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第1話『みんな、嫌いだ。』

私は男の子が嫌いだ。


私の何が気に入らないのか、いつも意地悪をしてくる男の子が嫌いだ。


私は女の子が嫌いだ。


ヒソヒソと陰で私の悪口を言って、バカにするみたいに笑っている女の子が嫌いだ。


みんな、みんな、嫌いだ。


お母さんは、もっと上手に立ち回れと私を怒る。


お父さんは、男の子が好きな子に意地悪するのは仕方のない事だから諦めろって言う。


二人とも、私の味方じゃなかった。


みんな、嫌いだ。


でも、一番嫌いなのは、何も出来ないで、何も変えられなくて、逃げているだけの自分だった。


女の子と目を合わせるのが怖くて前髪を伸ばした。


男の子に意地悪されるのが嫌でなるべく目立たない様にした。


私がやった事なんてそれだけだ。


お母さんの言うような上手く立ち回る方法を考えようともしなかった。


お父さんの言うような受け流すという事もしようとはしなかった。


ただ、嫌だ嫌だと心で叫びながら、何も変わらない日常を過ごしていただけだ。


酷く惨めなものだった。




そんな私に転機が訪れたのは、小学校五年の時だった。


夏休みだというのに、何処にも出かけない私にお母さんが外に出ろと怒ったのだ。


通っている学校から家は遠いし、嫌がらせをしてくる様な子と出会う事も無いだろうというのがお母さんの言葉だったけど。


出かけたってやりたい事なんて何も無いのだから、家に居ても良いじゃないかと思う。


わざわざ暑い中で出かけるのは嫌なのだ。


ジロジロと見られるし。


嫌だな。行きたくないなと思いながら、そのままその言葉を呟いていると、いい加減にしろと怒られて家を追い出されてしまった。


気が滅入る。嫌になる。早く家に帰りたい。


そう願っても、当分は家に入れてもらえないだろう。


仕方ないので、近くの駅ビルにでも行こうと私は炎天下の中を歩き始めた。


申し訳程度に帽子を持ってきたが、こんなものじゃ暑さを防ぐには足りない。


せめて日傘を持ってくるんだったと思ったけれど、私の貧弱な腕じゃ傘を支えられるかも分からなかったから、そこは仕方ないと割り切った。


ならば、少しでも早く涼しい場所へ行こうと私は大きな道路のすぐ横にある歩道を一歩一歩と歩いてゆく。


大分薄い服を着てきたと思うが、それでも外の気温は耐えられない程に暑くて、お母さんに持たされた水が無ければすぐにでも倒れてしまっただろう。


随分と用意の良い事だ。


ここまで用意が良いのなら、車で何処か涼める場所まで送ってくれれば良いのにと思わなくもない。


まぁ、そういう甘ったれた精神を何とかしろって事なんだろうなという事はよく分かる。


だから、お母さんに言われたから、と自分に言い訳をしながら私はひたすらに炎天下の中を歩いてゆくのだった。




しかし、こうして暑い中を歩いていると、思っていたよりも人が多い事に気づく。


中にはこんなに暑いのに、お父さんと同じスーツを着て歩いている人も居るくらいだ。


暑い中大変だな。と何気なく目で追っていると、向こうもこちらに気づいたのか視線を向けてきた。


思わず心の中でご苦労様です。と呟きながら頭を下げそうになったけど、向こうから歩いてきた男の人の目が私の顔辺りから下に下がっていったのを見て、酷く気分が悪くなった。


いつもの事だ。分かってる。いつもの事だ。


でも、腹立たしいのは確かだ。


今年に入ってから、やたらと胸の辺りを見られる様になった。


本当に気分が悪い。


何だ、ジロジロと気持ち悪い。


言いたいことがあるなら言えば良いじゃないか。


ムカつく。


嫌いだ。こいつも、嫌いだ。


暑い中大変だななんて思って損した。




イライラとした気持ちを抱えたまま、駅ビルに着いた私は、涼しい店内に入ってとりあえず一息する事にした。


入り口近くにあった椅子に座って、水を一気に飲む。


三本持たせてくれたから、一本くらいは飲み干しても良いだろうという判断だ。


その素晴らしい判断のお陰で、私は一気に涼しくなった体に少しの余裕が出来た。


しかし、その出来た余裕で、周りを見れば、ジロジロとこちらを見ている人の群れ。群れ! 群れ!!


私は見世物じゃないぞ! なんて言えれば良かったのだけれど、あまりにも多くの人の目にぶつかってしまったため、私は気落ちして、顔を伏せながらその場を急いで離れた。


そんな風に動いたからか、前を全く見ていなかった私は知らない誰かに勢いよくぶつかってしまう。


「っ!」


「っ、ぁ、そ、ごめ」


焦っていたせいか、言葉が上手く出なくて焦ってしまった。


ぶつかった衝撃で、尻もちをついたせいかお尻も何だか痛いし、最悪だ。


どうすれば良いのかと気持ちばかりが焦って、私は何も行動を起こせないまま目尻から溢れてきた涙を止める事も出来なくなってしまった。


最悪だ。もう嫌だ。やっぱり外なんか、出るんじゃなかった……。


「君、大丈夫?」


不意に滲んだ私の視界に白くて綺麗な手が入り込んだ。


そのまま前髪のカーテン越しにその手の先を見てみれば、思わず呼吸が止まってしまう程綺麗な男の子が居た。


「えっと、あの、わたし」


「大丈夫。落ち着いて。ちょっとだけ失礼するね」


綺麗な男の子はそう言うと、私の体をひょいっと軽く抱き上げて、さっきまで私が座っていた椅子に座らせてくれた。


今までに何度か男の子に触られた事があるけれど、その時とは違ってまるで嫌な感じがしない。


何だか不思議な感じだった。


「変な転び方してたし。足は大丈夫かな。痛みはない?」


私は言葉がすぐに出ず、何度か頷いた。


すると男の子は安心した様に微笑んだ。


その表情を見ていると、何だか恥ずかしくなってしまって私は彼から顔を逸らしてしまう。


鏡で見なくても分かる。私の顔は真っ赤になっている事だろう。


しかし、そんな失礼な態度をしている私にも、男の子は気にした様子はなく、笑うだけだった。


それが何だか嬉しくて、私は思わず男の子の居る方に少しだけ体を移動させてみた。


なんだか酷く大胆な事をしている様な気がしたけれど、男の子は特に気にした様子はない様だった。


きっと私は浮かれていたんだろうと思う。


この人とは仲良くなれそうだという予感がしていたからだ。友達になれそうだと思ったのだ。


そしてそれは私の人生で初めての事だった。


だから、この人と友達になりたいと私は思って、そう言おうとしたのだけれど、世界は残酷だった。


いつだって世界は弱者に優しくはない。


「うん。大丈夫みたいだね。じゃあ、そろそろ僕は行くよ」


「ぁ、あの」


「どうかした?」


「いや、その、その……ありが、とう」


「ううん。ぶつかっちゃったしね。これくらいは当然だよ。でも、今度からは前をちゃんと見るんだよ」


「ぁ……はい」


「じゃあね」


男の子はそう言うと、駅ビルの人込みの中へ行ってしまった。


弱い。


私はなんて弱い人間なのだろうか。


もう少しだけ話がしたいとか。電話番号を教えて欲しいとか。色々言える事はあっただろう。


なのに、このやる気のない体はまともに動かない。


私は残酷なこの世界に絶望しながらこの場を立ち去ろうと、右手をすぐ横につき立ち上がろうとした。


その時、何かが右手にぶつかる感触があり、私はそちらに視線を向ける。


そこには誰かの手提げ袋が置いてあった。


いや、落ちていたのだろう。


青いシンプルな手提げ袋で、中を見ると何かのチケットが入っている様だった。


私が最初座った時はこんなモノ無かったなと思い返しながら、唯一、これを落としていそうな人物について思い当たった。


そうだ! あの時の男の子だ!


私はそう思い立って、すぐにこれを届けようと中のチケットを確認する。


それはどうやらこの近くにある小さな店のライブチケットだったらしく、私はその場所を携帯端末の地図で調べながら行ってみる事にした。


もしかしたらあの男の子にまた会えるかもしれないという高揚感と、あの男の子が行こうとしていたアイドルに興味があったからだ。


友達になった時に共通の話題があった方が良いだろうし。


当日のチケットがあったら私も入ってみようと急ぎその建物へ向かうのだった。


『スターレイン』というアイドルグループのライブ会場へ。

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