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大地への帰還  作者: 桐生真之
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24 暗闇

 青年はどこでもない闇のなかに揺蕩っていた。果たして闇なのかどうかさえ疑わしい。記号は消えて全てのものは曖昧な世界へ打ち捨てられていた。

(通信が途切れた……)

 身体感覚までもが消失し、外界の情報が強制的に遮断されている。

(目の前に茫洋とした闇が……いや、この黒い広がりはやはり闇なのか……光がないのだから……そもそも見えているのか……)

 脳、すなわち神経細胞の運動からなる認知プロセスさえ備わっているのなら、主観的世界は現出する。意識は神経ネットワークの活動でしかなく、世界と自身を繋ぐ媒体に機能不全があるのなら双方の間にはずれが生じる。誰かの力を借りてでさえその認識のずれを正すことは困難だ。その誰かが脳の機能不全によって誤認されたノイズかも知れないのだから。

 コギト・エルゴ・スム(我思う、故に我あり)。青年にはデカルトの言葉が信じられない。彼はすでに現実と幻想を区別する力を失っていた。

 幻と現、偽りと真実、記憶と妄想、過去と現在と未来、あらゆるものが混沌としてしまった。大地がガイアの手により掻き回されて雑多な無秩序の世界へと再構成されてしまったような、渺茫たる宇宙にひとり投げ込まれたような。

(どれほどの時が過ぎているのか)

 時間の概念は崩壊し、過去の記憶でさえも現在進行形の現実のように認識していた。幾つもの笑みが青年の眼の前に浮かび、笑みを返そうとするが、すぐに消えてなくなった。

 指標がない、枠がない、形がない……カテゴライズがない、しかし、これは彼の望んだ世界ではなかったろうか。

 重要なのは身体感覚。わかってはいるが、

(なんて、実感がないんだ……まるで意識の海に投げ込まれたようじゃないか)

 不意に、昔の記憶に触れたことを思い出した。

(僕らは初対面ではなかった)

(だから君は僕にあれほど……)

(桜はどこだ? 僕は彼女を助けたのだろうか)

(桜……どこにいるんだ! みんな! みんな!)

 青年は常に精神的盲聾唖を自覚していたのではなかったか。それがいまのこの心性の揺らぎはどういうことだろう。悲しみも癒え、怒りも消え、悪意さえも殺した。殺意を向ける対象も抑圧も嫉妬も消え去ったというのに、青年が感じていたものはただひとつ、

(さみしい……さみしいよ)

 茫漠とした寂寥であった。

(僕はずっと、ひとりになりたかったんじゃなかったのか)

(曖昧な空間で曖昧な存在として漂って。これは、僕が望んだ世界じゃないのか)

(なのにいまは……みんなに会いたい……)

 孤独は枯れず、根源的な寂しさは滂沱と溢れた。


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