P 誤解
青年は気がつくと、またしても暗闇のなかにいた。這い蹲るように倒れたまま目を開くと、白い足が視界の端に蠢いた。女の足だった。青年はがばと立ち上がり、警戒心を強めた。
女は何も言わず、そればかりか悲しげに眉を下げて青年の瞳を見つめている。
「おめでとう」
これまで嘲りや悲鳴ばかり聞いていた女の第一声にしては、落ち着き払い、簡素に過ぎた物言いであった。
「おめでとうだと? ふざけるな」
青年は女の首に手をかけた。捻り潰すために。しかし躊躇いが大きな枷となって立ちはだかった。
(俺には……こいつを憎む理由がまだあるだろうか)
青年は手を放した。女は首を押さえて咳込みながら後退した。いつもの人を馬鹿にしたような感じはなく、弱気な母のような申し訳なさを表情に染みつかせている。
青年はふらつく女を愕然としながら見下ろし、それから自らの右手を呆然と眺めた。直感的に、誤ったのだと確信した。
「なぜ俺とお前がまたここにいる……何をしても無駄だとわかったはずだ。お前は俺を操ることに失敗し、更に衝動も消え去った今となっては、お前の復讐も潰えたというわけだ」
「私はお前に真実を伝えに来た」
「なんだと」
「榧の言葉は真実ではない。無理もない。あの子は何も知らないのだ。自分のしたことなどとうに忘れて罰の回路のなかを巡っているのだから。全ては終わってなどいない。お前には見なければならないことがある」
青年にも引っかかるところがあった。
「では、その全てとやらを見せてもらおうじゃないか」
「理解が早いな。それならば見せてやろう」
視界が歪んで、闇が消失し、景色が広がる。
青年は神の視点から太古を眺めた。




