J 妄執
「その宝石の瞳で無き者を追いたまえ
とびかかり殺したまえ
時に愛らしくうずくまりながら
死者の魂を天へと誘う者よ」
高咲正樹は泣けなかった。どれだけ痛みが彼を支配していようと心は乾いたままだった。故に、早く姉妹たちに会いたかった。青年に共感めいたものが芽生えたかどうかの真意は定かではないが、彼はそう思ったのだ。血を分けたわけでもない彼女たちであるが、会って話をしたい、伝えたい。一度は柊の元から走り去った青年であるが、何かが変わったというのか、硬く冷たい暗闇のせいか、青年の暗い心のなかにいくつかの見知った顔が浮かぶ。
(いつのまにここへ……)
鉄と土に血と肉と骨の匂いの染みついた黒い廊にひとり静かに佇む青年、背後に人間の気配を感じて振り返る。
そこにいたのは人ではなく、灰色の毛の、人の気配を漂わせた猫だった。怪奇的な雰囲気を纏った猫を化け猫というのだろうが、その眼差しから猫特有の気分屋な感じは見受けられず、ひたすらに青年の瞳を注視して強い意志すら感じられる、と、思っていると、青年、耳を疑った。
「苦労をしたが、やっと入ってこられたようだ」
知性を感じさせる低く落ち着いた声音で、猫が言葉を話したのである。
「な……」
「猫が言葉を話したくらいで今更お前が驚くのか」
「……それもそうか」
諒解は急速だった。というのも、この猫のことは遥かな昔から知悉していたような気すらしていたからである。
猫の傍らに、日記帳が落ちていた。猫は、青年が日記帳に視線を向けたのを見ると、何もかもを知っているような口調で語り始めた。
「お前は物事を悪い方に解釈してしまう癖があるようだ」
「……なんだって?」
「予防線を張っているつもりかもしれないが、安心しろ。あの子は、お前の敵じゃない。寧ろ、理解者だろう」
「何を知っている」
「お前があの子を恐れ憎むのは筋違いということだよ。寧ろお前のすべきことは、あの子の不安と恐怖を取り除いてやることだろうさ。彼女がお前の理解者たろうとするように、お前は彼女の理解者になれる。あの子とお前はよく似ているのさ。他の皆もまた異なったアプローチの方法でそれぞれ別々にお前のために働きかけている。自分と世間の齟齬ばかりに拘っていないで周辺のひとりひとりに目を向けてみろ」
「根拠は何だ……お前はあの日記を読んだのか?」
「お前は重要な部分を読んでいないだけだ」
「重要な部分だと? 何を言っている……」
「人間は情報を誤って認識することがある。聖書に人を殺せと書いてあったために人を殺したと言った殺人犯のようにだ。精神を病めば取得情報と認識に錯誤が発生する確率は高くなる。お前は大切な部分を見落としていた。最後まで正確に落ち着いて読むんだ」
そう言って猫は日記帳を読むように促した。青年は日記帳を手に取って読み始めた。
『〇月〇日』
兄を精神科医のもとに連れて行くことはできないし、そのようなことは避けたい。まず、このことを兄に言ったとて、反発されるだけだろう。治療を受けるには当人が受診の必要性を自覚していなければならないが、素人が浅知恵でどうこうしようとすることは極めて危険な結果を招く。私にできることなど殆ど無いだろう。治療もできず私に出来ることも無いのなら、どうすれば良いのだろうか。唯一、私にできることは、兄に対し、又、私たちに対し、客観的な視点を持つということだけだろう。私は兄に対し適切な感情を抱いているのか。そして私が兄に対して抱いている情はこの先の私たちを良い方へ導くか、あるいは悪い方へ導くか、自己分析をしなくてはならない。
『〇月〇日』
兄は脳神経の病を患っているのかもしれない。定かではない。定かではないが、兄は統合失調質人格障害に類似した症状を患っているように見える。彼は良くも悪くも他人に興味が無い。しかし時に人を痛切に必要としている一面も窺える。病状の判断は雲にまかれる。ただ筆者には兄が苦しんでいるように見えて仕方がない。兄を助けたい。
『〇月〇日』
やはり兄のことは誰かに言った方が良い。言ってしまって兄を精神科に連れて行くべきだ。筆者の思いすごしであれば、それでいい。兄の心が健全であれば何も問題は無い。だから、一度でいいから病院に連れて行ってはどうだろうか? だがそれで兄の心が傷つくかもしれない。それはイヤだ。でも、もしもの事がある。恐い。筆者は怖い。わからない。
『〇月〇日』
もし兄が前述したような精神疾患にかかっていた場合、兄は幸せになれないと言えるのだろうか? 絶対に幸せになれないのか? いま彼は幸せではないと感じ、この状況を打破したいと思っているだろうか? しかし、この問いには、完璧に自信を持ってイエスとは言えないのである。兄が幸せかそうでないかは、筆者の決めることではない。兄が幸福だと感じたらそうなのである。幸福とは感情の豊さであり、幸福の形はひとそれぞれちがうものだから。人は勝手に自分を幸福にもするし不幸にもするもの。だから、一つ屋根の下に世界一幸福な心の持ち主と世界一不幸な心の持ち主が同居していたとしてなんらおかしなことはない。それが心の世界なのだ。しかし心が病気だからとて、それがなんだというのか。又、心が病気になるとは何であるか。単なるひとつの個性ではないか。筆者のやっている兄を分析する行為は差別の始まりかもしれない。しかし、いまは兄が(筆者の主観では)変わった方がいいと思う。何かをしたい、兄のため。
『〇月〇日』
落ちつけない。最近、再び心理学の本を読み始めた。この手の書籍を購入したのは久々だ。加えて、昔購入した精神医学についての書籍も同時に読み返し始めた。兄の心の歪さに焦点を当て、照らし出すため、私は精神についての書籍を読む。読み漁ってみる。以前執筆のための資料として精神医学の書籍を読んでいてよかった。病理についての理解が早い。彼は、心が歪なのである。時々、心が死んでいる。時々ね。筆者のほうこそ健全とは言えないけれど。筆者は筆者の恋人への愛で溺死する。
『〇月〇日』
私がこういった行動を起こし始めている事は兄に気取られてはいけない。彼には一番気取られてはいけない。でも私は、性分として、書かなければやっていけない。心が押しつぶされて死ぬ。もし兄が私の日記を読んでしまったら、大変なことになる。彼は傷つくか、私の残酷な内面に触れて幻滅するか、恐れるか、怒るか、このうちのどれかになるだろう。(それが普通の人間の反応ではあるが)。これはばれてはいけない。私は兄の心の内に秘めた凶暴性を知っている。兄はひどく冷たい心を持っている。心が凍っている。だから私が助け出す。絶対に助け出す。絶対に成功させる。絶対。
『〇月〇日』
思えば兄は昔から様々な顔を持っていた。色々と話題になる人物であるらしいため小学生の頃や中学生の頃にはよく兄の話を友達伝いに聞いていた。ある人は、兄は面白い人だと言う。そしてある人は、兄は落ちついている人だと言う。またある人は、兄は愉快な人だと言って、またある人は、怖い人だと言う。そしてある人は、優しい人だと言う。またまたある人は誠実な人だと言って、またある人は、兄は不誠実な人だと言う。矛盾だらけだ。みな兄のどの顔を見て、あんなことを口にしていたのか。中学の時に学校でよく見ていた、友人たちと一緒にいる時の狂騒的な兄は『悲しみの道化アルルカン』のようで、兄の友人も、私の友人も、誰も兄の仮面に気付いてはいなかった。躁病のような兄の学校生活。誰も兄を理解していないのは悔しく、誰も信頼していない兄を見るのは悲しかった。ひとつの懸念がある。兄の仮面の事を本人に聞いても兄は怒らないかもしれない。根本的に兄は他人に興味が無いから。家族である私に対してですら同じことが言える(母ひとりを除く)。でも、人から非難されるのは嫌なはず。だれだってそう。だから仮面を被る。それはいけないことなのか。兄は間違っているのか。いや、兄は全然間違っていない。正解でもないけれど、健全でもないけれど、兄は間違ってなどいないと私は断言できる。悪意と虚偽に満ちた世界(私はこの「世界」という、人に対して使う表現が好きではないが概念として使いやすいのでこう言う。世界とは大衆のことである)においては健全な心など屈折するのが自然である。健全でない世界で心の健全を保てるならば、そちらの方が稀とも解釈できる。莫迦が付くくらい剛健か、本当に莫迦か、逃避しているか、悟りの様な境地にいるか(高尚な精神を持っているか)、老成しているか、でしかない。そして、兄にはどれも当てはまらない。私は莫迦で何もできない。善か悪か以前に、私は愚かである。
『〇月〇日』
兄の事を問題視している私の方が間違っているのではないだろうか。兄の事はよく分からない。あまりにも多面的すぎる。しかし人間は一日にいろんなことを考える。それはいろんな人間になっているとは考えられないだろうか。人間はひとりで矛盾した答えさえあわせもつ。でもそれが人間じゃないか。戦争なんかやってはいけないと思った数秒後に、ニュースで見た犯罪者、もしくは自分にとって害となる誰かに殺意を持ったりする。人間は本人が思っているほど堅固なものではない。いろんな要素を持って、人間の個性は形成されている。ならそれでいいじゃないか。兄の事を問題だと思うかどうかが問題なのだ。
『〇月〇日』
アベルはカインの嫉妬を買い、カインに殺された。私たちはどちらもカインでありアベルだ。兄からすれば私がアベルなのだろうか。たぶんそうだ。ただ、私の嫌なところは、それを知っていながら甘受し、カインになにもしてやらないことだ。兄を大地の端から救うには如何なる手段が適当か。…………住めば都という。兄が望まないなら救出は不可能なのかもしれない。私はお節介の道化になる。極めて自分勝手な欲求かもしれないが、贖罪がしたい。私の選択は、頭ごなしに兄を否定することから始まっていた。昔から兄はああだった。あれが兄の性なのだ。彼はああいう人だ。私は兄があのままだと社会に適合できないと決めつけ、変わるべきだと思っていた。しかし兄は表面的にだが、うまくやるだけの十全なる力がある。教養がある。表面的な付き合いは誰もがしていることだった。ならば、何が問題か。人間の内面と習慣を変えるのは極めて困難なことだ。例え家族から手を差しのべられても。だとしたら、必要なのは何だろう? 大切なことは? 大切なのは、理解者である。兄の全存在を許容する他者である。書籍を読み、データを収集し、対象の心理を分析し、彼を変えようと思っていた。しかし最善の策は私が変わることだった。理解せよ。共感するのだ。兄の受けている痛みを私も共に受けるのだ。苦痛を受けることは、今まで兄を否定していた私に対しての償いであり、正当な代価。それは私のためになる? ああ、それだ。それがいけないのだ。私はこんなときでも自分の利益を考えてしまうようだ。そんな醜い自分が死ぬほど憎い。嫌いだ。だが、私は私がこの苦しみから逃げることを許さない。もっと苦しめ。そうしなければ到底、兄の抱えているものはわからない。私の恋人に頼ることは絶対にしてはいけない。自分でどうにかやり遂げるのだ。
『〇月〇日』
文体は筆者の精神と肉体の状態に大きく影響される。ゆったりと呼吸する者は長い文章を書き、その逆は短いとされる傾向がある(だが、そう単純でもなく他にも様々な要因があるに加え芸術的に細工された文章は身体性が反映されないのでこの理論は適応し難い)。兄はとても奇妙な文体を持っている。ブツ、ブツ、ブツと短い文章が続きもするし、別の場面では句点ひとつ打つまでに長々と書き連ねて、ひとつの文章の中で話題が二転、三転することだってあって、視点が飛び、主語と文章の関連がたちまち錯綜することもしばしば見受けられた。別の場面では、同じ内容を別の言葉で書きまくって、非常に偏執的な内容であったりした。兄の文章から見て取れるのは、呼吸のリズムの不安定さだ。これは兄の躁と鬱とが鬩ぎ合いを起こしているということだろう。しかし兄はこう言っている。(何か楽しいことを考えなくてはならない)。彼は彼の鬱屈を十分すぎる程理解しているし、それをどうにか好転させたいとも思っている。私は兄を助けたい。それは兄の為でもあり、私自身の為でもあり、知らない誰かの為でもあるのだろうから。
『〇月〇日』
兄の日記の特徴として、主語と述語の関連性に齟齬が見られ、又、文章の流れの中で視点がランダムに錯綜することがしばしばあり、自我が分裂の傾向にあることが推測される。兄の前では兄を悪い方向に刺激するような行動を控えなくてはいけない。明るすぎてもいけないし、暗すぎてもいけない。
『〇月〇日』
暗闇を見ることは危険なことだ。しかし安全志向で得られるものは重要ではない物ばかり。溺れる覚悟無くして深淵を探ることはできない。感染が恐いなら解剖などするべきではない。何事にも利益にはリスクが付きものなのだ。精神を病むのが嫌なら心理学書を読まなければいい。傷つく勇気がないのなら人助けなどしようと思うものではない。
『〇月〇日』
兄の心を理解するのは蛇と手を繋ぐような行為かもしれない。それでも私は進み行く。そこには確かにあなたの世界があるから。あなたと世界を共有することはひとりの物書きとしても素晴らしいものを得ることになるだろう。稔さんの情報収集は順調に進んでいる。
『〇月〇日』
兄が柊と情事まがいの行動に耽っているのをみてしまった。これですべてがわかってしまった。柊が兄に従属している意味が。あれは好意などではなく、防衛反応だったのだ。家の中でなんてことをしているのだ。兄は完全に正気ではなかった。柊も、完全に、いつものやんちゃ娘ではなかった。とても母に似ていたのだ。心が重い。私はひどく傷ついた。誰をどうやって助ければいいんだ。私を助けてくれ。いや、兄を、柊を助けてくれ。違う。私が助ける。助ける。助ける。助ける。助ける。もうやけくそになってきた。私の心なんかどうなったっていいわ。最後にボロボロになってたっていいわ。どうにかしたい。だめだ。やけになってはいけない。冷静に、冷静に。いままでそうしてきたのだから。冷静に。機械的に。情報を集め、仮説を立て、計画を立て、再考し、練り、実行に移す。空腹でがらんどうの怪物を夥しい光を放つ太陽にしてみせる。さあ、玲瓏なる精神を持って作戦を成功させるのだ。
『〇月〇日』2
本日、二度目の日記。嫌なことが次々浮かんでしまうので消化するために書く。世界で一番の芸術ってなんだろうと思った。そもそも完成された芸術など有り得ない。現実から一部分を切り取って作品を象るからである。真実を語るための要素が足りない。リアルではないからである。一番の芸術は、宇宙が作ったこの地球、という言い逃れかたが出来る。まあ、完璧な芸術、というものは必ずしも優れた芸術という概念と符合しない。例えば小説がそうであるように、芸術には余白が必要だからである。余白というのは、作者が受け手のためにあえて語らなかった部分である。それがあることによって受け手は、作者の意図などを自分なりに解釈して楽しむことができるのである。しかし作者の主観的に完璧な芸術があるとすればそれは、作者の思うように作った生命かもしれない。人間が意図して作った人間。容姿、物腰、発言、能力、匂い、性格、性質、それらを作者の思いのままに作ることができたら、それは作者の主観的に完璧な作品と成りうる。兄は柊を自分の思いのままに服従させ、思いのままに操ろうとしているのかもしれない。兄の、作者としての主観的な完璧な芸術を作ろうとしているのだ。その土台となるのが我が妹柊なのではないか。それは私の考えすぎだろうか。考えすぎであってほしい。だめだ。悪い考えがどんどん浮かんでくる。私は強くなりたい。
『〇月〇日』
あんなものを見てしまったし、心理学関係の書籍の読みすぎもあって、心気症気味になってきた。医大生が医学書を読み耽って自分が肺気腫に掛かっていると思い込むように私も気分が優れない。ニーチェの言葉を思い出す。暗闇に飲み込まれないように、云々。兄に飲み込まれないように注意が必要だ。柊の調査を強化する。泣きたい。
『〇月〇日』
グレート・マザー(太母)。無限の愛。象徴としての母。大地。元型のひとつ。女性的なものの象徴であり、女性はみなこれに向かって成長する。無限の許容。全てを許す。それは停滞をもたらす愛。魅惑し、支配するもの。産み育てる良い側面と、飲み込み停滞を齎す過保護な悪い面のふたつの側面がある。論理が通用しない。愛情と抱擁を裏返せば、支配と停滞。相手に自立させない。支配していたと思ったら、反対にグレート・マザーに支配されているのは恐怖。アニマ。元型のひとつ。女性らしさ。情緒を表すもの。エロスによって結合の原理と関係の原理に規定される。対するアニムス。これも元型。男性らしさ。論理的思考を表す。秩序。ロゴスの原理。アニマは感情、アニムスは理性、という構図。
『〇月〇日』
私はいつも兄の、いや、私の大切な人たち全ての、表も裏も光も闇も共に愛することができるようになりたい(私の恋人がいつも難解なジョークを交えて私たちに伝えている多種多様な愛のメッセージの通りに)。
『月日』
数学は、公式通りに解けば答えの方から表れてくれるものだが、心理学はそういうものではなく観察結果を繋ぎ合わせた情報から症状を割り出すものであるから、兄にある精神病のような傾向が出たからとてそれがその病気だとは単純に決めつけない方が良い。心理学はあくまで統計学である。兄を助けたい。
「ちゃんとすべて読んだのか?」
「俺の勘違い、か」
「勘違いだ」
「あの子は初めから俺を咎めてなどいず、利他的に俺にアプローチしていた、と」
「人は誰でも情報を歪めて受けとることがあるものだ。精神を病んでいれば尚更。あの子は頭が良い。しかし悪い企みを持ってはいない。やり方はああだが目的は家族の救済。それだけだ」
「あいつは自分がどんなことをしているかわかっていたのか」
「そのようだな」
「……なのに俺は」
「それなのにあの子はお前の足元に伏した。頭では分かっていた。心に予防線も張った。だが人間などいざとなれば弱いものだ。あの子の精神はお前という大きな暗闇の前には耐えられなかった。彼女が抱いている傷を察知してお前はそこを極めて的確に抉った」
「あの子が俺を怪物だの宇宙人だのと呼んだ意味が良くわかったよ……」
「私はそうは思わない」
「嘘をつけ! 十年以上も毎日のように痛い目にあわされ、犯され、凌辱され、殺され、人を殺し、こんな怪物になって、どんな俺なら償える!」
現実には起こらなかった事象でも現実として脳裡に刻まれるなら、それは実感として墓標の刻銘のごとく持ち主の現実としてその身に残る。実感は記憶となり足跡となり過去となる。そして今の青年を形成する。
「お前は俺が戻れるとでも思っているのか。俺が更生できるとでも思っているのか。生と更生は矛盾の関係にある。死なくして俺の更生は成されない」
「…………」
「ここが誰かに投げ込まれた場所で、現実世界ではないことは承知だ。だがここは俺の現実なんだ。誰にも言わなかったが俺は十歳の頃にはもうここにいた。十年近くもここにいた俺がここで殺戮を繰り返し、一体何人の人を殺してきたか知っているか」
「言わなくていい」
「――――俺は」
「言わなくていい!」
「もう何十万人と殺している! そして俺は、ただひとつの目的のために殺している……」
「それも、……言わなくていい」
「母に愛されたいからだ。母は俺が人をたくさん殺したら愛してやると言った。だがいくら殺してもまだまだだと言う。俺はもう……耐えられない……いつ現実世界で爆発するのだろうと、いつまで怯えながら生きなければならないんだ」
「暗い思考に操られるな。真実から目を反らさず立ち向かうんだ。それがいかにお前を傷つけようともだ」
青年は泣き崩れる。いつのまにか視界から猫は消えていた。




