第13話
礼拝堂を一通り巡り終え、愛たちが外へ出た頃には、本格的に祭りが始まっており、街のにぎわいは先ほどよりも随分と増していた。
「そういえば、今日は竜神の巫女の選考会の初日なのよね? てっきり教会とかでやるのかと思っていたんだけど……」
そう言いながら、愛は周囲を見回す。
祭りの要とも言える儀式であるはずなのに、街には確かに祭り特有の浮ついた空気は漂っているものの、肝心の教会にはそれらしい準備や緊張感はまるで感じられない。
「うーん、確かに……全然そんな感じしないねぇ」
「ユリスも出るって言ってたけど……いったいどこでやる予定なのかしら? 聞いておけばよかったわ」
二人して首を傾げながら歩き出そうとした、その時だった。
「――選考会の一般公開は、聖祭の最終日ですよ」
不意にかけられた声に足を止め、振り返る。
そこには、穏やかな笑みを浮かべた一人の神官が立っていた。
年の頃は壮年に差し掛かったあたりだろうか。白髪交じりの青い髪は、まるで波を返す海を思わせるような鮮やかさを帯びている。清廉さを漂わせる神官服に身を包んだその男は、ゆっくりと愛たちに近づいてきた。
朗らかな笑みを崩さぬまま、神官は選考会の流れを語り始める。
「現在、候補者たちは外界から切り離され、奥の神殿の中で心身を清めている最中でしょう。そうして濁りのない状態で明日を迎え、まずは儀式に耐えうる魔力量を持っているかを、特殊な魔道具で確認します。その後、法具に認められる可能性を持つ者たちを選別して――」
神官は一拍置き、静かに言葉を続けた。
「最終日には、竜涙湖の中心に浮かぶ島の舞台にて、観衆の前で舞を披露していただきます。その舞をもって、竜神の巫女に相応しい者を決めるのです」
その一連の流れを聞きながら、愛の脳裏には、どこかで見たアイドルのオーディション番組の光景が自然と重なっていた。
選りすぐりの美女たちが舞台の上で舞い踊る姿を思い浮かべた、その時――目の前の神官がオズウェルに視線を向けていることに気づく。
オズウェルもその視線に戸惑うように首を傾げると、神官ははっとした様子で表情を改め、すぐに申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「いやいや、失礼しました。そちらの男性が、あまりにも竜神様に似た立派な角をお持ちでしたので、つい声をかけてしまいまして」
「えっ、僕の角?」
言われてみれば、確かに石像とそっくりな角をしている。
そっくりも何も本竜なのだが、当時の記録を残した者は、よほど詳細な描写を行っていたのだろう。石像の角は実に精緻に彫り上げられていた。
それだけ、黒竜という存在が当時の人々に強烈な印象を与えていたのだということが、容易に推察できる。
「神殿に保管されている当時の資料には、竜神様の角は黒曜石のように美しい捻じれ角であったと記されています。まさしく、あなたのような角だったのだろうと思うと……少し嬉しくなってしまいましてね」
「そ、そうなんですね」
唯一真実を知っている愛は、目の前の神官にどう反応すべきか分からず、とりあえずといった様子で曖昧な返事を返す。
一方のオズウェルは、自分の角を撫でながら、立派だと評されたことにまんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。
「お二人は、観光でこちらに?」
「ええ。知り合いからお祭りがあると聞いて、昨日からこちらに滞在しています。とても良い所ですね。どこを見ても景観が美しくて、楽しませてもらっています」
「ははは、それは何よりです」
愛の言葉に、神官はまるで自分のことのように嬉しそうに笑うと、眩しいものを見るように目を細め、教会から望める領城へと視線を移した。
「この地を治めるルメリア公爵家の方々は、代々とても善政を敷いてこられました。治世が安定していれば、人々の暮らしもまた安定し、心にゆとりが生まれるものです。きっと、竜の加護を受けしルメリア公爵家だからこそなのでしょう。我々竜神教に対しても大変熱心に支援してくださっておりましてね。人々の心の拠り所として、この地の教会は、今もこうして穏やかに機能しているのです」
そう語る神官の表情から、ルメリア公爵家が相当に善き執政者であることがうかがえる。
その様子を眺めながらも、愛は彼の言葉の中に、どこか引っかかるものを覚え、思わず口を開いた。
「竜の……加護、ですか?」
「ええ。有名なお話ですよ。ルメリア公爵家の初代当主、ルーカス様は、竜より直々に加護を授かったと伝えられています。そして、その血を受け継ぐ者たちもまた、同様に竜の加護を宿しているのだとか。
教会の天井画はご覧になりましたか? あれは、初代当主ルーカス様と竜神様との出会いを描いたものなのですよ」
朗らかに語る神官を前に、愛はちらりとオズウェルへ視線を向ける。
しかし当の本人は、何のことやら分からないといった様子で、こてりと首を傾げるばかりだった。




