第一章 飛鳥還都(一)
河辺行宮に、篝火が灯った。
宮内と共に庭のおちこちにも一斉に焚かれた火は行宮を力強く照らし、高い切妻屋根の鋭いへりまでもを、切り落としたように輝かせていた。
この行宮に、このように華やかに篝火が灯るのは、難波に都が遷都されて以来、実に八年振りのことであった。森の深い葉ごもりの奥に、楽音の湧き上がるようにその夜明々と照らし出された行宮の姿は、あたかも長く眠っていた古い神が、突如その目を覚まして蘇ったかのように、飛鳥の民には思われた。
飛鳥への還都を果たした、その祝いの宴が行われているのだった。群臣らは行宮の広間に集い、楽師の奏でる笛の音に乗って、笑いさざめく声はにぎやかに人々の間に沸き返った。芳醇な香り漂う酒瓶を抱えて、女たちは裳裾を美しくひるがえしながら、男たちの盃から盃へと、蝶のように忙しく行き来した。酌をして回る女たちの間に少女が一人立ち交じっているのを見つけ、誰かが差し招いた。命ぜられるまま、少女は抱えていた瓶を置き、その場で舞い始めた。大和で舞われているものとは趣の異なる舞であった。そのどこか野蛮な匂いのする舞は、少女の、幼さを残した愛らしい顔立ちと、胸のざわめくような調和を見せていた。囲んだ男たちは手を叩き、褒美の盃を与えた。今一度舞うように求められて、少女は素直に立ち上がったが、慣れぬ酒に足がもつれ、白い脛をあらわにして尻もちをついた。酒と恥ずかしさとに赤らんだ頬を手で覆い、少女はそのまま宴の広間から駆け去った。逃げ去っていく背を、男たちの笑い声が追った。
集うた群臣の中から一人が立ち上がった。酒を満たした盃を片手に高々とかかげ、上座に座った中大兄皇子と、皇子と並んで座す母君、皇祖母尊(※1)のために、その長寿を願う歌を奉った。歌い収めると、別の臣が立ち上がり、今しがたの歌を受けて飛鳥の宮の栄を願う歌を奉った。また一人、そしてさらにまた一人と、臣たちは次々と立ち上がり、めでたき即興歌はいつ果てるとも知れず連連と歌い継がれた。
* * * * *
やがて宴の夜は更けた。闇が濃さを増すにつれ、冷たい夜気が人々の間に降り、篝火の炎を静めた。歌がやみ、笑い声がやみ、楽音がやんだ。興奮は徐々に拭い去られ、そうして行宮に、闇と沈黙が満ちた。
宮が眠りに沈む中、中大兄は灯が絶えた回廊に、舟のように歩み出た。月影の下、静まり返った回廊の周りには生い茂った下草の葉がさわさわと鳴っていた。内庭は一面に、もはや何の茎葉かも見分けられぬほどに草が入り乱れていた。ある一隅には八年前には影も形もなかったはずの笹竹まで、小山を作って群生していた。なにぶん急な還都のこととて、正門のある南側は、既に下草や勝手に生えた潅木が除かれ、整然とした有様に整えられていたが、北側の後宮までは手が間に合わず、回廊や各々の建物の周りの下生えを申し訳程度に払ってあるばかりだった。
中大兄は足を止め、月を仰いだ。冷たい月の光が酔いを含んだ頬に快かった。北棟の一室で自分を待つ、その、月のように白い面輪が浮かんだ。奔馬の如く駆け出したい衝動を心に感じながら、しかし中大兄は月に照らされた荒れ庭に見入ったまま、頑なに歩をためらわせていた。自らを制することは、今や天にかかる月のように満ち足りた幸福の中にある彼にとって、もはや苦しみではなかった。深まる夜寒に庭を覆う草の葉はしっとりと露を帯びていた。月は葉の表に細やかに瞬き、銀色に蒼ざめた光のもやが、草々の間を漂っていた。やがて、中大兄は口元に優しげな笑みを揺らすと、くびすを返した。回廊を進み、突きあたりの部屋の扉を押し開けた。
いきなり開いた扉の音に、部屋にいた女官たちは驚いた。驚き、それから入って来たのが中大兄と気づくと、慌ててその場にひれ伏した。部屋の奥、開け放った窓辺に藤色の裳をつけ朱華(※2)の袍を纏って一人の女人が座っていた。化粧の最中であったと見え、解きほぐした髪が袍の上に垂れていた。女官たちがひれ伏す中、この女人だけは恐れる風もなく、中大兄の方へ細面の顔を向けた。夜の惣闇を掬ったような黒髪にふち取られた頬が、沫雪の如く白い。丸みを帯びた大きな目に、女人の部屋に一言も声をかけず踏み込んだ非礼を咎める笑みが浮かんでいた。
微笑みながら、女人は手で、女官たちを促した。それを合図に女官たちは一斉に立ち上がり、急な侵入者によって中断された化粧を再開した。長い黒髪を丹念にくしけずり、襟元で束ねて整えた。前髪は膨らみを持たせて巻き上げ、菊花のかんざしを飾った。一人が紅壷をささげて進み出、小指でもって女人の唇に差した。純白の肩巾が広げられ肩に柔らかくかけられた。そして女官たちは、中大兄の左右をすり抜けて潮の引くように部屋を下がって行った。
肩巾を長く揺らして、女人はすらりと丈高く立ち上がった。
「――兄上」
歩み寄った中大兄に、間人皇女は両の手を差し伸べた。二人は手を取り合い、引き寄せ合った。掌の温もりを透して、互いの内に溢れる幸福が密やかなおののきとなって伝わった。
* * * * *
――難波から飛鳥へ都を戻したいとの中大兄の奏上を、孝徳帝は容れようとはしなかった。
帝の住まう長柄豊崎宮は、大化元年の即位と共に難波の地へ都を遷して以来、六年もの年月を費やして造営した宮城であった。帝は一昨年の十二月晦日に宮に移ったのだが、しかし普請はその後も続き、昨年の九月になってようやく完成を見たばかりなのである。周囲のおちこちには寺の伽藍がそびえ、官吏の屋敷なども数を増しつつ整い、難波宮はいよいよ都城の形を成して来たところだというのに、中大兄はそのせっかくの都を早々に捨てると言うのだった。
内政を更に充実させるため、大和の旧豪族を今一度統べなおす必要がある、そのための還都なのだと中大兄は帝に説いた。確かに大和一円は、代々の都が営まれ、皇家とゆかり深い重要な地ではあるが、しかし今すぐ難波宮を捨てて急ぎ駆け戻らねばならぬ不穏が大和の地に起こったとは、帝の耳には届いていなかった。大和豪族を統べなおし、その統べなおした豪族の力を背景にして今まで以上に思い通りの政を行うのが中大兄の真意であることは、帝には容易に看破出来た。
帝と中大兄との間にはこの数年、対立と確執とが年を追うごとに深まりつつあった。そもそも帝が皇位に就き、中大兄が皇太子にたった当初から、政の主導権は帝よりもむしろ中大兄にあった。
長年、蘇我本宗家との間に皇家は密かな権力闘争を繰り広げて来た。蘇我一族は皇家の古くからの重臣であるが、一方では皇家の外戚として発言力を強め、朝政を掌握して来た。中大兄はその蘇我氏との争いに刃でもって終止符を打ち、政の実権を皇家の手に奪い返したのだった。自らの腹心中臣鎌足と謀り蘇我氏の長であった蘇我鞍作臣入鹿を大極殿で暗殺した乙巳の変がそれである。この時皇位にあったのは中大兄の母、皇極女帝であったが、女帝は乱の収束のため弟である孝徳帝に譲位し、皇位を退いた。
つまり、中大兄は孝徳帝を皇位に就かせた立役者ともいえるのである。その負い目、などというものではないが、そうした拘わり合いもあって、帝は中大兄が政を主導することはある程度容認の態であった。しかし時が経つにつれ、中大兄には政を独断で動かす専横の振るまいが目立つようになり、帝との確執を生んだのだった。
「太子。飛鳥へ都を遷すことは、わしは望まぬ」
白い髭の下から、常の穏やかな人柄にも似合わぬ厳しい口調で、帝は中大兄の奏上を退けた。そう言ったきりくびすを返し、頑なな足どりで奥に入って行った。
還都を帝が快諾するとは、しかし中大兄は思ってはいなかった。あるいは還都を奏上することで、帝と袂を分かつ機会を自ら作ったのかもしれなかった。奏上を帝が容れないと見るや、中大兄は母、皇祖母尊を奉じて帝に背き、政を飛鳥へ移すことを強引に決めた。中大兄の弟、大海人皇子を始め公卿大夫、百官の人々など多くの群臣が与した。それはもはや帝に対する謀反に等しい暴挙であったが、孤立した帝には、抗し得る何の手だてもなかった。
宮中に不穏の暗雲が立ち込める一方、後宮の人々の様々な感情は、間人皇女の上に集まっていた。間人は中大兄の実妹であり、帝の皇后でもある。夫である帝と、兄である中大兄と、両者の板挟みとなった皇后の心痛は如何ばかりであろうかと、後宮の女官たちは事あるごとに憂わしい瞳を見交わしたのであったが、しかし帝と中大兄の決裂が明白になって以来、静謐なまなざしの奥に、悲哀とも歓喜とも見える瞬きを沈めることの多くなった間人皇后の胸の内を知る者は、誰もなかった。
ただ一人知る者があったとすれば、それは中大兄その人だった。
いよいよ長柄豊崎宮を去ろうという時、中大兄は帝より他には入らぬはずの間人皇后の部屋へ、白日の下躊躇もなく踏み込んだ。扉を両腕で無体に押し破り、間人の手を取るなり後宮から拉し去った。
女官たちは眼前に繰り広げられた事態の意味が分からず、分からぬまま恐れておめき交わしたが、中大兄と間人の方はその間、眉ひとつ動かさず、また一声も発しなかった。世人の目には、それはあたかも二人がかねてより諮り合った結果であるように映った。しかし二人は諮ったのではなかった。また諮る必要もなかった。あにいもうととして共に生きて来た二十数年という年月の中で、俗世において身は結ばずとも、天上において二つの魂を結び合わせ、思いを確かめ合って相愛の情を深めて来た二人であったのだから。
※1 皇極天皇。重祚してのち、斉明天皇。中大兄皇子・間人皇女・大海人皇子の生母
※2 黄色味のない、薄い赤
注・季節描写について
「日本書紀」では1~3月が春、4~6月が夏、7~9月が秋、10~12月が冬と記述されており、この作品ではそれにならって季節を描いています。ご了承下さい。