第9話『警察の人を呼んで貰えますか?』
私がホテルで意識を失った次の日。目を覚ますとそこは病院だった。
目覚めたばかりでボーっとしている顔を横に向けると、そこには沙也加ちゃんがいた。
「ひかり! 目を覚ましたんだね!」
「……うん。おはよう。沙也加ちゃん」
「もう! あんまり心配させないで!」
「ごめんね」
私は上半身を起こしながら沙也加ちゃんに謝ったのだけれど、涙を流している沙也加ちゃんに抱きしめられた。
その強い力に思わずビックリしてしまう。
しかし、泣いてる沙也加ちゃんを離す事なんて出来なくて、その背中を撫でながら、私は沙也加ちゃんの話を聞くのだった。
「栄養失調だって聞いた。過労だって言ってた。ずっと、ずっと無理してたんだね」
「無理なんてしてないよ。私がやりたかったことをやってただけ」
「それでも! 私、ずっとひかりに助けられてた。だから、その、ひかり!」
「なぁに?」
沙也加ちゃんは私から離れて、両手で私の両腕を掴んだまま真っすぐに私を見る。
その目は酷く真剣で、これから何を話すのだろうかとドキドキしてしまった。
「私も、ひかりが好きだ」
「うん。私も好きだよ」
「うん。うん?」
「どうしたの?」
「いや、そうじゃなくて、何だろう。えっと、なんだ?」
沙也加ちゃんは酷く混乱している様だった。
こんな沙也加ちゃんは珍しいなと思いながら黙って待っていると沙也加ちゃんは意を決した様に、息を一つ吐いて私を真剣な眼差しで見る。
「ひかりが告白してくれたの。私、嬉しかった」
「告白?」
「ほら、あのホテルで」
「何の事だろうか。と記憶の糸を辿っていくと、アッと私はその記憶を思い出した。
『私は、貴方と結婚する事は出来ません! 変なジュースを飲ませたって、私の心は変わらないです! 私は沙也加ちゃんが好き。愛しているんです! 貴方の言う、異常者です。でもこれが私にとって普通なんです! 貴方の普通を私に押し付けないで!』
「あぁー。そういえば言ってたね」
「思い出してくれた!?」
「うん。思い出したよ。でも、ごめんね。急に変な事言って」
「……え?」
「沙也加ちゃんの事をバカにされてるのが悔しくて、ついあんな事言っちゃった。迷惑だったよね」
「い、いや、私は」
「でも、大丈夫だよ。私、沙也加ちゃんにそういう気持ちを持った事は無いから」
「え」
「これからも好きになる事は無いから、安心して! ごめんね。怖かったよね!」
私は何だか変な事を口走ってしまったと、恥ずかしさを感じながら一気にまくしたてた。
そして頬が熱くなるのを感じながら、何とか収まれと息を吐くのだった。
「……ひかりは、女の子だから、私の事は好きにならないの?」
「そういう訳じゃないけど。沙也加ちゃんは私の光だから。好きとかそういうのとは違うかなって」
「ふーん。そう」
なんだろう。沙也加ちゃんの声がちょっと冷たい様な?
私はそれが気になって、沙也加ちゃんに聞いてみる。
「沙也加ちゃん。怒ってる?」
「別に」
「怒ってるよね?」
「全然。怒ってないよ」
どう見ても怒っていた。
でも怒っていないというのなら、これ以上何かをいう事も難しい。
私はとりあえず怒っていないという事にした。
そして、話を変えようと別の話題について考えていたのだが、それよりも前に沙也加ちゃんから違う話題が提供された。
「そういえば、ひかりにお客さんがいるんだけど、会える?」
「……うん。大丈夫だけど、誰?」
「それが……夢咲、陽菜」
「……っ」
何処か言いにくそうに陽菜ちゃんの名前を出す沙也加ちゃんに私は息を呑んだ。
当然と言えば当然だろう。
結果としては陽菜ちゃんが入ってきたことでスターレインは一度壊れてしまったのだから。
殆ど元通りなのだから良いじゃないかという話じゃないという事だろう。
でも、私からすればスターレイン崩壊の原因は陽菜ちゃんじゃない。もっと別にある。
けれど、それを口にしたところで意味はないし。みんなが納得できる話でも無い。
だから私は特に何もいう事が無いまま沙也加ちゃんの話を聞いていた。
「ひかりは、会う?」
「……そうだね。会うのが必要なら、会うよ」
「私は、会わない方が良いと思う」
「でも会いに来てるんだよね? なら会った方が良いと思うよ」
「ひかり!」
「沙也加ちゃん。沙也加ちゃんがこうして話を持ってきたって事は会わないと駄目なんでしょ? 違う?」
「……うん。山瀬事務所が圧力掛けてきてるってプロデューサーが言ってた」
「そっか。なら、やっぱり会わないと駄目だね」
「……ひかり、何かあったらすぐ私に言ってね」
「わかってるよ」
心配そうに私の手を握る沙也加ちゃんに私は笑った。
そして、私は病室で陽菜ちゃんと話をする事になる。
どうやら私が倒れたという話を聞いて、病院にまで来ていたらしく、すぐに会える事になったのだった。
「久しぶりですね。ひかりさん」
「そうだね。陽菜ちゃん。元気にやってた? 美月ちゃんも、一緒に居るんだよね」
「はい。私は元気でやってますよ。美月さんは、いつも通りな感じです」
「そっか。それは困ったねぇ」
「はい……って、ひかりさんも気づいてたんですか!?」
「え、う、うん。見てれば分かるよ。美月ちゃんの光が前より弱くなってるし」
「美月さんの光……?」
「うん。弱くなってるよね?」
「いえ、その。その光というのがよく分からないのですが……」
私は困った様にそんな事を言う陽菜ちゃんの言葉に困ってしまった。
よく分からないというのが、どういう事なのか私には分からなかったからだ。
だって、陽菜ちゃんだって今も輝きを示しているじゃないか。前に会った時と変わらず二重に光っている様に見えるのが不思議だけど。
「えっと、ほら、陽菜ちゃんの体がボヤーっと光ってるでしょ? こうやって私と手を重ねると分かりやすいでしょ? ほら、私の方が弱い……」
私はそう言いながら陽菜ちゃんの手を取った。
その瞬間、私の中にホテルの時と同じ様に、ここではないどこかの映像が流れた。
『夢前陽菜! アンタのせいで!!』
『陽菜!』
『みつき、さん……?』
『アンタも、消えろ!!』
頭の中に直接叩きつけられた映像に倒れそうになった。
そこには真っ赤に染まった陽菜ちゃんと美月ちゃんが居たからだ。
吐き気がする。でも、陽菜ちゃんの前で吐く訳にはいかないと堪えようとした。
しかし、それも出来ず、私はふら付いた体で床に落ちてしまった。
「ひかりさん!?」
「……なんの音、ってひかり!!」
床に落ちて痛みを感じながらも、起き上がろうとしたけど、動く事が出来なくて、陽菜ちゃんに支えられて何とか上半身だけ起こす。
「大丈夫ですか?」
「何があったの!? ひかり」
「ちょっと。加藤さん。大きな声出さないで下さい。病人ですよ?」
「……っ! ひかりに何したの?」
「別に何もしてないですよ」
「何もしてないのに、倒れる訳ないでしょ」
「それはそうですが、本当に何もしてないんですよ……」
「もう良い。ひかりから離れて!」
私は陽菜ちゃんから引き離され、沙也加ちゃんに強く抱きしめられる。
しかし、私を挟んで陽菜ちゃんと沙也加ちゃんが睨み合いを始めてしまった為、私は何とか口から言葉を吐き出した。
「ごめ、んね。まだ疲れてた、みたいで……。ベッドから落ちちゃったの。だから、陽菜ちゃんは何も悪くないよ」
「ひかり! 無理しないで!」
私は沙也加ちゃんに持ち上げて貰い、ベッドに横たわりながら息を吐く。
そんな私を沙也加ちゃんは心配そうに見下ろした後、キッと陽菜ちゃんを睨みつけると部屋から追い出してしまった。
まだあの映像の事を聞きたかったのに、なんて事を言い出せる雰囲気でもなく、私は怒る沙也加ちゃんの話を聞き流しながら、あの映像について考えていた。
そしてそれは沙也加ちゃんが帰ってからも続き、深夜頃に、あの映像がもしかして未来の事なのでは無いかという結論を導き出した。
ホテルの時も、あのジュースを飲んでいたら、あの未来に辿り着いてたのでは無いかというのは川口さんの言葉からも察せる。
という事は、このまま何もしなければ陽菜ちゃんや美月ちゃんが、あのアイドルに刺されてしまうのでは無いかという事だ。
私が何かしなくては……あの二人の輝きが世界から失われてしまうという事だ!
そんな事、許せるわけが無い。
そう考え私は行動を始めようと、急いで体調を戻す事にした。
そして、私は考えられる方法で陽菜ちゃんと手を繋いだ時に見た未来を変える為に動く事にした。
陽菜ちゃんを刺そうとしたアイドルに接触したり、美月ちゃんにさりげなく触れて未来を視たりした。
でも、美月ちゃんや陽菜ちゃんを刺したアイドルがその凶行を止めても、他のアイドルが二人に襲い掛かるのだ。
何人も、何人も、何人も。
まるで世界が、運命が二人の命を奪おうとしている様だった。
でも、私は気づいてしまった。
二人が襲われてしまうのは、二人がトップアイドルであるからだと。
その頂点に辿り着いた事で起こる未来なのだと。
ならば、二人が頂点に辿り着けず、途中で折れてしまったなら。
アイドルを辞めるか、一時的にでもアイドル活動を辞め、今の二人を取り巻く熱狂が収まったなら……。
私はそう考え、ある計画を実行に移すことにした。
美月ちゃんを階段から突き落とし、それを助けようとする陽菜ちゃんと一緒に、アイドル業界から、突き放す。
これでしか二人を助けられない。
私は何度も、何度も未来を確認しながら、その未来しか無い事を確認した。そう確実に。
そして、美月ちゃん達と一緒にライブをしようと持ち掛けた。
美月ちゃんは嫌々ながらも頷いてくれて、私は陽菜ちゃん美月ちゃんと話ながら、事件を起こす為に準備を進めるのだ。
何だか自分で自分の首を絞めている様な行動に何だか面白いなと思いながらも、話を進めた。
私の行動を美月ちゃんも陽菜ちゃんも許さないだろう。
世界だって許すわけが無い。
私はきっと世界の敵になる。
でも、もう良いかなと思えた。
思えば、ここまで来たのも勢いだけだった様な気がするし。
アイドルとしてやりたい事も無い。
ただ自分の感情に流されて、ここまで来てしまっただけだ。
だから、後悔なんて無い。
その気持ちは当日になっても変わらず、私は自分の奥底に眠る気持ちを無視しながら美月ちゃんに相対した。
外からは美月ちゃんと陽菜ちゃんを呼ぶ声がする。
アンコールと叫ぶ声が聞こえる。
美月ちゃんの体は今までにないほど輝いていて、陽菜ちゃんと同じくらい眩い人になっていた。
あぁ。嫌だなぁ。
「美月ちゃん」
私の声に振り向いた美月ちゃんに微笑む。
「あ。ひかり。悪いんだけど、須藤さん見なかった……ひかり?」
「美月ちゃん。ごめんね。私、バカだから。色々考えてたけど、やっぱりこうするしか無いかなって」
自分勝手に謝って。
「ひかり、何を言って」
「だから、ごめんね」
私は美月ちゃんに向かって手を付きだした。
「美月さん!!」
「バイバイ」
もう二度と会えない。
きっと二人は私を許さないだろうから。
だから、これで私たちはお終いなのだ。
でも、こんな私にも何か出来る事があったのなら、良かったかなと思えた。
私は多くのスタッフが駆け寄りながら、懸命に助けようと叫んでいる光景を見て、微笑む。
触れた時、見えた未来では美月ちゃんも陽菜ちゃんも笑ってた。
時間は掛かるけど、リハビリは大変だけど。
それでも、二人は生きていた。
私はそれで良かったと思う。
だから、どうか二人の未来に幸がある様にと祈り、願って、スタッフさんを呼び止めた。
ここにいる最悪の犯罪者を捕まえる為に。
「警察の人を呼んで貰えますか?」
みんな、さようなら。