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竜と一緒に旅をする。  作者:
【水光の都~ルメリア~】

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第4話

 この街では、水上での移動が主な交通手段となっている。

 張り巡らされた水路には無数の小舟が行き交い、人や物を運んでいた。徒歩でも街を巡ることはできるが、水路の位置関係が複雑なため、まるで迷路のようだ。そのため、あちこちにある乗り場から小舟を利用する方がずっと早い。


 愛たちは観光を兼ねて小舟に乗り、ひと通り主要な場所を見て回ることにした。


 まず向かったのは、水上市場である。

 桟橋に降り立つと、目の前には幾重にも重なるように浮かぶ船々が並び、果物や野菜、日用品、嗜好品、さらには観光客向けの土産や食べ物まで――実にさまざまな品々を載せて行き交っていた。

 その目が回るような賑わいに、愛はただぽかんと口を開け、周囲を見回すばかりだった。


 水の上で売り買いをするという文化は、日本で暮らしていた愛には馴染みのないもので、どうしても戸惑いを隠せない。

 そんな愛の隣で、オズウェルが果物を売る小舟を呼び止め、見慣れない果実を一房手に取って代金を支払った。


 それは、透き通るような淡い水色をしており、まるで水滴をそのまま閉じ込めた葡萄のような美しい実だった。


「アイ、この果物は美味しいよ。アクアリスの実って言うんだ。魔力を含んだ“水光果実”でね、清らかな水と、水中を照らす陽光の中で育つんだ。一粒ちぎって、そのまま食べてごらん?」


 愛はいわれるままに一粒をちぎり、その澄んだ果実を口に含んだ。

 歯でぷちりと皮を破ると、内側からとろけるような甘みが溢れ出す。

 滑らかな果肉は桃やマンゴーにも似ていて、ほとんど咬まずとも舌の上でふわりと溶け、清涼な余韻だけが口の中に残った。


「なにこれ……すごく美味しい……!」


 水色の果実という未知の食べ物に、愛は思わず口元を押さえ、オズウェルへと輝くような瞳を向けた。

 地球で栽培される果物は品種改良を重ねて甘くしているが、この世界では“魔力”の有無が味に影響するらしい。

 おそらく、この街では魔力を含んだ水――魔力水を豊富に用いて、野菜や果物を育てているのだろう。


「ふふ、アイのいた世界にはない果物みたいだね。そんなに美味しかった?」


「ええ! 見た目も味も、本当に素晴らしいわ。他にもいろいろ食べてみたいな……あ、あれは何?」


「ああ、あれは――」


 そうして肩を寄せ合いながら、オズウェルと愛はしばらくのあいだ水上市場を堪能した。

 いくつか気になる品を買い求めると、今度は目的の宿場へと向かう。


 真っ白な壁に青い屋根――ルメリアの建物はすべて、この二色で統一されていた。

 しかし、壁に飾られたタペストリーや、壁面を彩る植物の蔦がそれぞれに表情を与えており、一軒一軒が異なる個性を放っている。


 宿屋が集まる一角では、さらに季節の花々が咲き乱れ、ベランダには繊細な細工が施された格子がはめられていた。そこから垂れる蔦が風に揺れ、白い壁をやわらかく彩る。

 白を基調とした背景に浮かび上がるその景観は、まるでお伽噺の世界に迷い込んだかのように美しく、愛はゆっくりと見回しては感嘆の息を漏らした。


 祭りの準備だろうか。どの宿の前にも目立つ場所に水盆が置かれ、その水面にはアクルナの花が静かに浮かんでいる。


「そっか、祭りの名前が《アクルナ聖祭》だものね。この花が都の象徴なのかしら」


 うっすらと透ける青い花弁にそっと触れてみる。

 それはまるで水がそのまま形を成したかのようなしっとりとした質感を持ち、蓮に似た葉を広げながら、水面でゆるやかに揺蕩っていた。


「こんなところに来られるなんて、本当に夢みたい……。いや、異世界に来てる時点で夢みたいな話だけどね」


 異国情緒に満ちた街並みはあまりにも見事で、現代社会で凝り固まっていた愛の心を、じんわりと溶かしていく。

 年甲斐もなくはしゃぐ愛の姿を、オズウェルはまるで自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべながら見つめていた。


「さぁ、宿を探そう。……それにしても、すごい人の多さだね。こんな人混みに揉まれるのは、いつぶりだろうなぁ」


「私は前の世界でも人の多い場所にいたからある程度は慣れているけど、オズウェルは大丈夫? きついようなら、どこかで休みましょうか?」


「あぁ、大丈夫。……ただ、小さい生き物が近くにいると、少し気を遣うんだよね。潰しちゃいそうで」


「……竜特有の悩みね」


「まぁ、そんなとこ。……じゃあ、行こうか!」


 そんな軽口を交わしながら、二人は並んで宿を一軒ずつ覗き、空室がないかを確かめていく。

 しかし、やはり祭りの影響で、そう簡単には空きが見つからない。手当たり次第に尋ねて回ってみたものの、宿の主人たちは一様に申し訳なさそうな顔で頭を下げるばかりだった。


 やがて宿場を抜け、憩いの場らしい噴水広場にたどり着く。

 大きな噴水のそばにあるベンチへ腰を下ろすと、二人は同時にがっくりと肩を落とした。


「やっぱりそうよねぇ……祭りの前日なんて、宿が空いてるわけないわ」


「なんかごめんね。もっと早く来られればよかったんだけど……」


 愛の落ち込みぶりに、オズウェルは申し訳なさそうに眉を下げる。


「あっ、ごめんなさい! 違うの、あなたのせいじゃないわ。祭りを知ったタイミングが悪かっただけ。オズウェルが急いでくれたから、お祭り前日に滑り込みできたんだから」


「そう? ならよかったけど……。でも、どうしようか。やっぱりテントを使う?」


「それしかないわよね……」


 そんな話をしていた時、広場が急にざわめき立った。

 愛たちは思わずそちらに視線を向ける。何やら数人の男たちが人を押しのけながら広場へなだれ込んできたのが見えた。


 その先頭を走るのは、一人の女性だった。

 長い金髪を揺らしながら、逃げるように必死に駆けている。

 その背後では、人相の悪い男たちが声を上げながら、人波をかき分けて彼女を追いかけていた。


「お嬢! お待ちくださいっ!」


「はぁ、はぁ……っ、だれが待つものですかっ! ぜぇーったいに嫌! 帰らないんだから!」


 息を切らせながらも、女性は振り返りざまに強気な声で怒鳴り返した。


「……何かしら、あれ」


 愛がそう呟いた矢先、女性がこちらを見た。

 そして、驚いたように目を見開くと、なぜか一直線に駆け寄ってくる。


 次の瞬間、女性は愛――いや、正確にはその隣に座っていたオズウェルの前に立ち、彼の腕を掴んでぐいっと引っ張った。


 あまりに唐突な出来事に、愛もオズウェルも呆気に取られて動けない。

 だが、女性の勢いに押され、オズウェルは掴まれた腕を振り払うこともできず、そのまま立ち上がってしまった。


「ほら、あなたたち! この顔を見なさいよ! あいつがこのご尊顔にに勝てると思ってるの?!」


 女性は困惑するオズウェルの顔を指さし、追ってきた厳つい男たちに向かって怒鳴り返す。


「いーい? 私の好みはこういう人なの! むしろ、この人じゃないと嫌なの!」


「お嬢! わがまま言わんでくださいよ。見えてないんですか? その人たち、どう見ても恋人同士でしょう? こちらの厄介ごとに巻き込まんであげてくださいっ」


「うるさいっ!」


 広場に、そんな言い争いが響き渡る。

 もっとも、言い争いというには一方的で、男たちはまるで子供の癇癪に付き合うかのように、困ったような口調で彼女を諫めていた。


 ――それはそれとして。


 愛は、見知らぬ女性に掴まれているオズウェルの腕にちらりと視線をやり、胸の奥にモヤモヤとした感情が湧き上がるのを感じる。

 おそらくオズウェルは、この女性を力で振り払えば怪我をさせかねないと思い、動けずにいるのだろう。


 自分の中で、何かがスッと切り替わるのがわかる。

 愛は立ち上がってゆっくりと手を伸ばすと、オズウェルの腕から女性の手を強引に外した。

 女性は怒りの表情そのままに愛を睨みつけたが、すぐにヒッと小さく口から漏らして顔色を変える。


「ねぇ、ちょっと」


 愛は掴まれていたオズウェルの腕をそっと取り、その手を優しく撫でながら女性に声をかけた。

 その声色は、まるで真冬の空気のように冷たく澄みきっている。

 そして、その瞳もまた、触れれば凍りつくような冷ややかさを帯びていた。





「――私のものに、触らないでくれる?」



 愛の斜め上の豹変に、オズウェルは顔面を真っ赤に染め上げ、カチコチに硬直したまま動けずにいた。

 そんな彼の腕に身を寄せながら、愛は淡々と――しかし一切の感情を排した無表情で、冷ややかに言い放つ。


 その言葉が空気を凍らせたような一瞬の沈黙の後――彼らは一糸乱れぬ動きで勢いよく頭を下げ、揃って声を張り上げた。


「「「す、すみませんでしたぁぁっ!!」」」




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