14 痕跡
鈍い痛みがやっと体を伝ったか、脊髄からの命令かと思う速さで瞼を開けた青年、日頃、溜め続けてきた打撲傷、擦過傷の痕跡が、布に沁みた紅茶のように滲んでいるのがよく見える。いやいやそれよりもいまは気にすべき事柄があろう、部屋にいたはずの青年が、廊下にて倒れていたのだ。
質の悪い汗が背中から噴き出している。
桜に包容されたのだ、ということまでは思い出せるが、あれは部屋での出来事だったのに現在の己の倒れている場所を見ると、何から何まで全てのことが夢のように思えてしまってしょうがなく、そうなると世界そのものが疑わしい存在のように思えてくる。辺りが未だ闇に包まれているのが時間感覚を狂わせる。この暗闇に時の流れがせき止められているような感じさえしはしないか、と疑心暗鬼に囚われてしまうかというところの青年であったが、疲労で思考が鈍り何も考えたくなかった、部屋を戻り寝ることにした。
……起きたのだと思う。が、起きているのか夢のなかなのか判然とせぬ、悪夢を見た後に感じる焦燥も落胆もなく、ぼんやりとした世界がただあるばかり、たゆたえばそれでいいのだと思わせる、納得させる。飯を食うのも、食っているのかどうなのか、自分は何をしているのかわからない。すべてが実のない虚ろなものに思えてくるが、これも安寧のひとつの形なのだろうと思うと、考えることさえ莫迦らしいような、何か大切なことを考えなくてはならなかったようにも思えるが、それでさえもう……。
ぶらりとひとり徘徊して、父の書斎にたどり着く。書きかけの原稿を見る。
(……何度目かの前世、時代は江戸時代、妖怪女の幻覚や幻聴に侵される少年が家族たちを妖怪女と間違えて母と姉妹を殺してしまう? 少年は崖から飛び降りて死ぬ? 仕事から戻ってきた父は犯人と間違えられ縛り首?)
「はぁ……?」




