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大地への帰還  作者: 桐生真之
26/56

榧4

 集落を作ることを決めて、子供たちを育てながら十年の月日が経ちました。春でした。

 子供たちは健康に育ち、皆に安寧が訪れていました。何もかもを失ったあの時から時は流れ、あの時の事は遠い昔の事のように思えました。悪夢も見なくなりました。

 夕食の支度をしていると、扉を横に滑らせる音が聞こえて、元気な足音が家中に広がりました。

「お母さま、川でお魚を捕ってきました。今日の夜ごはんにしましょう」

 楓が大きな瞳を輝かせて言いました。皆いい子に育ちました。

「あらあら、こんなにお魚を捕ってきてくれたんですね。ありがとう」

 私は子供たちの頭を撫でました。桃と皐月はとうに私の背を越えていたので、私は頭を撫でるのに背伸びをしました。嬉しい苦労です。

「母さん、もう子供じゃないんだからそういうのはいいの」

 皐月が頬を膨らませながら言いました。

 この子は口から出る言葉とは反対に、一番の甘えん坊でした。この時も、私が頭を撫でると喜んでいたのですが、それではいけないと気がついたのでしょうか、突然はっとして、険しい表情を作ってぶつくさ文句を言っていました。それが可愛くて可笑しくなりました。

「そうですものね、皐月は男の子ですもの」

 そう言って私はまた皐月の可愛くて美しいお顔を撫でるのでした。

「私にもやってやって」

「私にも」

 物欲しそうな眼でじっと私の顔を見ていた楓と雪芽が、私の胸に飛び込んでおねだりしました。私はふたりを胸に抱きました。皐月が唇を尖がらせてうつむきました。その隣で、桃が笑顔でこの光景を見ていました。

「桃、あなたもおいで」

 桃を皆と同じように撫でて、抱きしめました。すると嬉しそうに笑って、「お母さま大好き」と言ってくれました。

 私はこの子たちが大好きでした。幸せでした。この頃はまだ、この子たちには、私が本当の産みの親ではないことは言っていませんでしたが、その罪悪感は日常に流れ、この子たちの笑顔を見て、この子たちのたったひとりの母親として振舞っていると、そんなことは言わなくて良いのかもしれないと思うようになっていました。このまま真実を知らずに幸せに過ごすことができるのならば、告げてしまうことの方が罪なことなのではないかと思っていたこともありました。

 これは不誠実でしょうか。真実を語らずして幸せを得ることは、この子たちを欺くことになるのでしょうか。そういった思いを長いこと胸の中に抱きながら毎日を送っていましたが、それもだんだんと薄れていました。それでも心の隙間にはいつも孤独が見え隠れしていました。

 夜でした。

 あなたは子供たちを寝かしつけ、寝転がりながら雪芽の頭を撫でていました。

「柳さん」

「どうした」

「私は幸せです」

「俺もだよ」

「長らくあの夢を見なくなりました。今はもう、あの事が遠い過去のものとなってゆくように感じます」

「それは良いことだ。嫌なことは忘れてしまった方がいい。これからは良い思い出を増やしていくんだ」

「はい。良い思い出を増やしていきましょうね」

「そうさ」

「柳さん。私はあなたが好きです」

「言うと思ったよ」

「ふふ」

「俺もお前が好きだよ。榧」

「はい」

「この子たちも寝たようだし、今宵は月が綺麗だ、外に出て酒でも飲みながら月見をしようじゃないか」

 あなたと私は、子供たちが起きてしまわぬように、静かに手を取って外に出ました。子供たちを置いて、あなたとふたりだけで夜の中へと溶ける私の胸は躍りました。

 草の露が村の松明に光り、川面には黄色い月が浮いていました。

 目を閉じれば、川のせせらぎと虫の鈴の音だけの世界でした。

「この辺りにしようか」

「はい」

 あなたは表面のつるつるした大きな岩の上に赤い布を広げて私を座らせました。

「あなたはどこへ」

 立ち上がろうとすると、

「お前のために持ってきたのだ。男の俺がそれを使っているところをもし見られてしまっては、皆に笑われよう」

 そう言いながら私の肩を持って、座らせました。

 あなたは空の月を見て、私は川に浮かぶ月を見ていました。

 向こう岸は山になっていて、もののけが住んでいそうな暗い森でした。愛する者がいて、その人たちのためになんとか生きていかなくてはと思うほど、暗闇が恐くなっていました。

 良い傾向でした。あなたを愛し、子を育て、またその子たちを愛することで、自分の存在と生を肯定しても良いのかもしれない、私には生きる価値がもしかしたらあるのかもしれない、そう、だんだん思えるようになってきていたのです。

 しかしそれでもまだ、子を産むことに対しての執着が完全に消えたわけではありませんでした。私は人一倍血を憎み、人一倍血にこだわっていたのです。

「榧、酒を飲もうか」

「お注ぎいたします」

「ありがとう」

 同じ盃を交わしました。私の頬にあなたの冷たい手が触れました。そのせいで私は私の頬が熱くなっていたのを知りました。あなたは私の頬を包んで、接吻をしました。甘いお酒の味がしました。唇を放して、あなたはお酒を口に含んで、私に口移ししました。唇を離した私は、あなたの胸の温もりの中にうずまって、それから今度は私から長い接吻をしました。甘いお酒の味が、だんだんと薄れてゆきました。

 長い間そうしていました。ぼんやりしながらあなたの胸に寄りかかり、川のせせらぎに耳を澄ませていました。

「俺たちは似ているな」

「そう、でしょうか」

「俺はお前が好きだ」

「はい、私も……ですが、どうなされたのですか、突然?」

「いや、ただ、少し昔のことを思い出してな」

「昔のこと……ですか」

「ああ、昔のことだ」

「どんなことを?」

「他愛のないことさ」

「教えて下さいませ」

「あはは、教えない」

「話してくださいまし」

「話してやるさ」

「どんなお話なのですか?」

「二十年以上も前の話だがな」

「ええ」

「ある日ひとりの女が、屋敷の周りの生垣のそばで、赤ん坊を発見したそうだ。周りに人影はなく、女は、赤ん坊は捨てられていたと判断し、その赤ん坊を育てることを決心した。その女には子が産めなかったからだ。女は夫がいたのにも関わらず一度も身籠ることはなかったが、その赤ん坊が物心つくまで育て上げた。

しかし突然、重い病気にかかり、間もなく死んだ。その子供はそれから孤独を感じ、その寂しさを紛らわすように、武術に専念した。その子供は、母の死が鬼による呪いだと聞かされたからだ。事実、当時はそういった事件が頻発していた。

そして鬼を倒すために自分を危険にさらし、鍛え込んだ。すべては復讐のためだった。成長し、国一番の腕だと言われるようになると、ちょうどその頃、再び、町に鬼が出て人間を襲うという噂がたった。その頃同時に、その青年の父親代わりをしていた男も突然原因不明の病気にかかり、間もなく死んだ。そのせいで青年は、町に出てきて人間を襲う鬼を、全滅させることを固く決心した。そしてその願いは順調に叶っていった。青年は周りの期待の声や心配の声をよそに、順調に鬼の数を減らしていった。まだ微かに噂はあったものの、以前よりははるかに町が安全になってきたので、青年は許嫁と結婚した。文通していた頃は大人っぽい人だと思っていたのだが、いざ会ってみるとその許嫁は少女だった。だか、青年はその許嫁のなかに、かつて無くした母の面影を見た。彼は許嫁に強く惹かれた。しかし、その許嫁も、青年の母と同じように子が産めなかった。その妻は次第に孤独そうな顔をするようになった。その顔も、青年の母に似ていた。青年は守れなかった母の代りに、その許嫁を大切にした。本当に命に掛けても守ろうと思うようになった。日々美しくなっていく妻に夢中になった。愛していた。しかし、ある日突然、ふたりの屋敷は襲われた。襲った者は、恐ろしい鬼だった。その男は妻の手を引いて、逃げた。逃げ際に鬼も殺した。屋敷を燃やされた男は、仲間と旅に出ることを決意した。妻も快く受け入れてくれた。旅を続けていく中で、彼らは赤ん坊を拾った。何年も旅をして、その間に四人もの赤ん坊を拾った。その妻は、拾った赤ん坊全てを自分の子供にした。子が産めない分、ずっと子供が欲しかったのだろう。その妻は、子供が産めない自分の事が嫌いだったのだ。しかし、男はそんな妻に、何もしてやることができなかった。しかし、悪戦苦闘しながら子を育て、本当の母親以上に子供に愛を注ぐ妻を見て、男は何かから解放されたような気がした。それは、子を産めないまま病気で死んだ、母になりきれなかった母の思い出だった。それから男はまた強く妻を愛するようになった。母の面影ではなく、その妻をひとりの人間として愛せるようになった。そうして男はとても幸せになったそうだ」

「まるで、誰かさんのことようですね」

「その男の妻は、幸せになったと思うか?」

「幸せです」

「そうか」

「ええ、だって、愛する夫と、愛する子供たちと、愛する仲間たちと、一緒に暮らしているのでしょう?」

「嗚呼、そうらしいな」

「そうでしたら、幸せですよ」

「よかった、やっぱりそうかな」

「ええ、もちろんですとも」

「榧」

「はい、なんでしょう?」

「俺たちは、もっと幸せになろうな」

「はい、もちろんです。私は、幸せにならない自信がありません」

「あはは、誰もそんな自信は欲しくないよ」

「いえ、わかりませんよ、幸せになりたくない人もいますから」

「そう思うか?」

「ええ、だって、幸せになってしまえば、また不幸になる時の恐怖が大きくなりますでしょう? 一度手に入れたものを失うことは辛いことですから。だからそんなにつらいのだったら、始めからそんなものいらないと思う人も、いるらしいのですよ」

「わからんでもないが、悲しすぎないか?」

「悲しいですね。でも私は、与えられた幸せに怯えるのではなく、それに感謝していくことを選びます。そうすることで少しばかり幸も不幸も共に意味のあることとして肯定的に見えるような気がします。それに、幸せは永遠に続くものではありません。でも、ただの幻想だとも思えません」

「そうだな、人生山あり谷ありだからな。不幸があれば幸せになった時にその幸せの価値がはっきりとわかるものな」

「ええ、そうですね」

「榧、そろそろ戻ろうか」

「はい、……あの……柳さん」

「なんだ、どうした?」

「……いや、なんでも」

「ん?」

「いい話ですね。その話、聞けて嬉しいわ」

「いつかふたりに会ったら言っておこう」

 あなたの声が耳許で静かに響きました。それは、体中に優しく染み込んで行くような音色でした。

「はい、そろそろ帰るとしましょうか」

 私たちは軽く唇を重ねると、お酒の回った体でゆっくりと立ち上がりました。月もだんだんと光を薄く灯すばかりになって、私たちは灰色の影を纏いながら、手をつないで家路をたどりました。それは楽しい行為でした。人ふたりが夜の薄い暗闇の中で手を取り合いながら歩くだけ。私にはそれが何よりも崇高で、どんな宝石よりも、どんな名声よりも心躍る貴重なものでした。

 私たちは家に戻りました。その間何を話していたかは覚えていません。ただ幸せだったと感じています。しかし、その幸せはいとも簡単に崩れ去りました。

 私たちが明け方家に戻ると、子供たちは当然寝ていました。それは本当に何でもないことでした。ただ一つの事を除いて。

 子供たちは眠りにつきながら涙を流していました。うなされている子もいたました。

 あなたと私は、朝になって、何か嫌なことがあったものか、嫌な夢でも見ていたのかと聞きました。しかし、子供たちはただ怪訝な顔をして、口を紡ぐばかりで、何も聞けずじまいでした。どれだけ聞いても、覚えていないと言うのです。

 子供たちは毎晩のように泣きました。それを見て、あなたと私は何度もおろおろしては、ただ子供たちの頭を、寝ながら撫でてやることしかできませんでした。皆に聞いても、誰ひとりとして原因がわかるものはいなく、友人の子はそういう夜泣きをしませんでしたから、どうすることもできぬまま、月日は流れました。

 秋になりました。

 日々が経過するにつれ、子供たちの表情からは以前のような快活な笑顔は消え、口角を上げはするも、頬の緩まぬ笑みが目立つようになりました。

 私にもっと信頼と絶対的な愛があればよかったのです。そうすればもっとこの子たちの事をもっとよい方向へ導けたのかもしれません。私は口だけの人間だったのです。私に足りなかったのは、死に物狂いの覚悟。

 次第に子供たちは四人だけで行動するようになり、私の事を避けるようになりました。理由を聞いても、教えてはくれませんでした。

 ある日の昼時、私たちは家族で町に出ることにしました。子供たちのためには、閉ざされた村ばかりにいるよりも、少しばかりに町に出て気晴らしした方がいいのかもしれないと思ったのです。そうすれば夢の事も話してくれるのではないかと思いました。しかし、子供たちは皆、行きたくないと言い出したのです。

「町には、行きたくないのですか?」

「うん……」

 桃が俯きながら答えました。表情には、胸中に、重たいものがのしかかっているような切迫感が見えました。

「どうしてです、町に行けば楽しいかもしれませんよ」

「いや、いいよ。だって……」

 皐月が、ばつが悪そうにどもりながら声をあげました。

「……だって?」

「だって、町に行ったら、みんなが母さんを見たら、突然みんな地面に頭をつけ出すじゃない。それがなんか不思議で、変なんだ、恐いんだ」

「皐月あなた、何のことを言っているのですか? いままでそんな事なかったでしょう?」

 皐月はそう言うと、またばつの悪そうな顔をして、顔を下げました。他の子も、互いに顔をそむけていました。

 私は皐月が何を言っているのか、全く見当がつきませんでした。しかし、だんだんと恐怖が、背中の辺りで育っていくような寒気がしました。

「夢で見たんだ」

「夢って……」

 その時、咄嗟に息がつまり、胸が苦しくなりました。恐怖の種が芽を出して、背中じゅうを這いまわり始めました。

 そんな私を不安そうに一瞥して、楓が前に出ました。

 雪芽はただ伏し目がちに俯いて、指をしゃぶっているだけでした。

 この子たちは皆、唇に関する何かしらの癖を持っていました。桃は唇を噛み、皐月は唇を舐め、楓は唇に指を当て、雪芽はこの通り指をしゃぶるのです。

赤子は、人や物事に対しての信頼感を母の乳の感触から学ぶのです。赤子は母の乳を吸っている時が最も安心するのです。それは生後およそ二年までとなっており、その時期を口唇期と呼ぶそうです。吸い過ぎも吸わなすぎも何かしら弊害があり、適切な範囲が求められるのですが、私は満足に乳の感触を子供たちに与えてやることができませんでした。乳の感触を満足に唇で得られなかった子供たちは比較的、悲観的で攻撃的な性質を持ってしまうようです。その為にこの子たちは不安になると、得られなかった分の安心を得ようと、自己の唇を無意識に刺激してしまうのです。

 私のせいです。私は乳が出ない自分を傷つけたくないばかりに、子供たちに乳に吸わせる事を度々拒んでいました。乳が出なくとも、乳の感触だけでも教えてやることはできたのに、そのせいでこの子たちは未だに乳の感触を無意識のうちに求めるのです。私が母になりきれていないひとつの証拠でした。

「私、私が生まれてきた時のこと、覚えてるの。というかね、最近知ったの」

「楓……言わないで……」

「生まれた時に最初に見えたのは知らない人だった。そして、私にお乳をあげたのも知らない人。……私の周りには、お母さまはいなかったの。おかしいよね、お母さまが私の母親なのに、何でお母さまは私が生まれた時にいなかったの? なんでお乳を私に与えていたのが全然知らない人だったの? なんで!」

「楓……それは、それは違う……それは……」

「違うって、何が違うの? お母さま!」

 終わりの始まりでした。

「私たちね、お母さま……よく見るんです」

「よく……見るって」

 聞かずともわかっていました。しかし、私は最後の望みを託して、桃に問いました。私の望みは、忌まわしき呪いの前では、無意味でした。

「よく、夢を見るんです。この子たちも私もみんな同じの、恐ろしい夢を、とても鮮明に見るんです」

 美しき夢が、美しき虚像が、いとも簡単に崩れおちていく瞬間でした。

「私たちね、同じ夢を見るようになったんです。いろんな夢。お母さまに似た少女が寛仁おじさまに似た少年たちと遊んでいる夢や、屋敷の大人たちと楽しく暮らしている夢でした。そんな良い夢もありました。そして、お母さまに似た少女が町に出た夢も見ました。町の通行人はみな、咄嗟に頭を地面につけ出しました。恐い人が少女を襲いました。お父さまに似た男の人も出てきました。お母さまに似た少女と、お父さまに似た男の人は再び会って、ふたりは結婚して、一緒に暮らしました。その姿を、ずっと怖い顔をした女の人が見ていました。それなのに、ふたりは気付いていませんでした。恐ろしかった、恐かった。そして、ふたりが住んでいたところは焼け、恐い顔をした女の人が襲ってきました。男の人はその女を弓矢で殺しました。それから十人くらいで旅にでました。みんな……みんな……この村のおじさまやおばさまに瓜二つでした。その人たちは旅をする間に、赤ん坊を拾いました。四人です。女の子三人と男の子ひとりです。最初の赤ん坊を拾った時、死にかけの男の人がいました。その男の人は言いました。村は見知らぬ者らにおそわれた、と。そして見知らぬ者らの旗についていた家紋を、地面に書きました。そのときです、小さな声で、誰かが言いました。この家紋はうちの近親の一族ものだと……」

「ああ……桃……やめて……」

「まだあります。その拾った赤ん坊たちは、だんだんと成長しました。お母さまに似た人に可愛がられ、逞しく育ちました。本当に皆仲がよさそうで、幸せそうでした。その子たちはよく遊び、よく学び、家の手伝いもしました。そして……」

「やめて……もう……許して……」

「その子供たちは、私たちでした」

 打ちたてた薄い嘘の壁では、簡単に真実が見透かされてしまいます。

「お母さまたちは、何者だったの?」

「……それは……」

「偉い人?」

 頭が混乱し、唇は氷結し、何も言えませんでした。

「否定しないということは、やっぱり、そうだったのですね……おかあさまは……本当のお母さまではないのですね」

 桃が泣いていたのに私は、手が震えてこの子を撫でてやることもできませんでした。口は、とうに言葉を失っていました。

「私の、本当のお母さまも、お父さまも、お母さまの一族に殺されたのですね」

「私のお母さまとお父さまも、そうなのかな……」

「もしかしたら、私のも……」

 楓と雪芽が、怯えながら言いました。皐月は黙ったまま、俯いていました。

 私は四人の子供を失い、幸せも失いました。母としての自信も、人間としての自信も、誇りも、何もかも失ってしまいました。

「そんな人の所には、いられない……」 

 皐月の声でした。それが、私が最後に聞いた子供たちの声でした。

 私はその時、この子たちに謝ることができませんでした。一族が犯した罪を、この子たちの前で謝ることができませんでした。許してもらえる自信がなかったのです。私はこの期に及んでそんなことなど考えていたのです。謝る時に、許してもらえるかそうでないかの自信など必要ないのに、そんな事を考えていたのです。

 それに、血の繋がりなど関係ないと言って、愛していると言って、抱きしめてやることもできませんでした。今まで人に依存しながら生きてきた私は、人間としての自信が欠けていました。そして、産むことにこだわり、血を憎んでいた私は、母親としての愛も心も、確かなものを持ちあわせていませんでした。幸せそうに思えた日々の中にも、心の隅では、産んでいないこの子たちに対して、他人視している部分がありました。 

 幸せそうに過ごしていた日々の中で、これが本当の幸せだと、私は完全に母親になったのだと、勘違いしていました。日々が美しすぎて、何もかもが麻痺していました。気が付いてからでは、手遅れになっていました。

 私たちは人手を借りて、大人数で子供たちを探しに行きました。

 あなたは初めて、私を激しく叱りました。

 しかし、私は叱ってもらって救われたのです。 

 子供たちが去り、子供たちを探し始めてから三日目、大きな嵐がきました。 

 子供たちの死体は、九日目の朝に見つかりました。

 洞窟の中で仲良く固まりながら死んでいる子供たちがいました。

 怪我したところはなく、衰弱死だと分かりました。

 私たちはすぐに子供たちを抱いて、子供たちの亡き骸を運びました。

 悲しいです。世界が灰になったのです。愛する者の死とは、自分の死よりも辛いものです。

 私の肩を抱きかかえ、あなただけは泣くことはなく、気丈に前を向いて歩いてくれました。

 村についてから、あなたは皆に、ある提案をしました。

 その時のあなたの目には、うっすらと涙が光に反射して見えていました。

 薄ぐらい私の心情のなかで、その涙だけが光を得ていました。

 あなたは語りを始めました。でも、ところどころその声は揺れていました。

「みんな……この子たちの魂は、私たちのもとから離れてしまった。しかし、私たちがこのままあの子たちをまたちゃんと愛し続けることができれば、あの子たちにもそれが伝わってまた私たちの所に戻ってきてくれるかもしれない。だから……」

「や、柳様」

「だから……ここに子供たちのためにそれぞれ木を植えて、その下に、子供たちを埋葬しよう。もし子供たちの魂が戻ってくれば、その木たちは大きく成長し、たくさん葉や枝や花をつけ、立派になるんだ。もしかしたら、そんなことだって……あるかもしれない……」

 あなたは初めて、皆の目の前で涙を流しました。涙は静かに頬を伝い、地面へ落ち、土の中へ沁み込んで行きました。

 私たちは、木を植えました。

 木漏れ日が、子供たちの頬にかかりました。それなのに、もう動きません。

 私たちは子供たちをそれぞれ、埋葬するための箱に入れました。箱に入れる作業はこの子たち全員分、私がやりました。

 その時、私はえんえんと泣きながら、声にならない声で、この子たちひとりずつのために子守唄を歌いました。子供たちの顔は、本当に死んでいるとは思えないほど綺麗でした。しかし、手にとった時に伝わるはずの肌のぬくもりはもうなくなっていました。

 私は天を仰ぎました。秋の夕焼けは金色の光を帯びてゆっくりと世界を覆ってゆくのでした。

 私はこの子たちを失って初めて、この子たちを深く愛する決心がついたのです。遅すぎることでした。失ったものは、二度と戻ってはこないのですから。

「榧……」

 あなたの声が聞こえた時、私の体をあなたの腕が大きく包み込みました。 

 私の心が叫びました。

「次の人生では、この子たちと血の繋がった家族にしてください!」

 言うべきことが違いました。でもその時の私には分かりませんでした。

 皆大声をあげて泣いていました。私の子守唄も空に消えてゆきました。

 四本の木はその後、一度たりとて、青々と茂ることも、花を咲かせることも、ありませんでした。


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