第6章 海の中で
最期を悟ったレオナの計らいで、ラヴィーネ達は海に向かった。
ラヴィーネはもう、長くない。理由は過去に遡る。実は、親を殺した理由も長くないことを察したからだった。元々彼女は生まれつき強大な魔力を持っていた。それはそれは国一つは統治できるぐらいに。しかし、強大な魔力には代償がつきものだ。彼女は幼い頃から病弱だった。魔力を使う副作用に、いつも熱を出していた。しかし、彼女の親はそんなことお構いなしに魔力の勉強をさせ、寝込んでは無理やりに起こして魔力の勉強をさせた。その結果、彼女の身体は悲鳴をあげた。
このままだと死んでしまうと考えたラヴィーネは、9歳の誕生日に親を殺した。覚えたばかりの毒殺魔法で、テーブルの上のジュースに毒を混ぜた。本来なら魔力の流れや唇の動きなどで気づくことができたはずだ。しかし、彼女の親はまさか自分を殺すだなんて思ってなかったから油断したのだろう。日付が変わる頃に苦しみ始めると、すぐに亡くなった。次の日の朝に警察が来ると、死因は毒殺とすぐに特定され、ラヴィーネは警察の取り調べを受けた。
親を殺し、警察の取り調べを受けてから解放されると、すぐに魔法学校に入った。入学試験も学科試験も卒業試験もトップの成績を残しており、この頃には寿命を延ばす魔法でどうにか生きてきていた。しかし、この旅行の中で蓮に出会ってしまった。彼は何度もラヴィーネの身体を傷つけた。石を投げられ、包丁を刺され、拳で殴られた。身体的なダメージの蓄積もあったが、精神的なダメージが大きかった。そして彼女は、この人生を終わらせたいと考えてしまった。それはどんな魔法よりも強い思いだった。
“…ラヴィーネ様、海は見えますか?…そうですか。あぁ、オリビア様…”
海の街に着いた彼女たちは、目の前に広がる海に目をきらめかせていた。男たちは修行のために席を外し、レオナとラヴィーネの2人きりになった。しかし…
“レオナ、ご無沙汰してたね。メリッサも連れてきたわ。それと、クラウディアも呼んだわ。ラヴィーネの病状は…なるほどね、肩貸して”
オリビアがそういうと、ラヴィーネの彼女の肩を叩いた。彼女はモールス信号を送っていた。言っていることがわかると、ラヴィーネは小さな声で話し始めた。
“オリビア、メリッサ、レオナ、クラウディア…なんて素敵な仲間を持ったんだろうか。この目の前には果てしなく大きな海が広がってるんだな…最期がこんな海の見える街で、素敵な仲間に囲まれながらだなんて…ねぇ、世界ってもっと広いのかな。私の代わりに調べてきてほしいな。雪の国は寒くて嫌いだけど、離れると暑すぎて溶けちゃうから長くいられないみたいだ。でも…生きててよかった…”
そう言い終わると、ラヴィーネは力を使い果たしたかのように眠った。メリッサとレオナは無言で涙を流し、オリビアは静かに頭を撫でた。
“私の人生を変えたのは、ラヴィーネでした。王族のしきたりに嫌気がさしていた時、花束を出したのを今でも覚えています。私が戦争に参加したいと言った時も、ついてきてと言って参加させてくれました…それから私含めた5人で敵の本陣に突撃して、倒しきった後に呑んだ初めてのお酒の味…忘れませんわ”
クラウディアは泣きながら、それでも高貴なる自分を見失わないように淡々と話した。しかし、その言葉も震えている。
“ラヴィーネはよく頑張った…君が親のしつけに耐えられなくなった時に出会ったのを今でも覚えてる…魔法学校でも1番で…憧れだった…努力してたら…いつしかライバルになって…でも君のことが好きだった!本当はライバルなんて言われたくなかった!”
オリビアは静かに語っていたが、話しているうちにどんどん涙がたまり、いつしか大きな声になっていた。
王国中で『緋色の魔女』ラヴィーネが意識不明になったというニュースが流れた。だが、だいたいの場所では軽く流されたという。魔女は絶対に死なない、そう思われていたからだ。実際魔法学校では不死の魔法も習う。ましてや『緋色の魔女』の異名を持っているだけあり、死ぬことなんてあり得ない。そう思われていた。
しかし、数日後の新聞でラヴィーネの死が伝えられた。人々は驚きというより無表情だった。親を殺したという、その事実があるためにだ。ただ、クラウディアはその世間の反応に反論した。
“彼女は確かに親を殺しましたが、彼女が犯した過ちはそれだけなのです。過去に気になったことがあって聞いてみたのです。見ず知らずの人を殺したことがあるかと。しかし彼女は、その件について一言、私はやってないと言ったのです。その件での犯人は後々殺されました。その犯人は、海の街から来たニコラスでした”
ニコラスの正体を知る者がラヴィーネを犯人に仕立て上げたのだろうか、真実は誰かが死んでから判明するという悲しいことになってしまった。しかし、城内では確かに弔われた。彼女の功績と、地位を守るために。
そして、修行が終わり帰ってきた彼らにも、ラヴィーネの死が伝えられた。屈強な男はひどく悲しんだ一方、弟子は知らないフリをしていた。屈強な男の凄みにも気付かず、ただ他人事のようにポツリと投げた。
“どうでもいい”
真実が明かされ、全ての国民は驚きと謝罪の意を示したが、その声はもう届かない。蓮はラヴィーネの死をなぜ嘲笑うのか。




