第4章 檻の中で
ラヴィーネを殴りつけた蓮、そして新たな師匠と出会うが…?
“ねぇ、どうしてラヴィーネを傷つけたの!今あの子…砂漠の街で治療を受けてるの!それなのに…なんであんたはここにいるの!”
開口一番、オリビアは泣きながら怒り出した。それも無理はない。ラヴィーネに石をぶつけて気絶させて、生命の危機にさらされているというのに、何食わぬ顔で喧嘩をしていた蓮を怒るのも無理はない。しかし、オリビアがなぜそんなことを知っているのだろうか。
その答えは簡単だ。オリビアの弟子でラヴィーネの数少ない友人がそこを通っていたからだ。彼女は速度魔法でラヴィーネを病院に運ぶと、さらに伝達魔法でオリビアに詳細を伝えた。さらに、その彼女は読心術でラヴィーネの身に何が起きたかをできる限り伝えた。
まるでチートな友人だが、こう言った魔法が得意なだけで、戦闘技術はからっきし。ついた二つ名は『無色の音速』という。攻撃魔法がないから色がない一方、音速まで速度を出しながら移動できる能力は唯一無二だからだそう。
そんな友人が、今目の前に来た。怒るオリビアを優しくなだめると、蓮の手を取って砂漠まで移動した。オリビアも行こうとしたが、彼女はそれを止めた。彼女曰く、オリビアにはとある街で待っていて欲しかったそうだ。
“失礼します。メリッサ・フィリップスです”
メリッサと名乗ったこの女性が、ラヴィーネの親友で、オリビアの弟子だった。そして、声をかけた先にいたのは頭に包帯を巻いていたラヴィーネだった。ラヴィーネは蓮を見つけると微笑みかけた。彼は少しだけ腰が引けた。
“あぁ、ごめんな。寝不足と精神的なものが積み重なってな…ただ、蓮にはしばらく試練が必要だな。メリッサ、あいつを呼んでくれ。1週間、彼に修行をつけたいんだ”
その口調は優しく、しかし少し怒りを含んでいた。その理由は投げつけられる前の一言でも、それ以前の心無い行動でもない。彼女に考えがあったからだ。
最初から彼女は1人で弟子を育てられるとは思えなかった。1人で育てると考え方に偏りが生じるかもしれないし、なにより得意な魔法は人によって違うと考えていた。例えばニックは彼女が得意としてた火属性の魔法は苦手だったが、水属性の魔法や妨害魔法は得意だった。蓮にもその適性を見ていたところ、彼女が得意とする魔法はそこまで上達しないと考えた一方で、得意な可能性のある魔法が育つと判断したのだろう。だから別の人に修行をつけた。
“君が蓮…山田蓮だね。よろしく、僕はジョー。ジョー・シロタだ。君のことはラヴィーから聞いたよ。ねぇ、君って何が得意なの?まさか…暴力じゃないよね?”
蓮はしばらく男を睨んだ。そして、拳に力を入れて殴りかかる。しかし、男は余裕で避けた。そして、すぐに魔法を入れる。蓮はすぐに吹き飛んだ。
“ははっ!暴力が得意な人は何人もいたよ。でも、その人たちにあって君にないものってなんだろうか?…度胸と感情、それと少しの知能さ。僕も暴力が得意な人のメカニズムは知ってる。けど、君には何にも足りない。足りなさすぎて、君には才能がないみたいだ…どうだ?言われて傷つくだろう?”
蓮はずっと睨んでいる。そんな彼にジョーはただ煽ることしかしない。決してジョーは蓮のことを嫌ってるわけではない。これはシロタ流の才能の開花のさせ方だ。
まず自分には何もないと思い込ませる。次に、その中で自信のある魔法を撃たせる。次に強くなったところで今度は次の魔法を試す。そしてその魔法の共通点を理解させて、成長させる。ラヴィーネもオリビアも魔法学校時代に受けていたそうだ。彼女たちの卒業と同時に先生をやめて山に隠居したが、いまだにシロタ流の修行を志望する人は多い。予約も埋まっていたはずなのにどうして修行ができたのか、それは簡単だ。ラヴィーネを傷つけたからだ。煽っている口調だが、本心は生徒想いだ。だからこそ愛弟子を傷つけた彼を許せないのだろう。
“…だる。なんのためにやってんだか。俺の武器は…俺の武器ってなんだろう”
その夜、蓮は自己嫌悪に陥った。誰かを傷つけたからではない。自分が苦しいからだ。そんな時にも彼は来る。
“…暴力を得意にする人って、どうして誰にもその力を見せないかわかるかな?…簡単だよ。でも、君が答えて欲しいなぁ”
蓮は答えた。罪悪感があるからと、または苦しいからだと、しかしどの答えも違かった。ジョーはヒントとして、誰かを殴った時のことを思い出させた。でも蓮は答えられない。答えはすぐにわかるはずなのに。
次の日、ラヴィーネが見学しに来た。しかし、そこには蓮の姿がなかった。蓮は逃げ出した…と思っていた。しかし、すぐに彼を見つけた。食堂の隅で何かを見て微笑んでいる。微笑んだ彼を見つけた途端、どうして微笑んでいたのかが理解できた。
手にしているのは包丁だ。その包丁でジョーとラヴィーネを襲う。自分を監禁した罰だとかなんとか。しかし、2人がかりで彼を止めた。ジョーは驚きのあまり、彼を家から追い出した。そして、ラヴィーネに次の師匠探しのための街を案内した。
師匠を殴り、修行を拒む彼、包丁を手にするのはなぜか…?




