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消えゆく光の中で〜星のような大切な君〜  作者: 春風りんご


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5、八代グループの副社長




 秋斗がデスクで仕事を進めていると、営業部内で話題になっている会話が耳に飛び込んできた。誰かが興味深げに話をしている声が、活気あるフロアのざわめきの中から浮かび上がる。



「なぁ、聞いたか?八代グループがまた成績を伸ばしてるらしいぞ」

「らしいなぁ、新しく副社長が就任してからというものの、ずっと業績が右肩上がりだって話だよな。でも、その副社長って一体どんな人なんだ?」

「いや、それがな……とうか新しいって言っても、もう5年も前に就任してるんだぞ」

「まじかー早いなぁ、もうそんなに経つのか」

「あぁ。それに、素性についてはあんまり知られていないんだよ。写真も出回ってないし、表舞台にはあまり出てこないらしい」

「へぇ〜、…謎に包まれているんだな」

「そうなんだよ。それに、会長の親族って噂もあるけど、それも本当かどうか…」

「まぁでも。裏でリードしてるって話だしきっと切れ者なんだろうなー」



(八代グループの素性のしれない副社長かぁ)


 八代グループ――それは、西園寺グループにとって最も手強い競合相手の一つだった。両社は長年にわたり、互いの市場で激しいシェア争いを繰り広げてきた。特に最近の八代グループの快進撃は目覚ましく、社内でもその動向には注目が集まっている。


 秋斗はその話を聞き流しながら、ふと心の中で思い出す。


(八代グループといえば、城山が勤めている会社だよな……。そして、あの時の曇った表情。副社長の噂と何か関係があるのか?)


 頭に浮かぶのは城山の顔だ。休日にバーで見せたわずかな曇りが、何か意味を持つような気がしてならない。

 それに、初めて会った時に城山は営業職だと言っていたが、どこか表情や言葉に引っかかるものを感じた。


(なんだろうな、一向に消えないこの気持ち。このモヤモヤ感…)


「はぁ……」


 自分でも答えが見つからないその疑問に、何度目かのため息をつく。



 そんな時、課長が秋斗のデスクへと近づいてきた。手に資料を持ちながら軽く咳払いをする。


「片桐、悪いがちょっといいだろうか?」

「っあ、はい!課長。何でしょうか?」


 課長は秋斗のデスクの端に資料を置くと、真剣な表情で口を開いた。


「実はな、次の案件なんだが。八代グループへの営業を任せたいと思っている」

「えっ、八代グループですか?」

「あぁ、最近の彼らの好調ぶりは知っているだろう?競合とはいえ、あちらが扱う市場に我々も食い込む必要があるんだ。お前ならその任務を十分にこなせると信じているよ」

「そうですか……。なかなか手強い相手ですね」


 秋斗は一瞬迷いを見せたが、すぐに頷いた。ライバル企業への営業は容易なことではないが、自分に任された以上、最善を尽くすしかない。


「承知しました、課長。責任を持って取り組みます」

「そうか、頼もしいな。ちなみにだが、今回は一人ではなく相沢も同行させようと思っているんだ。彼にもこの経験を積ませたいと思ってね」


  隣のデスクに座りパソコン仕事をしている相沢は、急に自分の名前が出たことに驚いた様子で顔を上げる。


「えぇ!?僕がですか?八代グループへの営業なんて大仕事、僕が一緒に行っても大丈夫なんでしょうか……」

「はは!心配するな。片桐が一緒だ。それに、これはお前にとっても良い経験になるはずだよ」


 課長の励ましに、相沢は戸惑いながらもすぐに口元を引き締めて頷いた。


「はい!プレッシャーは感じておりますが、精一杯務めさせて頂きます!」


 相沢にとって、ライバル企業への営業は大きな挑戦であり、同時に成長のチャンスでもある。 秋斗は相沢に向き直り、落ち着いた声で言った。


「大丈夫だよ、相沢。二人で力を合わせて頑張ろう。細かい準備は俺が手伝うから、心配しすぎるな」

「ありがとうございます、先輩!よろしくお願いします!」


 こうして秋斗と相沢は、八代グループへの営業という重要な任務に挑むこととなった。 だが、秋斗の胸には、なぜ自分たちが選ばれたのかという疑問が微かに残っている。

 偶然かまたは必然か、それは神のみぞ知ることだ。


 話しが終わった後は、課長は自分のデスクへと戻り、相沢は彼の同僚たちと休憩を取っていた。

 1人になったところで、様々なことを考え始める。


(……それにしても、八代グループへの営業かぁ。骨が折れそうだな。その副社長が5年間もその地位に就いては、好成績を維持しているっていうのは本当に凄い。でも、どうして誰も詳しいことを知らないんだろう。

 山城、何か知ってたりするのかな……今日バーで会った時にでも聞いてみようかな)




 八代グループの謎めいた副社長、その存在が何をもたらすのか。 静かに動き出した物語の歯車が、彼らの日常をさらに深く揺るがしていく予感があった。





✳✳✳


 その日の夜、秋斗はいつもの行きつけのバーへと足を運んだ。カウンターに腰掛け、ウイスキーを片手にしばらく待っていると、扉が静かに開き城山が姿を現した。


「お待たせしまた。片桐さん」


 穏やかな笑顔を浮かべて近づく城山に、秋斗は軽く手を挙げて応じる。


「いや、俺もさっき来たばかりだよ」


 城山が隣に座り、注文を済ませると、二人の間に自然な空気が流れた。いつものように近況を語り合いながら、秋斗はこの夜の時に話すべきかどうかをずっと悩んでいた。

 城山が八代グループの社員であることは、これまでの話題で出てきたが、今日の話題は少し違う。職場の秘密を口にするのは厳禁だったが、どうしても城山には伝えておきたい気持ちがあったのだ。


「実はさ……再来週、くらいかな。八代グループに営業で行くことになったんだ」


 グラスを持ち上げ、口元に運びながら告げると、城山の表情が一瞬で驚きと戸惑いに変わった。


「八代に、ですか……? どうしてまた…」


 低く小さな声だったが、その声には明らかな動揺が含まれている。


「課長からの指示でね。最近、といってもここ近年はもの凄いけど、八代グループの業績がすごく好調だろ? 俺たちの部でも新しい提案を持っていこうって話になったんだ」


 城山はしばらく黙り込んだまま、グラスの中の氷をスプーンで静かに回していた。山城の内心が見えない沈黙に、秋斗は軽く首を傾げた。


「……もしかしたら社内で、偶然バッタリと会うことがあるかもしれないと思って話したんだ。城山が八代で働いてるのは知ってるからさ」


 秋斗の言葉に、城山は顔を上げた。その瞳には少しばかりの警戒心が見え隠れしている。


「だとしても、それを言ってしまっても大丈夫なんですか?」

「いや、まぁ。本当はアウトだよ。でも、城山にはどうしても伝えておきたくてさ……ここだけの話、というこで内緒にしておいてくれないかな」


 ははっと軽く笑いながら、秋斗の素直な気持ちに、城山は曖昧な笑みを浮かべたまま小さく頷いた。


「……分かりました。ここだけの話、ですね」



 その瞬間、秋斗はふと聞きたかったことを思い浮かべる。それは八代グループの副社長のことだった。

 写真も出回ってない、表舞台にもあまり出てこない。だが、切れ者される謎の人物。


 城山に聞いても、もしかしたら知らないと応えるかもしれない。そう迷ったのだが、せっかく聞けそうな人が目の前にいるのだ。聞いてみるだけ聞いてみよう。

 そう思い問いかけてみる。


「……あのさ、今日うちの部署で偶然話題に出てたんだけど、八代グループの副社長ってどんな人のか城山は知ってる?その人が就任してから、八代の業績がより凄いらしいね。あまり表舞台には出てこない人みたいでさ、どんな人なのか噂話程度でも俺はよく知らないんだ」


 秋斗の急な質問に驚いたのか、城山は一瞬目を丸くしてから首を振った。


「……申し訳ありませんが、あまり詳しくは分かりません。副社長は現場の社員とはほとんど接触がありませんから……。それに、そもそもの話し、一社員は上層部の方とお会いする機会はあまりないので」

「……そっか」


 その答えは正しいのだろうが、城山の表情やわずかに空いた間はどこか微妙な違和感が残った。秋斗はもう少し問い詰めるべきか迷ったが、そのまま話題を流すことにする。


「まあ、そうだよな。分からないことを聞いて悪かった」

「いいえ、気にしないで下さい。せっかく質問して頂いたのに何も返せる答えがなくて申し訳ないです」


 そう言って微笑む城山の表情には、やはりどこかぎこちなさが混ざっていたのだ。秋斗は気にはなったものの、それ以上の深追いを避けて話を切り上げることにした。


「この話しはここまでにして、そろそろ話題を変えようか。せっかくの、夜なんだしさ」

「そうですね。そうしましょう」


  城山が軽く笑い、うなずく。その瞬間、秋斗の胸にわだかまる違和感も少し薄れた気がした。




  夜が更けるにつれ、二人はいつものように些細な話題に戻り、再び穏やかな時間が流れ出した。だが、秋斗の心の片隅には、城山の反応に対する小さな疑念が静かに芽生えていた。

 八代グループへの営業に行くと伝えた時の反応、そして副社長について聞いた時。微かな表情の変化が「何か」を隠している気がしてならない。


 ――そして、城山が「分からない」と答えた副社長について、本当に何も知らないのだろうか、とも。





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