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23 喪失
(戻ってきたのか……?)
世界は深刻さを増していた。
(何も聞こえやしないじゃないか)
「――――――――」
声を出そうとするも、喉の振動が感覚として伝わるのみに終わり、耳介に言語を届けることはなかった。外界がどのような状況になっているのか考えたくもなかったが、不安と恐れは湧いて出た。
しかし無音の暗い世界でも、懐かしい匂いがする。そして腕に少女の手のやわらかさがある。
何も見えず、何も聞こえず、怖い――――しかし手をつないでくれる誰かがいるだけで、どれほど心を強く保てることだろう。其処に確かに居るということ。その事実が青年を強く支えていた。
触れる。そんな些細なことがいかに自身にとって有用であるか青年は考えた。
(待っていてくれ。絶対、助けにいくから)
桜の笑みを想った。
(いまこそ冷たい方程式を解く時だ。たったひとつの冴えたやり方に則って、君の為に)




