飲み会で「自己紹介ダウト」をやったら、なんかさりげなく告白されてるんだけど……
「この後ゼミのみんなで飲もうって話になってるんだけど、久我山も一緒にどう? 予定空いてる?」
金曜日の五限が終わり、あとは貴重な休日を待つだけとなったこのタイミングで、俺・久我山平一は同じゼミ所属の宮坂胡萌に声をかけられた。
俺の通う大学では、毎週金曜日の五限目にゼミナールが行われる。
入学した当初は「何で週の最後がゼミなんだ? サボれないじゃないか」と不満に思っていたものの、二十歳を超えた今となっては「ゼミ仲間と親睦を深めるのに丁度良い(要は飲み会開催)」と寧ろ大学側の粋な計らいに感謝の念すら抱いている。
どうやらこの日のゼミ終わりも、懇親会(要は飲み会)を開くようだ。つい2週間前に開催したばかりだけど。
「飲み会って……いつの間にそんな話になったんだよ」
「ついさっきかな。話の流れで、「よーし! 今日も飲みに行くぞー!」みたいな話になって。……あっ、今回教授は欠席ね」
教授も誘ってやれよ。可哀想だな。
「急な話だから、無理はしなくて良いからね。週末の夜だし、久我山も忙しいと思うし。バイトとか勉強とか、デートとか」
「今日はシフト入ってない。勉強をするつもりもない。……あと、彼女がいるような男に見えるか?」
「そっか! それなら良かった!」
「飲み会に出られるようで良かった」という意味で、他意はないんだろうけど……「彼女がいない」ことを良かったと言われてるようでなんだか複雑な気持ちになった。
「飲み会はすぐに始まるのか?」
「ううん。一度家に帰りたい子もいるから、6時に現地集合で。お店のURL、送っておくね」
送られてきたURLには、大学から数駅離れた場所にある居酒屋の情報が載せられていた。
「お店の場所がわからなかったら、連絡ちょうだい。駅まで迎えに行くから」
「了解! ……家に荷物置いて、その後合流するつもりだから、少し遅れるかもしれない。それでも大丈夫か?」
「もちろん! 多分終電ギリギリまで飲んでいるから、ゆっくりおいで」
「また後で」と挨拶を交わして、俺は宮坂と別れる。
因みに我らがゼミの飲み会は、毎回「終電ギリギリまで」の予定で、結果毎回「朝までコース」になるのだった。
多分今夜は帰れないし、洗濯物を取り込んでおくか。
◇
洗濯物の取り込み含む家事諸々を済ませ、大急ぎで飲み会の会場に向かったものの、現地に到着したのは6時半を過ぎたあたりだった。
「悪い、遅れた……って、え?」
案内されたテーブルに着いた俺は、思わず自身の目を疑う。
飲み会が始まってまだ30分しか経っていないというのに……ほとんどの学生が既に出来上がっていた。
俺は数少ないシラフの宮坂に話しかける。
「おい、こいつらペース早すぎだろ? 何で止めなかった?」
「止められるような人たちじゃないからね。……あと1時間もすればみんな静かになるし、それを待てば良いでしょ」
要するに寝落ちするということね。
「久我山は何飲む? ガソリン?」
「俺は車か何かか。取り敢えず生を頼む」
注文した生ビールが届いたところで、改めて乾杯を行なう。
それから少し談笑をした後で、幹事と思われるゼミ生が「注目ー!」と皆の意識を集めた。
「久我山も来て、全員揃ったと言うことで、これより親睦を深めるレクリエーションをしたいと思います!」
「よっ!」という幹事の掛け声で、酔っ払いどもが盛り上がる。
こういう時は大抵碌でもないゲームを提案するから、シラフの俺がきちんとブレーキにならないとな。
「今回行なうゲームは……自己紹介ダウトです!」
自己紹介ダウト……初めて聞くゲームだった。
ルール説明を聞くと、
①1人ずつ「私は◯◯です」と自己紹介をしていく。なおその自己紹介は、真実でも嘘でも構わない。
②その自己紹介の内容が嘘だと思った場合は、「ダウト!」と指摘する。嘘を指摘されたら、失敗となる。
という、思ったより普通のゲームだった。てっきり野球拳とか言い出すと思って、身構えていたのだが……取り敢えず、ひと安心といったところだ。
「試しに俺からやってみるぞ」
そう言って、幹事はどんな自己紹介をするか考える。
「決めた! ……俺は高校時代に、一度だけ告白されたことがある」
『ダウト!』
満場一致の「ダウト」宣言だった。
隣を見ると、宮坂もダウトと発している。どうやら多少は酔っているようだ。
「えっ、そんな、全員で即指摘とか……ひどくない?」
「じゃあ、告白されたことあるのかよ?」
「それは……生まれてこの方、告白されたことなんてないけれど」
お決まりの流れに、会場が笑いに包まれる。狙ってやったことなので、当の本人も笑っていた。
身を挺したルール説明のお陰で、ゲームの概要は把握できた。
ここに酒というスパイスが加わることで……自己紹介ダウトもとい、暴露大会が始まるのだった。
◇
自己紹介ダウトは、想像以上の盛り上がりを見せた。
「俺はこの前元カノに50万貢いで、それからすぐ浮気されました」
『ダウト!』
「正解! 実際に貢いだのは50万じゃなくて、150万でした!」
お手本が良い起爆剤となったのか、みんなここぞとばかりに秘密の暴露をし始める。
これ絶対酔いが覚めた時、後悔するやつだろ……。
ゲーム開始から20分が過ぎた頃、宮坂の番がやってきた。
「次は私の番だね。それじゃあねぇ……私は久我山に惚れている」
『……』
あれだけうるさかった場が、一瞬にして静かになった。
宮坂のやつ……今なんて言った?
「もしかして、上手く聞き取れなかった? もう一回言うね。……私は久我山のことが好きである」
聞き間違いなどでは断じてない。宮坂は今確かに、俺のことが好きだと言った。
問題は、それが真実かどうかだ。ゲームの性質上、「ダウト」という可能性も十分ある。
周囲では、「宮坂さんに限って久我山なんかを好きだなんて、そんなことあるか?」みたいな失礼な相談が始まっていた。
しばらくして、ゼミ生の1人が「ダウト!」と叫ぶ。
もしかすると、彼は宮坂のことが気になっているのかもしれない。故に「そうであって欲しい」という期待を込めてのダウト宣言だった。
しかし宮坂は、正解とも不正解とも言わない。
「んー、どっちだろうね。正解発表の前に、もう一問」
そう言うと、宮坂は頬杖をつきながら、俺をじっと見る。
「私・宮坂胡萌は、久我山平一に好かれている」
気付くと皆の視線も、俺に注がれていた。……これって、俺が答えなきゃいけないやつだよな。
……こんな空気、耐えられるかよ。そう思った俺は、無意識に生ビールに手を伸ばす。
しかしグラスを口につける寸前で、その手を止めた。
こんな大事なこと、お酒の力を借りて答えて良いわけないだろ。
男なら、自分の口で、自分の意思できちんと答えるべきだ。
俺が宮坂を好きかどうか。その答えは――
「……ダウト……じゃない」
「そっか。じゃあ私も、ダウトじゃないよ」
嬉しそうに、幸せそうに微笑む宮坂。
俺は生ビールから手を離すと、ソフトドリンクを追加注文する。
今夜という日の記憶を、いつまでも覚えていたかった。