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竜と一緒に旅をする。  作者:
【水光の都~ルメリア~】

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第10話

 そこには、珍しい黒髪を後ろへ流した美しい男と、その隣で豊かな赤髪を男に弄ばれながら、困惑したような表情を浮かべる女の姿があった。


「なっ、なんだよ! あんたたちには関係ないだろう! さっさとこの魔法を解け!」


 スネウィルは喚きながら身をよじるが、腕はまるで見えない鎖に縛られたように、空中で硬直したままだった。

 手元に杖もなければ、呪文を詠唱した気配もない。それなのに、目の前の美貌の男は、まるで息をするように魔法を操っている。

 しかもその額からは、黒水晶のように艶めく一対の捻じれ角が伸びていた。

 それを目にした瞬間に昔のトラウマが蘇り、スネウィルの背筋を冷たいものが這い上がる。


「駄目だよ。解いたら、彼女を叩くつもりなんでしょう? そんなところを、僕の可愛くて愛しいアイには見せたくないんだ」


「ちょ、ちょっと、オズウェル……そういうのは、いいからっ」


 赤面しながら慌てて言葉を挟む愛に、オズウェルは小さく肩をすくめて微笑んだ。

 その仕草のどこにも力みはなく、ただ柔らかく、だが人を圧倒する気配だけが室内に静かに満ちていた。


 愛は重ねた年齢のわりには随分と初心だ。オズウェルから降り注ぐこうした言葉や仕草にまだ慣れず、戸惑いを隠せない。

 けれど、嫌がっているわけではない。むしろその照れた反応が、彼の胸に愛しさをいっそう募らせた。


 オズウェルはさらに彼女との距離を詰めると、抵抗する間もなくその華奢な身体を抱き寄せ、自身の胸元へと顔を押し付けた。

 不意の抱擁に、愛の肩がびくりと震える。異性との触れ合いに慣れていない彼女は、耳まで真っ赤に染めながら小さく身を捩るが、オズウェルの腕の中から逃れられない。


 その間、彼は愛の見えない位置で、これまで彼女には決して見せたことのない――冷たく歪んだ笑みを浮かべていた。


「確かに、僕たちには関係ないかもしれないね。でも、ここには招かれて滞在している身なんだ。そんな場所で騒ぎを起こされるのは、ちょっと困る」


 穏やかな声音の奥に、刺すような威圧が滲む。スネウィルが思わず息を呑むのがわかった。


「それにね――ちょうどフォルナートのお嬢さんには、宿代代わりに少しばかり“露払い”をしてあげようと思ってたんだ。アイも気にしているみたいだし……」


 オズウェルは腕の中の愛の髪を指で梳きながら、にこりと笑う。だがその眼差しには、深い闇のような光が宿っていた。


「とりあえず、君はもうおうちに帰ったら? 大好きなパパが、心配してるよ」


 その言葉を聞いた直後、ふっとスネウィルの身体が軽くなった。

 頬を伝う異常なほどの汗が、先ほどまで自分がどれほどの威圧を受けていたかを雄弁に物語っている。

 支えを失ったように膝が震え、蛇の獣人である彼は本能で悟った――この男にだけは、決して逆らってはならない、と。


 スネウィルは負け惜しみのように舌打ちをひとつ鳴らすと、ユリスを鋭く睨みつけ、重い体を引きずるようにして部屋を後にした。

 つい先ほどまで殴られそうになっていたユリスは、その一部始終を呆然と見つめていたが、スネウィルの姿が完全に消えると、張りつめていた気が一気に緩み、その場にぺたりと腰を落とした。


「ユリス、大丈夫?!」


 愛はオズウェルの腕の中から慌てて抜け出し、床に座り込んだユリスのもとへと駆け寄る。

 そしてそっと手を差し伸べると、ユリスは小さく息を吐きながら、その手を取った。


「……ありがとうございます」


 か細い声に、ようやく安堵の色が滲んだ。


「あなた、結構気が強い子なのね」


 呆れたように言う愛の言葉に、ユリスは小さく笑みを浮かべて立ち上がった。


「ふふ、怖かったですけど……言いたいことは、ちゃんと言葉にしないといけませんから。もし殴られても、その痕を武器にして、あいつの評判を下げてやるつもりでしたし」


 気丈に振る舞うユリスの手がわずかに震えていることに気づきながらも、愛はあえて何も言わず、そっと彼女をソファへと座らせる。

 そして、手の震えがようやく落ち着いた頃、客室の扉が勢いよく開かれた。


「ユリスッ!」


 慌てた様子で飛び込んできたのは、ユリスの父親だった。

 スネウィルに絡まれていると聞いて駆けつけたのだろう。

 客人の存在も忘れたかのように取り乱す姿は、紛れもなく娘を案じる親そのものだ。


 しかしユリスは、そんな父親を見てもどこか冷ややかで、心に壁を作るような距離を保っていた。


「お父様、スネウィルは帰りましたか?」


「あ、あぁ……。その、彼から目を離したつもりはなかったんだが……すまなかった」


「もういいです。お父様には、もう期待しておりませんから」


 あまりに頑なな娘の態度に、父親は言葉を失い、どう接してよいのかわからないように戸惑った表情を浮かべる。


「ユリス、父親に向かってそんな言葉は――」


「お父様は、私のことなどどうでもいいのでしょう?」


 その声は静かでありながら、張りつめた糸のような痛みを孕んでいた。


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