは見敵必殺、に切り替えられた。
王宮も側近候補の屋敷でも警備をさらに厳重にし対策したのだが、
一か月の間に侵入を許した事、実に十五回。かつ捕らえられない。
が、この襲撃は一か月続いたのちにぴたりと収まった。
殿下も他二名も、相次いだ襲撃によってげっそりやつれてしまい、
襲うに値する魅力を失ってしまったせいなのかもしれない。
関係者は安堵したものの、将来を期待されていた彼らの精神は、
日常生活を取り戻せるまでかなりの月日を費やすことになった。
◆
事件の翌年であるが。
この王国とは国交のない別の国でも同様の事件が勃発する。
なんでも、行き場のない娘を養女にしてしまった貴族がおり、
その養女が入学先の学園で生徒に猛威を振るったのだそうな。
事件はまだ終わらない。
ノープランで書いてたら妖怪変化になった
実際にこんなのいたら滅茶苦茶怖いな




