第3話
白亜の門の前は、四年に一度の祭りの影響だろうか、人の往来が激しく、活気に満ちていた。
この世界に来てから初めて訪れる人里。愛はオズウェルに手を引かれながらも、抑えきれない興味のままに周囲へと視線を巡らせる。
この世界には、実にさまざまな種族が存在しているらしい。
獣人族、精霊族、エルフ族、ドワーフ族、デーモン族、妖精族、ハーフリング族――そして、愛にも馴染み深い人族。
他にも細かな種族が数多くいるようだが、愛が知るのは小説などで見かける“おなじみの種族”くらいであった。
こうして実際に彼らを目にすると、改めて自分が異世界に来たのだと実感させられる。
オズウェルと出会った時から何度も感じてきたことではあるが、町並みや人々の様子を見れば見るほど、その異文化の空気に胸が高鳴った。
城塞都市のような造りをしたその都は、周囲を囲む運河と二重の城壁によって、実に堅牢に築かれていた。
最初の城門を通り、橋を渡ってたどり着いた二つ目の白亜の門では、身元を証明するためのプレートを取り出し、設置された魔道具へとかざす。
続いて、騎士のような装いをした女性によって、身体を上から下まで魔道具らしき棒でなぞられ、荷物検査と危険物の持ち込みチェックを受けた。
やがて何の問題もなく通行を許可され、二人はそのまま都の中へと足を踏み入れる。
平和な時代が続いているためか、こうした魔道具の発展ぶりは、現代の地球とさほど変わらないようにも思える。
そして――。
ようやく辿り着いた都の内部には、白亜の街並みを縫うように無数の運河が走り、華やかな装飾を施された小舟が水面を静かに行き交っていた。
陽光を受けて輝く水面は、クリスタルのように澄み渡り、空の色を映して鮮やかなコバルトブルーをしていて、愛はその透明度に吸い込まれそうな感覚を覚える。
涼やかな水音に混じって、街のあちこちから子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
少し離れた場所にある鐘塔から、昼を告げる鐘の音が澄んだ空気を震わせると、誰かが仲間と笑いながら昼食の話をして、愛たちの横を楽しげに通り過ぎていった。
真っ白な建物の壁やベランダを彩る花々は、陽の光を一身に浴び、上を向きながら風にそよいでいる。
そこに広がるのは――まるで絵画のように穏やかで、美しく、そしてどこまでも平和な光景だった。
あまりにも美しい光景に、愛はしばらくのあいだ感嘆の息を吐いたまま、言葉を失っていた。
しかし、オズウェルが握っていた彼女の手をそっと引くと、愛はハッと我に返り、気恥ずかしそうに微笑む。
「本当に綺麗な街で、感動しちゃった。ねぇ、見て! 水路のまわりに、青い花がたくさん浮いてるの。蓮じゃないわよね……でも、すごく綺麗だわ」
「……へぇ、あれは《アクルナ》だね。魔力を含んだ水を糧に咲く花だから、すごく珍しいはずなんだけど」
オズウェルはそう言うと、道を逸れて水路へと続く石階段を降り、水面を間近で覗き込んだ。
伸ばした手を静かに水へと浸すと、すぐに驚いたように目を見開く。
「あぁ……この水路の水、全部に魔力が満ちてるのか。どうりでアクルナがこんなに咲いてるわけだ。……でも、この魔力、どこかで感じたことがあるような……?」
「触っただけでわかるものなの?」
「うん。アイも触ってごらんよ」
促されるままに、愛はそっと膝をつき、水面へ手を伸ばした。
指先が水に触れると、冷たさと同時に、ほんのりとした温もりがじわじわと指先から腕へと伝わってくるのを感じた。
「冷たいのに、少しだけあったかい……? なんだろう、日陰から日向に手を出したときみたいな感じ?」
「水に含まれてる魔力が、身体に吸収されてるんだよ。まぁ、しっかり魔力を回復したいなら――全身で浸からないとダメだと思うけどねぇ」
オズウェルは指先の水を軽く払うと、屈んでいた愛へ手を差し出し、ゆっくりと立ち上がらせた。
「不思議な街だなぁ。……こんな場所、いつできたんだろう」
オズウェルが長い眠りにつく前、この辺りは干上がった水源の跡と荒野ばかりで、何もなかったという。
あの“二柱”との戦いは、神々が座す天界だけでなく、この地上にも及び、あちこちに戦いの爪痕として大穴が生まれた。
その時代を思い出しながら首を傾げるオズウェルの顔には、人々の発展ぶりへの驚きが滲んでいる。
竜にとって数百年は瞬きほどの時の流れだが、他の生命にとっては、それだけで世界を変えるに十分な年月だった。
オズウェルの“世界の管理者”という役目も、いまでは平和の中で、ほとんど飾りのようなものになっていた。
もともとは、あの戦いのさなかに世界が壊れぬよう地上を支え、そして――愛の魂を回収するために与えられた使命だったのだ。
その役目を終えた今、オズウェルにも、この穏やかな世界を心から楽しむ権利がある。
荒廃していたかつてとは違う。彼自身が築き上げた“平和”を、その身で感じてほしい――きっと神々も、そう願って愛をこの世界へ導いたのだろう。
愛はそっと微笑み、もう一度オズウェルの手を握る。
「せっかくだし、宿を探しながらいろいろ見て回ってみましょうよ。美味しいものも、楽しいことも……きっとたくさんあるはずよ!」
「……そうだね、行こうか」
愛の言葉に、オズウェルはどこか幼さをにじませた笑みを浮かべた。
そして二人は、昼時の香ばしい匂いと人々の賑わいに誘われるようにして、ゆっくりと街中へと歩みを進めていった。




