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憧れの生徒会長

作者: 燕 柿太郎

 高校の入学式。


 私たち新入生を迎え、ステージで堂々と挨拶する生徒会長。


 背が高く、線が細く、黒髪に銀縁のメガネ。まるで日本人形のように整った顔立ち。


 学生服よりも、和服の方が似合いそうなたたずまい。


 生徒会長の一挙手一投足に、講堂の空気が引き締まる。


 その姿を目にした瞬間、私は一目で恋に落ちた。


 生徒会と将棋部を掛け持ちしていると知って、ルールも分からないのに迷わず将棋部に入部した。


 本や動画で駒の並べ方を覚え、戦術を学び、将棋アプリで初級の相手には勝てるくらいにはなった。


 それなりに努力したつもりだったが、会長は初心者の新入部員の相手をしてくれるような人ではなかった。


 県内でもトップクラスの腕前で、プロ入りの噂もあるとか。


「無理だって。競争率高いんだから」「会長人気エグいもんね」


 と、友だちには呆れられた。


 それでも、諦めきれなかった。


 入学してから、季節は夏、秋――と過ぎていった。


 将棋アプリを相手に何局も繰り返し指し、初級から中級にレベルアップした。


 そして、初雪が降った冬休みのある日。


 やっとチャンスが訪れた。


 部活動が終わり、みんなが帰った後も、私は部室に残り、詰将棋に没頭していた。


 ――コト。


 駒を打つ音に紛れて、扉が開く音がした。


「熱心だね」


 ふいにかけられた声。


 背筋に震えが走る。


 振り返ると、そこには夢にまで見た生徒会長が立っていた。


「初心者なので」


 緊張で喉がこわばりながらも、ようやくそれだけ絞り出した。


 会長はふんわりと微笑んだ。


「入部したときはそうだったけど、うちの部で一番努力してるでしょ」


 私の持っている詰将棋の本を指さす。


 ――見ていてくれた。


 驚きと喜びで、頭の中が真っ白になる。


「せっかくだから指してみようか?」


 あろうことか、会長は私の正面に座った。


 近い。


 メガネの奥の切れ長の瞳に吸い込まれそうになる。


「お忙しいんじゃないですか?」


 嬉しいのに、遠慮がちにそう口走ってしまう。


「午後から生徒会の会議があるんだけど、早く着いちゃったんだ」


 会長は木箱から駒を出し、静かに並べ始める。その指先は細く、白い。


「私なんかじゃ相手にならないと思いますけど……」


 嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。


 自分でも頬がゆるむのが分かった。


 悟られないように「玉将」と書かれた駒を、会長の側にそっと置く。


「じゃあ、2枚落ちで」


 会長は飛車と角を木箱に戻す。


「お願いします」


 正直、将棋にはまったく集中できなかった。


 盤面を見ているふりをして、視界に入る会長の手や髪ばかりを追いかけてしまう。


 当然、結果は惨憺たるものだった。


「すみません、緊張してしまって」


 落胆させてしまっただろうか。せっかく対局してくれたというのに。


 でも、会長は優しかった。


「ここで桂馬を動かしたのはよくなかったね」


 穏やかな声が、耳から脳に染みわたる。


 盤面を見つめる瞳を盗み見る。


 ――澄んだ、きれいな、宝石のような瞳。


 私だけを見ていてくれればいいのに。


「どうしたの?」


 私が黙っているので、会長がこちらを見た。


 美しい、真っ黒の瞳が正面から私を捉える。


 ***


 家に帰り、部屋に入る。


 机に置いた将棋の駒を撫でながら、私はそっと口にする。


「私だけを見ていてください」


 指の間に、小さな影が覗く。


 手のひらを開くと、


 ――そこには、


 優しく私を見つめる、


 2つの黒い瞳が転がっていた。


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― 新着の感想 ―
愛を永遠のものにしましたねぇ。 これこそ純愛と呼べるかもしれませんね。
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