人の心などない(断言)
失敗した。
心からそう思う。
この不景気の中で就職できないことに焦って内定を出してくれた会社に入社したらこれだ……。
何十年も前に遡ったのかと思うようなパワハラの嵐。
新卒で右も左も分からないのに仕事はろくに教えてもらえない。
聞いたならばそれくらい考えろ。
ミスをすれば何故聞かなかったっていうのに。
数ヶ月経って少しは仕事ができるようになったけど、ノルマ達成をしなければ人格否定の言葉が続くし……。
かといって反論できるわけもなく、私は心を殺しながら毎日死んだ目で仕事を続ける。
もちろん、就業時間過ぎてもサビ残で……当然給料は未払だ。
そんな毎日の残業に疲れ果て今にも倒れそうな私の前に少年は現れた。
「お姉さん。運がないねえ」
んなこと言われなくてもわかってる。
新人で入社した会社がドブラックだったせいで今日も終電だよ、クソが。
イライラしながらゴミ部屋でエナジードリンクを飲む私にガキは言う。
「僕さ。悪魔なんだ。驚いた? 見た目はこんなんだけど、もう数百年は生きてるんだ」
知るかボケ。
26時回って他人の部屋に急に現れたクソガキが普通じゃないくらい分かるわ、このアホ。
「お姉さん。僕とおにごっこしようよ」
クソガキが何か言っているけど静かに寝の準備に入る。
とりあえずシャワーを……めんどくせ。
あーあ、冬だったら汗かかなかったんだけどなぁ。
「真剣になってもらうために僕が今からお姉さんの一番大切なものを奪うね」
ガン無視してるのに健気な奴。
大切なものなんかないからとっとと帰ってくれないかな。
「後悔しても遅いよ。それじゃ……おにごっこ、スタート!」
その瞬間。
私の中で決定的に何かが変わった。
*
半年後。
新天地で悠々自適に過ごす私の下へ少年が現れた。
ボロボロの格好で……。
「お.ね.え.さ.ん!」
半泣きだ。
ちょっと可愛いじゃん。
「なんで探しに来ないのさ!?」
「えっ?」
「ほら! おにごっこしてたじゃん! まさか忘れちゃった!?」
「あっ、言われてみればそんな気も」
あるような、ないような……。
「僕言ったよね!? お姉さんから大切なもの奪うって!」
「あー、言っていたような……」
「僕、追っかけてくるのずっと待ってたんだよ!? しかも隠れながら! なのにずっと来ないし!! 様子見に行ったらアパートはもぬけの殻だし!!!」
「ごめんって。色々あってさ」
「お姉さん! 子供の頃にかくれんぼとかおにごっこしてて途中で帰るタイプの子供だったんでしょ!?」
そんな酷いことはしていない。
多分。
「ごめん、ごめんって本当に色々あってね」
泣きわめく少年を慰めながら私は改めて謝罪をする。
思い返せば不思議なものだ。
あの日、この少年に会ってから全てが馬鹿らしくなった。
私は翌日からいくら怒鳴られようとも残業をしなくなり、むしろ上司の怒鳴り声を浴びるように過ごしていた。
どれだけ怒鳴られたってなんとも思わない。
それどころか私は淡々と上司や会社のパワハラの証拠をしっかり録音……もとい証拠集めをしていた。
社内のメールもしっかり印刷済みだ。
少し前の自分からは考えられない行動だけれど、それら全てを私は機械作業をするかのように行えた。
本当に不思議だ。
おかげで会社は辞められたし、未払の残業代のおかげて嫌な場所から逃げて再起を図れる程度のお金も得た。
事実、今は新天地で楽しく暮らせているしね。
「当たり前だよ。お姉さん。だって僕が盗んだのはお姉さんの人の心なんだよ」
「こころ?」
「うん。人間ってのは厄介でね。心がブレーキになっちゃうんだ。良くも悪くも。それこそどんなおかしな会社でも『迷惑をかけるわけにいかない』とか『ここを辞めたところで』とかさ」
なるほど。
言われてみればその通りだ。
そして、心が奪われた故に私はそんなこと気にせずに動けたと。
「まぁ、いいや。とにかく今日はお姉さんに心を返しに来たんだよ。お姉さん、ぜんっぜん追いかけて来ないし……だからこれを返して僕次の人のところに行くよ」
「……話は変わるけど」
「ん?」
「私さ。最近、男に飢えてんだよね。当たり前だよね、あんなブラック会社にいたから彼氏とも別れちゃったし」
「……はい?」
不穏な気配を感じた少年が身構える……が、それよりも早く私は彼を押し倒す。
「ちょっ!? お姉さん!?」
「ちょうど良い男いるじゃんって今思ってさ」
そして都合が良いことにこのガキ、見た目通りの力しかないみたい。
必死にもがいちゃって可愛いじゃん。
ぺろりと舌なめずりをする。
「はい!? ちょっ! お姉さん! 怖い! 怖いって! てか、これ端から見たらやばいよ!? 絵面! 完全に犯罪じゃん!」
「あんた数百年生きてるんでしょ? じゃ、別にいいじゃん。合法じゃん」
「いやいやいや! 君、若いのに純愛とかそういうのに憧れないの!?」
「んなもんより、今は性欲でしょ」
「君に人の心はないのか!?」
あんたが奪ったんでしょうが。
……というわけで、私は今日も年下の彼氏と言うかペットと共に毎日をそれなりに幸せに生きている。




