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第7章 風の中で

結局彼は、何がどうでも良かったのだろうか。


“どうでもいい、いつか起きることじゃないか…あーめんど、転生したら逃げると思ったのに。なにお前ら、俺のなんだよ”


 蓮はやっと普通に喋り出した。しかし、内容はとんでもない罵詈雑言だ。修行を怠かっただと、彼女は邪魔だったと、そんなことばかり話していた。見ていた人皆が怒りそうだったが、怒りを通り越して呆れていた。そして蓮は走り出した、その時だった。


 ドンと大きな音がすると、蓮は誰かとぶつかっていた。それは大きくて、形容し難いぐらい恐ろしいものだった。振り向くと屈強な男の睨みでさえも優しいぐらいの眼光と威圧感だった。逃げ出そうにも、もう遅かった。彼を捉えてしばらくすると、魔法使いたちの元に向いてこう言った。


“逃げ出した転生者を捕まえてくれてありがとうな”


 この言葉だけではわからなかった。オリビアが男に聞く、いったいどういうことかと。すると屈強な男が説明した。


“自己紹介がまだだったな。俺はアーロン、彼はゼノスだ。正体を隠しててごめんな”


 どうやらこの2人は、転生者を取り締まるための組織の人たちだった。蓮はその組織から追われていたそうだ。


“蓮は我々が責任を持って処す。もっとも…本来はこんな場所にいてはいけないんだ…”


 その口ぶりから、まるで特別な才能があるように感じるが、実情はその逆で、むしろここにいてはいけない人物だった。


“蓮は人を壊す。言葉と暴力によってな。ラヴィーネが被害を受けてしまったことについては…私たちの能力不足だ…”


 残された彼女たちは思い出した。なぜ彼が転生したのかを。しかし、アーロンは全て知っていた。修行と称して事情聴取をしていたからだ。


“おそらくラヴィーネは、蓮は勉強を強いる毒親から離れるために自殺した、そう思っているが、実際は違う。蓮は大嘘つきだ”


 蓮が実際に死んだ理由は、罪から逃げるためだ。人知れず亡くなった共通テストの事件。実は、事件の犯人は蓮だった。動機は親から逃げたいわけではない。ただなんとなくだった。なんとなくという理由で未来ある少女を殺し、勇敢な大人たちを傷つけた。親は毒親だったのも事実だ。愛しいはずの我が子を勉強という監獄に入れたのは親だ。しかし、そうさせたのは親ではなく蓮自身だ。


“また○○ちゃんに負けた!悔しい!”

“もうやめて!これ以上言うなら塾に入れますからね!”


 ただテストで1点負けた。それだけで悔しがっていた。なにごとも1番ではなきゃ気が済まないのだろうか。いや、自分が1番下じゃなければそれで良かったのだろうか。塾に入れさせられても、何も努力をしなかった。彼は天才だと、自分でそう思っていたのだから。


 誰にだって優しいのは表の顔、裏の顔はクラスを見下し、先生を見下し、親をバカにするような人間だ。生徒会長だなんて真っ赤な嘘、親の前でさえも見栄を張りたかったのだろうか。完璧人間だなんて大嘘、だが親はそれを知っていた。親とは喧嘩が絶えなかった。嘘をつく息子に真実を教えてほしい、その親心が彼を狂人にした。


 “ラヴィーネは確かに親を殺した。自分を守るためにだ。それは悪いこと、わかってる…でも、罪と向き合おうとした”


 アーロンがそう言うと、メリッサは思い出したかのように手紙を取り出す。ラヴィーネのベッドの下に隠してたのを拾ったそうだ。メリッサはその遺言を読み出す。


『これを読んでいるということは、私はこの世にいないのでしょう。私は罪を犯しました。産んでくれて、育ててくれた親を殺し、命令に背いて戦争に参加し、弟子をまともに育てることができなかったことなど、多くの罪を犯しました。ですが、今日私は死という制裁をもってその罪から解放されます。パパ、ママ、産んでくれてありがとう。先生、教えに背いてごめんなさい。』


 手紙は序文を記した1枚から始まると、オリビア、メリッサ、クラウディア、レオナに当てた1枚の手紙、父と母への懺悔など手紙は全部で8枚に及んだ。1枚ずつ読むたびに、彼女の想いが伝わった。読んでいたメリッサは涙が止まらなかった。


 一方、その結末を知った蓮は、組織に連れて行かれる中で助けてと叫んだ。どうやらラヴィーネがいれば安泰だからだと、口ではわからなくても顔と雰囲気でわかった。しかし、どれだけ願っても助けは来ない。次第に判決を言い渡されて、牢屋に収監されたあとも無実だとか解放しろだとか自分のことばかり考えていた。


 蓮に出された判決は、死刑だ。嘘をついて逃げ、嘘をついて人を傷つけ、死にかけの魔女を見殺しにした罪は大きい。1週間もしないうちに処刑場に連れて行かれると、運命を悟ったかのように静かに手を挙げた。手を挙げるそのタイミングで、彼の心臓は撃ち抜かれた。最後まで反省も後悔もなかったのだろうか。


 牢屋には冷たい風が吹いていた。小さな窓から見える最後の青い空、それはきっと良心を取り戻す最後のチャンスだったかもしれない。ただ、彼がそのチャンスに気づくことは永遠に無かったのだろう…

涼しく吹く風が、雪の国へ導いた。オリビア達はラヴィーネが亡くなったことを伝えにきていた。人々はなぜか涙を流した。疑いも、殺伐とした雰囲気もそこには無く、まるで雪が解けたかのように人々は団結し、お墓を建てた。そこには確かにこう書かれていた。


『緋色の魔女、ここに眠る。我らの平和と、団結を願って』

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