第2章 森の中で
雪の山を抜け、少し出た先の森の中で見つけたのは、忘れられない思い出だった。
ラヴィーネが街を出ようと決めたのには理由があった。この街にいたくなかったからという単純なものでも、他のところに行ってみたいという好奇心でもない。その理由はもっと深く、もっと悲しいものだった。
“蓮、そなたの能力はなんだ…と言っても、答えてはくれないか”
実際蓮の心は読めない。言葉も発せない。それぐらい前世の記憶が暗く悲しかったことを指すのだろう。しかし、ラヴィーネは負けたくなかった。その理由もあの街には残っている。
そんな街から出て雪の山を少し降りると森があった。もみの木やとうひの木など、針葉樹が密集していた。そして、歩みを止めると1つの墓石があった。きっと彼女しか読めないであろう文字で何かが書いてあった。
“見ろ。これは唯一の弟子だ。と言っても、もういないんだがな。ここにあるのは、アイツの墓石だ”
照れくさそうに、しかし寂しげにそう言うと、彼女は墓石を撫でた。そして、抱きしめてからその場をさった。
しかし、蓮には全く理解できてなかった。それどころか、墓石にいたずらをして壊そうとしている。そんな彼を見つけると、すぐに肩を叩いた。そして手を引っ張って歩き出す。それはまるで、子どものしつけのようだった。
“どうしたのだ?そんなに嫌だったか?…まぁいい。そしたら彼との思い出を話そうか”
ラヴィーネと昔の弟子が出会ったのは18の時だった。天才的な魔法使いとはいえ、実績がなかった彼女に対して、後の弟子となる少年、ニック・コリンズは話しかけた。
“あなたが…緋色の魔女ですか?…僕はニック、僕を弟子にしてください!”
最初は断ったラヴィーネだったが、三日三晩ずっと弟子になることを懇願し続けてきたニックに対して彼女の心は呆れ果てると同時に、好奇心が出てきてしまい、仕方なく受け入れた。
それからのニックはメキメキと成長した。その成長はラヴィーネでさえも驚くぐらいにだ。ありとあらゆる魔法を覚えては使いこなし、一人前になった…そう言って別れた次の日だった。
“どうして…どうして!”
彼は翌日、何者かに殺された。実は、ニックというのは偽りの名前で、本名はニコラス・スタリオンという名前の海の国の指名手配犯だった。もちろんそのことはラヴィーネどころか、誰も知らなかった。雪の国にはそんな情報が来ても、疑心暗鬼から殺し合いが起きる。だから誰も知らなかった。
それを知った時、彼女はひどく悲しんだ。それと同時に、この国では誰も信じるべきではないと改めて知ってしまった。だから、彼女は逃げ出した。信じれる何かを見つけるために。
“長くなったな。もうすぐで森の中の村に着く。今日はここで休もう”
そう指を指すと蓮は一言、聞き取れないぐらい小さな声でつぶやいた。ただ、その言葉は彼女に聞こえていた。どうやら彼は怒っていた。1日何も食べれず、歩き疲れてしまっていたからだ。彼女は必死になだめたが、それでも話を聞かずにイライラしている。
何も聞かない彼に対してイライラを通り越して怒鳴ろうとすると、森の村の人が2人を保護した。何があったか事情を尋ねると、すぐにあたたかい食事を作った。雪の国の食事に慣れていたラヴィーネは食事を目の前にして喜んだ。美味しそうな食事と、暖かい部屋の中、子どものように無邪気に喜ぶ彼女…それとは対照的に蓮の方は一口食べた途端に吐き出した。そして皿をひっくり返すと、勝手に布団に潜った。それを見た途端、ラヴィーネは驚くと同時に怒った。しかし、村民は怒る彼女にそっとしとくよう伝えると、村民の布団を貸してくれた。しかし、人との暖かさに触れた彼女は申し訳ないので床で寝ると言った。
翌朝、朝食ができると、ラヴィーネは真っ先に飛びついた。蓮も仕方なく朝食を食べると2人は家を出発した。その際に、村民は旅に必要な地図を渡してくれた。いつかお礼をすることを伝えると、村の市場を少し回ってから旅路に出発した。
街の出口が近づき、また森の中に戻る。確かに気温は寒いが、心だけは少し温まった模様。しかし、2人の仲はより冷めてしまった。傍若無人な態度を見せた蓮が悪いといえば悪い。しかし、ラヴィーネはもう一つ別の考えを持っていたようだ。
“きっと…彼は…”
ラヴィーネは、彼が誰にも認めてもらえず、誰にも相手にしてもらえなかったから少しでも見てほしいと言う感情があったのだと考えた。小さい子どもとかによくある、そう言う感情だ。だが、ラヴィーネは頭ではそれが理解できても、実際の場面では納得ができないそうだ。
怒る理由もいたずらする理由も本人の口からは出ないまま、気がつけば木が少なくなって平原が広がっていた。そして、見たこともないほど空が高く広がっていた。曇天広がる空、一面の草原、ラヴィーネは写真でしか見たことがないからか、子どものようにはしゃいでいた。しかし、蓮はそんなはしゃぐ彼女を蔑んでいた。彼女はそんな目線も気にせずに1人原っぱを駆け抜けていた。
彼女はなぜはしゃいだのか?そして、次の行き先はどこなのだろうか?




