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消えゆく光の中で〜星のような大切な君〜  作者: 春風りんご


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9/12

8、八代夏希




 いつものように会議室に通され、扉が重厚な音を立てて閉じられた。

 秋斗は深く深呼吸をしてから、すぐ隣に立つ後輩の相沢に軽く視線を送った。


「準備は大丈夫か?」

「はい、バッチリです!今日そこは必ずっ!」


 相沢の力強い返事に、自然と口元が緩む。だが、秋斗の胸にはどうにも消えない違和感が居座っていた。


 先ほど会議室へと案内される途中、ちらりと目に入った男――それは『城山夏希』だと思われる人物。

 秋斗の視界に飛び込んできたのは、社員たちに頭を下げられながら歩く一人の男だったのだ。


(やっぱりあの人が城山なのか? いや、でも、そんなはずが――)


 胸の奥で何かがひっかかる。

 その時見たのは本当に秋斗の知っている城山夏希で間違えないのだろうか。

 今でもその時の姿が秋斗の脳裏に焼き付いて離れない。



 だが、頭を振るようにして意識を切り替える。目の前にあるのはプレゼン資料。今はこれに集中しなければならない。

 このプロジェクトは、西園寺グループにとって大きな契約案件だ。八代グループを相手にした競争も熾烈を極めている。


(今は余計なことを考えている場合じゃない。俺たちはここで結果を残す――それだけだ)


 秋斗は自分に言い聞かせるようにしてから目を瞑り、深呼吸をしてから再び視線を資料に戻した。


(企画の修正も相沢としっかりこなした。課長からの確認もバッチシだ。今度こそは必ず案件を通してみせる)



 緊張感に包まれる中、八代グループの責任者がやってきた。


「お待たせしました、それでは始めましょうか」


 責任者が促す声を合図に、秋斗はプロジェクターのスイッチを入れた。スクリーンには資料が映し出される。




✳✳✳


 プレゼンは順調に進んでいた――その時、会議室の扉が不意に開かれたのだ。 皆の視線が一斉にその方向へ向く。



「突然申し訳ありません、失礼いたします」


 案内役らしき女性社員が丁寧に頭を下げ、新たな来訪者を伴って入室してきた。


「え……」


(城山……?)



 秋斗の息が、一瞬詰まった。


「改めまして、大事な会議の途中にお邪魔してしまい、誠に申し訳ございません」


 女性社員が丁寧に詫びの言葉を述べた後、声のトーンを上げて続ける。



「西園寺グループからお越しの片桐様、並びに相沢様にご紹介いたします。こちらは当グループの会長のご子息であり、副社長であられます」


 紹介を受けて、一歩前に出た城山が間を置かずに言葉を紡ぐ。



「初めまして、八代夏希と申します」



 その名前が告げられた瞬間、心の奥が凍りついたようだった。


 そこに立っているのは、紛れもなく『城山夏希』だと思っていた男。その堂々たる佇まい、鋭く冷たい眼差し、洗練されたスーツ姿。どこをどう見ても目の前の人物と、あのバーで出会う城山は同一人物だったのだ。

 何かの間違えであって欲しいと思ってはいだが、やはり間違いではなかった。



(それに、会長のご子息って…)



 現在トップに君臨している八代グループの会長、八代英輝(やしろ えいき)


 昔、八代グループは経営難に陥った過去がある。その原因とは、国内外の市場環境による急激な変化が原因だった。しかし八代英輝はこの危機を一つの転機と捉え、自ら指揮を執ることで見事に再建を果たしたのだ。と、一度インターネットで調べたことがある。


(いや、っていうか。待て待てまて、本当にどういうことだ……)


 混乱しつつも動揺を表に出さないように気をつける。




 そして近くにいる責任者の方にチラリと視線を向けてみた。

 責任者は城山…、ではなく八代の突然の訪問に驚いたのか、明らかに動揺しているのが見て取れる。どうやら意図していない訪問だったらしい。

 責任者は急いで立ち上がり、恭しく頭を下げた。


「ふ、副社長自らお越し頂けるとは……大変恐縮でございます」

「……いきなりお邪魔して申し訳ない。会議の途中だとは思うが、私も参加させて貰いたい。構わないだろうか」

「っあ、はい!私は構いませんが…」


 チラリと秋斗たちの方を見た。正直、今は動揺の方が勝っているのだが、責任者の方がいいでしょうか?と視線を投げかけてくる。

 だが、秋斗たちが断る理由は無いため了承の旨を伝えた。


「ありがとうございます。失礼します」


 八代は秋斗たちに向けてそう答えあと、その場全体を見渡した。

 まるで初めて会う相手であるかのような冷徹な表情が、言葉遣いも向ける視線も何もかもが別人のようで、更に秋斗の心をさらに掻き乱す。

 

(それに、あいつが……あの表舞台には滅多に出てこないという噂の副社長……?)


 八代グループの御曹司、そして噂の副社長。その2人は同一人物だったのだ。

 ずっと別々の人物だと思い込んでいた秋斗はその衝撃が忘れられずに、本当にこいつが…?と八代をのことを凝視してしまう。




 八代が責任者に席を促され、会議室の一番奥の席に座ると、先程よりもより一層緊張感が高まった。


 秋斗は動揺を隠しながらも言葉を繋ぐ。まだこの会議は、プレゼンは終わってはいないのだから。


「そ、それでは改めまして本日のプレゼン内容についてご説明させていただきます」


 プレゼンは途中まで行っていたのだが、八代が途中参加をしているため、責任者に行っていた内容を簡単に説明を行う。

 八代は時折資料を見ながらも、秋斗の言葉に耳を傾けていた。


 そうしてプレゼンが続く中、秋斗はどうにか平静を保ちながらも進めていた。相沢も自分の担当箇所を問題なくこなしている。



 だが、秋斗の視線は何度も八代の方に向いてしまうのだ。そのたびに、八代の冷たい表情が目に入り、心臓がぎゅっと掴まれるような感覚に襲われる。



(何でだよ……。俺たちは確かにバーで何度も会っていたはずだ――それどころか、あの夜、副社長のことは何も分からないって……)



 言葉に詰まりそうになるのを、秋斗は必死で押し留めた。今は目の前のプレゼンが最優先だ。それでも、八代の冷たい視線がどうしても視界の端から離れない。


 秋斗はそう思考ながらも、言葉を続ける。声を震わせないよう慎重に言葉を選びながら説明を行った。

 だが、自分でも気づかないうちに八代の冷たい眼差しに引き寄せられている。またもや目が合ったその瞬間、――心臓が大きく跳ねた。





✳✳✳


 そうしてプレゼンが終わりを迎え、責任者が最後の挨拶をすると、八代は静かに立ち上がった。


「良い提案でした。是非、検討させていただきます」


  短くそう告げたあと、一礼してその場を去ってい行く。八代が会議室を出た瞬間、秋斗は大きく息を吐き出した。

 プレゼンによる疲れかなのか、八代のことに対する考えすぎでの疲れかなのか、はたまたどちらもか…。


 だが、今はプレゼンが成功したことに対して喜ぶのが先だろう。前回は、部内会議では通ったが副社長の場で否決されたのだ。今回はその副社長が直々に訪れ、検討すると言ってくれた。それだけでも大きな成果だ。


 一緒に頑張ってくれた相沢を見ると、相沢も相当緊張していたらしい。一気に力の具合が抜けているのが分かる。


「お疲れ様。頑張ったな」

「…はい、ありがとうございます。先輩」

「帰ろうか」

「はい、帰って課長に報告しないとですね」


 お互い顔の表情筋が緩んでいる。イレギュラーなことはあったが、最後までやりきった。後は報告を待つのみだ。


 責任者の方にも挨拶をし、八代グループを後にした。秋斗たちは反省会も兼ねて、昼食を食べから自社に戻ったのだった。




✳✳✳


 その日の夜、秋斗はいつものバーにいた。グラスを揺らしながら頭の中で八代の姿を反芻する。


(何でだよ……。あいつ、なんで俺に何も言わなかったんだ。俺たちのあの時間は、全部嘘だったのか?)


 自嘲気味に笑いながらも秋斗は今までのことを思い返す。

 バーでの何気ない会話。一緒に過ごした休日。電話やメールでのやり取り。


 だが、それと同時に違和感を感じた時もあったなと思い出した。

 何度か微妙に言葉を濁した瞬間。一緒に出かけたあの日、電話から戻ってきた時の曇った表情。そして、副社長の話題を避けるような態度。


 


  すべてが繋がった瞬間、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。


(今日のことがきっかけでもしかしたら避けられるかもしれない。それでも、聞きたい……あいつに直接聞かないと、俺の気持ちが収まらない気がする)


 意を決してスマートフォンを取り出し、メールを打ち始める。



『八代、今日のことで話があるんだ。もし、じかん─ 』



 時間があれば話をしたい。そう続きを打ち込もうとした時、流石にこの文は馴れ馴れし過ぎるような気がしてならない。いつも通りであれば、その文で続きを書いてもいいだろう。

 だが、今日はそういう訳にはいかないような気がしたのだ。


「……」


 一旦、全ての文字を消す。そして、今度は丁寧な文章でもう一度を打ち始めた。



『八代さん。今日のプレゼンでお会いしましたが、話したいことがあります。お時間を頂けませんか?』



 書き終えたメールを見つめ、しばらく迷う。だが、答えを聞かなければ前には進めない。そう思い、送信ボタンを押した。





 メールを送った後、秋斗は深く息をつき、グラスの中身を一気に飲み干した。


(返事が来なかったらどうしよう……)


 その不安に駆られながら。


 正直、八代がどう反応するかは分からない。返事が来るかどうか、それすらも怪しい。 だが、何もしないままでいるよりはいいだろう。

 そう思い込むようにして秋斗はカウンターにグラスを置いた。


(正直言って、何を話せばいいのかまだ整理がつかないんだよな。でも、俺には聞かなきゃいけないことがある……)


 八代の態度、本当の立場、そして自分たちの関係――すべてを明らかにしたい。


 バーの柔らかい照明に照らされる中、秋斗は八代への想いがどんどん自分の中で膨らんでいくのを感じた。


(俺は、どうしてこんなに……)


  答えの見えない感情に胸を締め付けられながら、秋斗は静かに目を閉じた。



 すると、バイブ音と共に黒かったスマホの画面にふと明かりが灯る。

 スマホを覗くと八代からの返信が届いてたのだ。


 内容を見るのが少し怖いと思いつつも、スマホの画面を開き、メールの内容に目を落とした。



『分かりました。今から指定する場所にいらっしゃることは可能ですか?もし難しいようでしたら、また後日お会いしましょう。

 住所は、――――。』



(会ってもらえる…!)


 気まずい気持ちを抱えながらも、それだけでも秋斗にとっては嬉しいことだった。

 直ぐに了承の返事を返し、メールに表示された住所を見て、秋斗は改めて決意を固めた。



「っマスター!、今日はこれで」

「えぇ、お気をつけて」


 お金を置き、バーを後にする。



(俺たちの関係が壊れるとしても、聞かずにはいられない。八代夏希――お前の本当の気持ちを)



 暗い街灯の下で急いでタクシーを拾い、八代のもとへ向うのだった。





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