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ひゃっほう!な婚約者はお義姉さまのことが好きなんだそうです(ノア視点)

作者: 桜庭 りおな
掲載日:2025/12/08

少し不快に思われる可能性がある描写が入っています。お気をつけください。


「ひゃっほう!な婚約者はお義姉さまが好きなようです」https://ncode.syosetu.com/n9803lj/のノア視点です。この作品単体ではすこしわかりにくいので、前作と合わせて読んでいただければ幸いです。

 初めて笑顔を向けられた時から、ずっと彼女の紫色の瞳に映りたかった。


***


「もういっそのこと婚約を解消しましょうか」



 目の前で小さな唇が紡ぐ言葉が僕の胃の中でどろりと黒く溜まっていく。

 もう14回目だ。幼い頃から恋焦がれる彼女に婚約解消を持ちかけられるのは。



「ルナリア。一旦黙るんだ」



 できるだけいつもと変わらないように接したいのに、どうしても笑顔なんて浮かべられなくて、僕の低い声にルナリアが怯えるように紫色の瞳を揺らした。

 無理やり笑みを戻すとルナリアはほっとしたように目尻を緩める。


 彼女は感情が表情に出やすい。

 その事実を知っているのが僕一人だったらどれほど良かったか。

 ただの政略的な婚約者だというのに、彼女に対して重たい独占欲を抱いてしまう僕の一面を彼女にさらけ出すわけにはいかない。きっと怖がられるし、気味が悪いだろうから。


 婚約者という立ち位置を保っている限り、彼女の紫色の瞳に映っていられるのだからそれ以上を望むのは強欲過ぎる。


 このまま順当に結婚すれば一生彼女の瞳に映っていられる。

 だから彼女の婚約者であり続けるためなら何でもする。彼女のそばにいるためならなんだって。


***


「ねえ、貴方はどうしてお義姉さまと他のみんなのところに行かないの?」



 暖かな午後の日差しが降り注ぐリュゼーヌ公爵家の庭園。

 庭園の中央で楽しそうにお喋りをしているローズ・リュゼーヌと高位貴族令息たちを指さしながら少女が僕に尋ねる。


 交流が深い家の令嬢令息__といっても令嬢はローズとルナリアだけで後は皆同年代の令息だが__が集まって交流を深めるために開かれたお茶会で、僕は大きな木の下で一人本を開いていた。


 そんな僕の様子に首を傾げながら話しかけてきた少女は半年前にリュゼーヌ公爵家に引き取られたという娘だった。名前は確か、ルナリア。僕と同い年の7歳だったはずだ。


 母が違うとはいえ既に目を引く美しさが顔立ちに表れているローズと異なり、少しふっくらとしたあどけなさ100%の純朴な顔立ちに疑問符をのせてルナリアはこちらを見ている。

 どこか他の貴族令嬢とは違う雰囲気を持つ彼女を前にして、スルリと言葉が口から出た。



「あいつら、好きじゃないんだ」

「……あいつら?」

「ローズに群がってる奴ら。みんな僕が伯爵位だからって馬鹿にしてる」

「伯爵位って、偉くないの?」

「僕の家は中途半端なんだよ。公爵とか侯爵に並び立てるわけもないのに、プライドが高いから無理して高位貴族の集まりに参加してる。それで子供が爪弾きにされてるのに直そうともしない。うんざりだ」



 思い返してみればこの頃の僕は大概ひねくれていたと思う。

 親が交流させてくれる令息たちはこの頃から皆こぞってローズに傾倒していたからずっと彼女の周りにいて、一番爵位が低い僕はどこかその輪に受け入れられなかった。別にローズのことが好きだったわけではないけれど、いつも賑やかなその輪に加わりたいとどうしても思ってしまっていたから、余計にそれを拒む彼らが嫌いだったし、そしてその要因となるローズのことも苦手だった。


 刺々しく言ったはいいものの、貴族についてまだあまり詳しくなかったルナリアは僕が言ったことを十分に理解できていないようで頭をひねっていた。



「……つまりぼっち?」

「はぁ!? 違うし!」



 うーんうーんと頭をひねっていたルナリアが弾き出した答えに思わず大きな声で反論する。

 思いの外自分から大きな声が出て驚いていると、ルナリアはきょとんとしながら言葉を続けた。



「でもいつもみんなから離れて一人でいるでしょ? ぼっちってことじゃないの?」

「違うって__!」

「私もぼっちなの」



 僕の反論に構うことなくそう言い放ったルナリアに思わず押し黙る。



「だからちょっと、一緒に探検しない?」

「探検……?」

「そう。ほら行こ!」



 しゃがみ込んでいたルナリアは元気にそう言って立ち上がり僕に向かって手を伸ばした。自分で立てるし……と思いながら本を脇に抱えて立ち上がった僕の腕を掴んだルナリアは庭園にある小さな林の方へと向かっていく。


 引きずられるようにして彼女について行くと林に入ってかなり進んだところに、木々に囲まれた小さな池があった。



「池なんてあったんだ……」

「ここ知ってるの、私だけなのよ」



 思わず呟いた僕にルナリアは得意げに言う。



「ほんとに?」

「ほんと。それとなく庭師のおじいさんにも聞いたけど、知らなかったわ。だからここのことは秘密よ?」



 息を潜めるように言ったルナリアはしゃがみ込んで楽しげに池の水に触れた。

 その様子を見つめながら口を開く。



「なんで教えてくれたの?」

「貴方ぼっちだし喋る相手もいなさそうだから」

「……ぼっちじゃない」



 なかなかに失礼な奴だと思った。

 思わずじとーっとルナリアを見つめているとしゃがんでいた彼女が立ち上がってこちらを振り向く。



「それに、貴方いつも木の下にいるから。こういうところも好きかなと思って。違った?」



 紫色の瞳がまっすぐにこちらを見た。

 なんだかそれが気恥ずかしくて耳に熱が集まるのを感じながらもごもごと口を開く。



「いや、違わない……素敵なところだね」



 木漏れ日が降り注ぐ池も、木々の匂いで満ちている林も嫌いではなかった。きっと彼女の言う通り僕は無意識に自然に近い所を好む性質があったのだろう。


 僕から発された小さな声を彼女が聞き逃すことはなかった。

 林の中を緩やかに風が通り抜け、彼女の薄い茶髪がふわりと舞う。



「でしょ!」



 彼女が初めて見せた笑顔に目を見開く。

 貴族令嬢らしい打算的な笑みでもなく、ローズのようなどこか計り知れない笑みでもない。ただただ、自分が見つけた場所を褒められて無邪気に、嬉しそうに細められた紫色の瞳が途方もないほど輝いて見えた。


 なんとも単純なことに、たったそれだけで僕はルナリアに恋してしまったのだった。


***


(随分とまぁ懐かしい夢を見たな……)



 朝日が差し込む部屋のベッドの上で上半身を起こし、ぼんやりと窓の外を眺めながら心の中で呟く。


 短期留学での紆余曲折を経て無事結婚式を挙げてから一ヶ月。

 夏の気配が色濃く交じるようになった外の景色を眺めていると、隣でもぞもぞとルナリアが動いた。



「んー……もう朝?」

「そうだけど今日はルナリア用事ないでしょ? まだ寝てていいよ」

「ん。ノアは?」

「少し出かけなきゃだから起きるよ」



 眠気眼でふにゃふにゃと動くルナリアにそう言いながらベッドを出て、夏用の薄い布団をかけ直す。

 枕の上で頭をグリグリと動かしていた彼女はちょうどいい位置を見つけたのか、満足そうに目を閉じた。


 その様子を可愛いなぁと眺めていると、再びうっすらと目を開けたルナリアが小さく口を動かす。



「何時に帰ってくる?」



 あまりに小さな声なので彼女に顔を寄せる。



「ティータイム前には」

「じゃあ、お茶の準備して待ってるね」



 半分夢の中にいるようでむにゃむにゃとそう言ったルナリアがぐいっと僕の顔を自身に寄せる。

 思いの外強い力に驚いていると、右頬にチュッというリップ音とともに唇があたる感触がした。



「いってらっしゃーい……」



 それだけ言って完全に夢の中へと飛び立ったルナリアを前に喜びを噛みしめる。

 5分ほどそのまま固まっていたら寝室の外から「朝食がご準備できましたが……」という使用人の声がしたので、しぶしぶ僕はその場を離れた。



「いってくるね」



 名残惜しさはあるが仕方ない。今日は外せない用事があるのだから。


***


 屋敷から馬車で2時間の小さな村。

 その村の外れにぽつんと建てられた小さな石造りの家の前で立ち止まる。

 その家の扉は重々しい金属製で自然豊かな周りの景色から明らかに浮いている。ドアノッカーもない扉にどうすればいいのか考えあぐねていると、ギィーっという重たい音をたてながら扉が開いた。



「鳥かごへようこそ」

「……どうも」



 扉から顔をのぞかせる黒い髪に黒い瞳をした男に動揺を悟られないように笑みを浮かべながら返す。

 男はそんな僕の態度に構うことなく早く入れと促した。思いの外家の中は広い。

 再び重い音をたてて閉まった扉を見つめていると、男はさっさと先に行ってしまう。

 慌てて男についていくと一度も使用されていないかのように思われる応接室に通された。



「お茶はいりますか?」

「いや、いいです。手短に終わらせるつもりなので」

「ふふっ。やはり貴方は良い契約相手ですね」

「それはどうも」



 目の前でじめっぽく笑う男からは異質な雰囲気が漂っている。

 その雰囲気が、裏社会で暗殺者として活躍しているこの男だからこそ醸し出されていることを理解している僕は、彼から目を離すことなく促されたソファに座った。


 向かいのソファに座った男はこの国では珍しい真っ黒な髪と瞳を持っているものの、顔立ちはたいそう整っている。

 しかしまあ病的なまでに白い肌とどこか陰湿な雰囲気が整った容姿すら不気味なものにしているのだが。



「……以前おっしゃっていた計画通りに進みましたか?」

「えぇ、もちろん。なんの問題もなく。貴方の協力のおかげですよ」

「僕にも利益があるから協力した。ただそれだけです」



 満足気に笑いながら質問に答える男を鋭く見据えて言葉を続ける。



「しかしこの家は……少々我が伯爵邸から近すぎるのでは? 馬車で2時間。いざとなれば歩けてしまう距離です」

「はははっ! まさか私が彼女を逃がすとお思いですか?」



 僕の質問に一瞬目を見開いた後、愉快げに笑った男はニィーっとさらに口角を上げて見せた。こちらを射抜くどこまでも真っ黒で光のない瞳に冷や汗が流れるのを感じる。

 けれどここで気圧されるわけにはいかない。目一杯平気なふりをして僕は口を開いた。



「不安要素は少しでもない方が良いので」

「ご安心ください。彼女がここから逃げられる可能性は一切____」



 恭しく男が話している途中。バンッ!と応接室の扉が騒々しく開いた。

 そして____



「ノア!! お願い、助けて!!!!」



 聞き覚えのある声が後方から甲高く響く。

 けれど僕は扉の方を見ることなく目の前に座る男にだけ集中する。きっとこの男は彼女が自分以外の目に入るだけでも気に食わないだろうから。

 突然の乱入も想定済みだったであろう男は僕の態度に満足そうに笑ってからすぅーっと笑顔を消して口を開いた。



「ローズ。応接室に来るなと言ったよな?」

「ひっ! お、お願いよノア。私を助けて、ここから連れ出して!!」



 男の低い言葉に分かりやすく息を呑んだローズは一心不乱に叫ぶが、その言葉をすべて無視する。喚くローズをいないもののように扱いながら男に向かって僕は口を開いた。



「僕は貴方のローズ()が鳥かごから逃げ出さないという確証が欲しいだけです。安心して愛する妻と暮らしたいので」

「えぇ、そのお気持ちはよくわかります。ご安心ください、この鳥かごは臨時で用意したニセモノに過ぎない。ホンモノは他国に用意中です、もうすぐ完成するかと。そちらが完成次第すぐに移るつもりですよ、いかんせんこの国は私のローズ()を探す邪魔な奴が多い。いっそのこと殺してしまいたいですが、全員高位貴族の人間となればそうもいかない。手っ取り早くこの国から出ることにしました。誰の手も届かない所で二人きりの生活……あぁ、なんて甘美なんでしょう」



 酔いしれるように恍惚と男が吐いた言葉にローズが絶望の響きをもらした。



「う……嘘よ、他国なんて……なんで、どうしてこんなことに! こんなのストーリーにはなかったのに!!」



 悲鳴混じりの声で言うローズは鎖で繋がれているのだろう。先ほどからずっとジャラジャラと金属の重い音がする。そして、ずっと扉のところで喚いているのも鎖の長さが限界で応接室の中まで届かないからだろう。



「一生のお願いよ、ノア! ここから逃げたいの! ……そう、ルナリア! ルナリアも私がいなくなって心配してるでしょう!?」



 後ろから響いた愛しい名前にぶわっと頭に血が上った。

 決して後ろを振り返らずギリギリと拳を握りしめながら感情を抑えて口を開く。



「二度と、ルナリアの名前を、お前が口にするな」



 ローズに向かって言葉を吐けば目の前にいる男は機嫌を損ねるだろうことが分かっていてなお、言葉にせずにはいられなかった。

 ひと区切りひと区切り、激情をなんとかとどめながら言う。予想に反して男はニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。



「なんで!? ルナリアは私の妹なのよ! あの子が私のことを心配してないわけ__!」

「あははははははっ!」



 堪えきれない、というように笑い出した男はひとしきり笑ったあと深呼吸をしてから愉快げに言葉を紡いだ。



「愛しいローズ、よくそんなことが言えるね。その『妹』やらをこの私に殺してくれと頼んだくせに!」

「違う!! 私そんなこと頼んでないわ! 嘘言わないで!」

「誤魔化したって無駄だよ、こちらの彼には君が私にそれを頼んだときの録音を聞かせてある。まあそれを聞かせるまでもなく彼は私の話を信じてくれたけどね」



 そう、この男が僕の前に現れたのはルナリアと僕が学園を卒業してすぐのこと。

 その時初めて僕はローズが高位貴族令息たちに飽き足らず、裏社会で生きる暗殺者にまで手を出していることを知った。


 前々から主にリュゼーヌ公爵家を良しとしない勢力で囁かれていたローズの話。

 それは『幼馴染とはいえ、流石に複数の高位貴族令息に対して思わせぶりな態度を取りすぎではないか。打算がないように見えるがもしかするとわざとなのでは?』というものだった。

 けれど、リュゼーヌ公爵家の権力は強大で表立ってその話が出回ることはなく、ローズに傾倒している令息たちは誰もが世間知らずのお坊ちゃんということもあり、状況が変わることはなかった。


 だが、今目の前にいる男は彼らとは違う。

 厳しい裏社会で生き抜いてきた人間。彼らと同じような思わせぶりな態度で接したローズは自分で自分の首を絞めた。


 卒業式から3日経った日の深夜。

 結婚式の書類に目を通していた僕の前に音もなく現れたこの男は全身から死臭を垂れ流していて、男の持つその雰囲気に嘔吐してしまいそうになるほどだった。

 あの時も今も、こうして嘔吐することなく彼と対峙できているのは、ルナリアを忌々しいローズから守らなければならないからだ。


 僕の手紙を偽装していたことからローズが僕に対してなんらかの執着心を抱いていることは分かっていた。

 それでも、ルナリアと想いがつながり、結婚式の準備が滞りなく進んでいるのだから流石に手出しはしないと思っていた。

 

 まさか思わせぶりな態度を取っている暗殺者の男に、ルナリアの暗殺の依頼を示唆するなんて思ってもみなかった。

 書机の上の小さな照明だけ点灯している薄暗い自室の中でその話を聞き、たとえどれだけ力の差があってもこの男を止めなければならない、と覚悟していた僕に男は飄々と提案を持ちかけた。


 その提案の内容こそ、先ほど彼が言っていた契約が示すことである。



『ルナリアの暗殺を実行しない代わりに、ローズを攫う協力をする』



 その提案を呑んだ僕はルナリアとの結婚式の2日後。男がローズを攫ったタイミングを見計らって男から頼まれた通り『ローズの誘拐』を『ローズの駆け落ち』に偽装した。

 きっと男は一人でもそれを完遂できたのだろうが、僕を巻き込んだ。その意図は分からないし、分かっても意味がない。ルナリアに危険さえなければそれでいい。


 そして今日がその契約が終了する日。わざわざこの場に赴いたのも彼が約束を果たしたことを確認するためだ。その確認ももう終わった。これ以上ここにいる必要性はない。



「もう帰っても? 妻が待っていますので」

「えぇ、もちろん」



 男の許しを得てソファから立ち上がる。

 男が先に応接室の扉の方へと歩き、ついですぐにローズの声が上がった。



「やめて! お願い、ノア!」



 ローズはどこか他の部屋に押し込まれたらしい。「出てきたら何をされるか分かってるよな?」という男の低い声とともにローズの声が遠のいた。

 その後応接室に男が戻ってきて「家の外までご案内しますよ」という声が背後から聞こえ、ようやく後ろを振り返り応接室を出る。


 玄関に着き、男が金属製の扉をギィーっと開いた。

 その様子をじっと見つめていると男が首を傾げながら口を開く。



「なにか?」

「いえ、鍵をいつもかけているわけではないのだな、と」

「ははっ! 貴方は案外心配性ですね。この扉は特殊な金属でできていて、成人男性でも鍛えていない方だと開けることが出来ません。ローズには1mmすら動かせないでしょう」

「……そうですか」



 そんな金属が存在するのか、と思いながら家の外に出る。

 男がにこやかに「それでは、もう二度と会わないでしょうから。生涯のさよならを」と言っていると、またしてもそれを遮るようにローズの声がした。



「待って、ノア! 置いていかないで!」



 廊下の奥に現れたローズの姿を不可抗力なことにも視界に入れてしまう。

 どこまでも美しさを誇っていた彼女はやつれていて、白い肌にはところどころに打ち付けた痕のようなものがある。

 それらが自分で逃げようとして打ち付けたものなのか、はたまた男からの暴力なのかはわからない。


 どちらにせよ、彼女を憐れむ心なんて持ち合わせてはなかった。彼女が小さな頃から妾の子であるルナリアを自分の株を上げるために利用していたことだって知っているし、彼女がルナリアと僕の仲を裂こうとしていたことも知っている。

 けれど僕とローズの間の手紙の偽装のことはルナリアも分かっていて、それでもなお彼女はローズに恩があるから追求しなくて良いと言った。だから僕もそれに従った。

 けれどローズはルナリアを明確に害そうとした。その事実だけで僕はどこまでも非情になれる。


 ルナリアの笑顔を守るためなら、目の前にいる忌々しい女が泣き叫ぼうが構わなかった 



「はぁー……出てくるなって言ったのに。本当に話を聞かないな」

「ひっ!!」



 ローズの行動は今度こそ男の逆鱗に触れたようだ。男の感情のこもらない言葉にローズがビクッと肩を揺らす。



「あぁ、安心してください。貴方のことは責めませんよ、協力してもらったわけですし」

「……ありがとうございます。もう一生会わないことを願っていますよ」

「えぇ、さようなら」



 男の言葉にそう返せば、男はにこやかに笑いながらそう言って扉を閉めていく。



「待って! 置いてかないで! なんで、なんでこんな結果なの!? 私が悪役令嬢だから!? 逆ハールートにこんなエンディングなかったじゃない!!」



 ヒステリックに叫ぶローズの声が扉が閉まるとともに一切聞こえなくなる。



(防音性もあるのか……すごいな)



 場違いなことを考えながら少し離れたところに待たせてあった馬車に乗り込む。

 屋敷に帰ったらルナリアとのティータイムが待っている。それだけが2時間もの帰路を輝かせた。


***


「ただいま……ルナリア?」



 使用人の「奥様ならご夫婦の部屋でお茶を淹れて旦那様を待っております」という言葉に浮足立ちながら部屋へ入ると、ルナリアがソファの背もたれにもたれかかって目を閉じている。

 どうしたのかと近づいてみれば寝ているようだった。

 いつも元気なルナリアが徹夜もしてないのに昼寝しているなんて珍しい、と思いながら彼女の寝顔を眺める。


 すーすーと規則正しい小さな寝息をたてる彼女に思わず頬を緩ませる。



(今日も、このブローチをつけてくれてる……)



 ルナリアの着ているブラウスに輝く紫色の水晶がはめ込まれたブローチは、短期留学初日に港で購入してルナリアに渡したものだ。

 あの頃はルナリアがルーシャスのことが好きだと思っていたから、宝石商で売っているような高価なアクセサリーを渡せば拒絶されてしまうのではないかと恐ろしくて、港の露店で売っているようなあまり高くはないものしか贈れなかった。


 想いが通じ合ってからというもの、高価なアクセサリーも何度か贈っているのだが、彼女はこのブローチが気に入っているようで事あるごとにこれをつけている。

 そしてこのブローチと同じくらいの頻度で彼女が身につけているのが、短期留学最終日に同じ露店で彼女が購入した青い水晶のネックレスだ。

 なんでも彼女が言うにはその水晶が僕の瞳の色によく似ているらしい。


 自分ではあまりよく分からなかったが、彼女が言うのならそうなのだろう。色味云々よりも、彼女が僕の瞳と似ていると思ったアクセサリーを買ってくれたことが途方もなく嬉しかったのを思い出す。



「んー……」



 じーっとルナリアを眺めていると、小さくうめいて彼女が目を緩やかに開いた。

 髪と同じ薄い茶色のまつ毛から覗いた紫色の瞳がまっすぐとこちらを見る。



「ん、ノア……おかえりなさーい」



 間延びしたルナリアの言葉に思わず声を上げて笑う。

 少し驚いたように目をパチクリとさせてこちらを見るルナリア。

 彼女のきらきらと輝く紫色の瞳に笑っている僕が映っている。


 あぁ、ほらやっぱり。彼女の瞳に映っていられることが、こんなにも嬉しい。


 未だにきょとんとしているルナリアに腕を伸ばしてぎゅっと包み込む。



「ただいま、ルナリア」



 僕の言葉にルナリアが小さく笑った声がした。


補足として……

ご察しの通り、ローズは転生者でこの世界は乙女ゲームの世界です。

そして本来ならゲームのヒロインの立場にいるのがルナリア。ローズはルナリアを虐める悪役令嬢で、ノアは攻略対象の一人です。ローズに傾倒していた令息たちも攻略対象、そして暗殺者も攻略対象の一人です。

前世の記憶を駆使してローズはゲームのヒロインの立場をゲットするわけですが、よりにもよって完璧な逆ハールートを目指して突き進んだことが身を滅ぼす要因。

きっと誰か一人を選んでいたらゲームでのハッピーエンドと同じ道を歩めたはずです。

ルナリアに前世の記憶はなく、ローズに対して公爵家に馴染めるよう尽力してくれたという恩を感じてます。

ローズは思わせぶりをしすぎて火をつけてしまったヤンデレに監禁されているわけですが、ノアがその事実を隠しているのでルナリアは「お義姉さま駆け落ちしちゃったんだ、びっくり。まあ幸せに暮らしてたら良いな」ぐらいの気持ちです。

ノアもノアで系統が違うヤンデレ味があるよなぁと思いながら書きました。

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