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第6話『みんなを、みんなの夢を、私は守るんだ。』

私がスターレインに加入して二カ月が経った。


朝岡由香里って人とは今でも交戦状態だけど、他のメンバーとはそれなりに親しくなった。


特に竹部桃花さんという人は、朝岡由香里って人とは全然違って、凄く良い人だった。


ほわほわしてて可愛いし、私が緊張しすぎて上手く話せない時も、ゆっくりで良いよって言ってくれて、とても安心出来た。


桃花さんが居なかったら、私はスターレインで今も上手く出来ていなかったと思う。


輝きは、加藤沙也加に比べたら小さい。けれど、この人の光は心が安らぐ。光佑さんのお母さんみたいだった。


だから私は桃花さんの事が、純粋に好きになった。演技としての古宮ひかりじゃなくて、私として接したいと思えるほどに。


でも、私は忘れていた。アイドルというのが仕事で、どんな夢も大人の勝手な都合で壊されてしまうのだという事を。




とあるイベントの後、私はその会場で会社の偉い人が話をしているのを聞いてしまった。


あのプロデューサーは居ないようだったけど、スターレインの話をしているのは確かだった。


「竹部はどうしますか」


「ふむ。そうですねぇ」


(竹部って……桃花さんの事だ)


私は話がよく聞こえる様に近くへ寄りながら陰に隠れて見つからない様にした。


桃花さんのイベントとかの話だろうか。


もし単独イベントとかで遠くへ行くとかなら、嫌だな。


なんて考えていた私は、その考えが甘い事を知った。


「もうそろそろ引退で良いんじゃないですか?」


(は?)


頭が真っ白になった。


「そうですね。人気もやはりというか上がりませんし。新しく古宮ひかりを入れてからは、スターレインの人気も上がっておりますし。もう数合わせは要らないでしょう」


「では、次のライブで引退発表をさせましょうか」


「待って!! 待ってください!!」


私は思わず飛び出していた。


しかし、プロデューサーよりもずっと年上の男の人二人に見下ろされて、私はひゅっと喉が鳴る。


でもそれも一瞬で、二人は私が普段やっている様な営業用の笑顔になると、まるで子供と話す様な口調で話しかけてきた。


「ひかりちゃん。盗み聞きは良くないな。話だから良かったものを。これが物だったら犯罪だよ?」


「ご、ごめんなさい」


「いや、君を責めたい訳じゃないんだ。ただ、気を付けて欲しいな。という話だ」


「……はい」


「しかし、まぁ今回は不問としよう。その代わり。君も今聞いた話は忘れる事だ」


「い、いえ。あの。話を聞いちゃった事は、ごめんなさい。でも、でも、桃花さんが引退っていうのは」


「その話か。まぁ、正式な話はまだだがね。ほぼ決定と思ってくれていい……あぁ、そうか。ひかりちゃんは不安になってしまったんだな? まぁ移籍したばかりだし。そうなるのも仕方ないが。安心してくれ。君をクビにする様な真似はしないよ。スターレインに加入したばかりだというのに、人気投票第三位。朝岡由香里にも票ではほぼ並んでいる。君をクビにする様な無能は居ないさ。安心して良い」


「違うんです! 私、桃花さんに辞めて欲しくない、んです」


「何故かな」


「何故……って」


「ひかりちゃん。私たちはね。慈善事業をしている訳じゃない。商売をしているんだ。ふむ。そうだな。想像してみてくれ。ひかりちゃんが果物屋さんをやっていたとして、腐っている果物があったらお客さんに売るかい? もしくは傷ついてる果物でも良い。そんな物は売らないだろう? 置いておく余裕だってない。当たり前だ。お金が掛かるからね」


「でも、今まではずっと同じメンバーでやってたんですよね!?」


「そうだね。でも君が増えた。一人増えたら、一人減る。それは当たり前の事だろう?」


「……なら、私、アイドル辞めます。そうすれば、桃花さんは辞めなくて済むんでしょう」


「ちょ、ちょっと待つんだ。そんな適当な気持ちで決めるもんじゃないぞ」


「そうだよ。ひかりちゃん! 君はトップスターになる事だって出来るんだ。言っちゃ悪いが、竹部桃花に比べたら、君の価値は計り知れない。こんな事で人生を棒に振っても良いのか!?」


「でも、私、みんなほど、アイドルになりたかった訳じゃない。出来なくても良い」


「……分かった。ひかりちゃん。君がそこまで言うなら、私も考えようじゃないか」


「お、おい。佐藤君」


「ここはお任せください」


「さて、ひかりちゃん。さっき話したが、人を雇い続けるというのはお金が掛かる事なんだ。でも竹部桃花ではそのお金を稼ぐ事は出来ない。だからアイドルを辞めなくてはいけない。ここまでは分かるね?」


「……はい」


「だからだ。君が彼女の代わりに竹部桃花がアイドルを続ける為のお金を稼げるというのなら、まだ彼女がアイドルを続けることを許可しようじゃないか」


「でも、私、何をすれば」


「ふふ。そうだね。ならモデルの仕事をやってみようか」


「モデル……? でも、私に、出来ますか?」


「あぁ、出来るとも! むしろ君ならそちらでも十分に人気を集められるだろう。小さい体に幼い顔立ちをしているというのに、一部だけ成長している君の体には多くの者が注目するだろう。写真集を出しても良いし。君が望むなら、より稼げる業界だってある。まぁまだ未成年の君に話す話じゃないがね」


「……」


最悪だ。気分が悪くなる。


ジロジロと舐めまわす様に上から下まで見られて、逃げ出したくなる様な気持ちが溢れた。


でも、逃げたくない。


ここで逃げたら、桃花さんが。


「……やります」


「そうか。では早速プロデューサーに話をしようじゃないか」


とんとん拍子に進んでいく話に、私は体を震わせた。


「それほど怖がらなくても、最初は普通に服を着て行うよ。それに君が望まなければ水着より先へは行かないさ。それに君が頑張れば、スターレインだって安心してアイドル活動が出来る」


「……はい」


男の人の言葉に頷きながら、私は落ちていく気持ちを何とか保って、覚悟を決める。


もう二度と、仲間を失うのは嫌だから。


だから、こんな事はなんて事は無いんだって、自分に言い聞かせて、笑って見せる。


大した事じゃない。いつもと変わらない。大丈夫。大丈夫なんだ。




それから私は、スターレインでアイドルとしての活動をしながら、モデルの仕事も始めた。


覚えなきゃいけない事や、気を付けなきゃいけない事も多く、大変だったけど前に比べれば大した事は無い。


そうだ。私はかつて、人と話す事すらまともに出来ない状態からここまで来たんだ。


今更新しい仕事が何だ。大した事は無い。


そう。大した事なんか何もない。


写真を撮る時に、わざと服をずらさなきゃいけない事だって大した事じゃない。


ジロジロといつも以上に見られる事だって、大した事じゃない。


気持ち悪い事をいっぱい言われるのだって、大した事じゃない。


気持ちの悪いオジサンと一緒に食事をすることだって大した事じゃない。


急に手を握られたことだって、お尻を触られたことだって、胸を触られたことだって大した事じゃない。


ちゃんと、手は洗ったし。家でお風呂だっていつもより長く入って、綺麗にしたんだ。だから大した事じゃない。


大丈夫なんだ……。


私は、大丈夫。


大丈夫なのに。


「ごめんね。ひかりちゃん」


「……ううん。桃花さんが決めた事なんだよね」


「うん。そう。私にはやっぱり向いてなかったんだって、諦める事にしたの」


「そうなんだ。ごめんね」


「もう。なんでひかりちゃんが謝るの? ひかりちゃんは何も悪くないんだよ」


「……でも、私」


「だから、もう頑張らないで。私の為に無理をしないで。辛いなら、辛いって言って」


「な、なんのこと?」


「ひかりちゃん。あんまり大人を舐めちゃ駄目だよ。ひかりちゃんの様子がおかしい事くらい。私でも分かるよ。やりたくもない仕事、私の為にやっててくれてたんでしょう? ごめんね」


「ち、違うの。わたし、そんなんじゃ。だって、モデルだって、わたし、出来るんだよ。辛くなんかない」


「そうやって、自分の気持ちに蓋をしてしまうのが、ひかりちゃんの悪い所だね。本当は心細いのに、意地っ張りで、人の為に無理をして、頑張れる、優しい女の子」


「……ももか、さん?」


「私はね。私たちは貴女みたいな女の子を助けたくて、手を差し伸べたくて、アイドルを目指したんだよ」


そう言いながら、桃花さんは私を抱きしめたまま、部屋の外に居る誰かを呼んだ。


そして入ってきた人に、私は思わず逃げ出しそうになるけれど、桃花さんが離してくれなくて、逃げる事は出来なかった。


「ひかり」


「さ、やかちゃん」


「ごめん!!」


「なんで、沙也加ちゃんが、謝るの?」


「私、ひかりがずっと苦しんでたのに、知らなくて、桃花さんに言われるまで、全然気づかなかった。だから、ごめん!」


「別に、良いよ」


「プロデューサーには話をしてきた。これからは私がずっと傍に居るから」


加藤沙也加に手を握られる。


オジサンに握られた時とは違って、嫌な気持ちは生まれなかった。


その代わり、その言葉と握られた手の感触にトクンと心臓が跳ねる。


「ひかり。君を一人にはしない。もう一人で戦わないで。君の願いを私にも一緒に背負わせて欲しいんだ」


「っ!?」


真っすぐに私を見ながら放たれる言葉の数々が、私の中に突き刺さって抜けない。消えない。


ずっと胸の奥に隠していた気持ちが、ポロリ、ポロリと溢れて、涙として零れてしまった。


「なんだか告白みたいね。沙也加ちゃん」


「え!? いや、そんなつもりは無かったんだけど。決意表明というか」


「ふふ。分かってるよ。ひかりちゃんもそうでしょ?」


私は言葉が何も出なくて、ただ無言のまま首を大きく縦に振った。


そんな私を見て、安心した様に、恥ずかしそうに頬を赤らめる加藤沙也加を見て、沙也加ちゃんを見て、私は大きく心臓が跳ねるのを感じた。


胸が苦しいくらいだ。


でも、不思議と嫌な感じはしなかった。


ただ沙也加ちゃんの手を私も握り返したいと、そう思えた。


「さや、かちゃんは、一緒に守ってくれる? みんなを」


「当然だよ。私は世界中のみんなの希望になりたいんだ。だから、護るよ。苦しんでいる人を。スターレインの仲間を! ……そして、ひかり。君を、私は守るよ」


「……ありがとう」


最初からこの人の所に来れば良かったのかもしれない。


私なんかじゃ守れなかったみんなも、沙也加ちゃんなら、守れたのかもしれない。


それは後悔だ。


もう過ぎ去ってしまった過去だ。


でも、まだ守れる未来がある。


みんなを、みんなの夢を、私は守るんだ。




みんなが納得して、自分で選んでアイドルグループを離れると決めるまで。


私は、みんなの居場所を守る。


何をしたって。

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