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消えゆく光の中で〜星のような大切な君〜  作者: 春風りんご


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4、営業の日常




 雲一つないない晴れた空、澄んだ空気ががとても気持ちいい。移り変わり行く街の景色を見ながら、今日もいつもの通勤路を歩いていく。


 朝8時30分、片桐秋斗は西園寺グループ本社の営業部署へと出社した。

 高層ビルのエントランスを抜け、エレベーターで12階に向かう。その間、スマートフォンでニュースをチェックしつつ、取引先とのアポイントメントを確認するのが朝の日課だった。


 オフィスに足を踏み入れると、同僚たちが交わす声が耳に飛び込んでくる。資料の確認に集中する声や、軽い雑談が行き交う空間には営業部署特有の活気があった。


(こういう雰囲気、嫌いじゃない。だけど、みんなもいろいろと抱えているんだろうな……)


 仕事だから勿論、楽しいことばかりじゃない。思うように成果が出ずに悔しい思いをしたり、心が折れそうになることだってある。それでも前を向いて進み続けるのが、この場所にいる人たちの強さなのかもしれない。

 秋斗は背筋を伸ばし、軽く深呼吸して気持ちを切り替えた。どんな日でも、まずは元気よく挨拶することが大切だ。それが、この活気ある職場で自分らしく働くための第一歩だと思っている。



「おはようございます!」


  秋斗が挨拶をすると、先輩の阿部が振り返りながら笑顔で答えた。


「おっ、片桐!おはよう。今日はどこに行くんだ?」

「午前中は川崎のクライアントで、午後は渋谷です。課長に頼まれた件も合わせて動きます」


 阿部は「お前、相変わらず忙しいな。まぁ、頑張れ」と言いながら、デスクに戻って資料を確認し始めた。

 阿部は秋斗が入社した時から良くしてもらっている先輩だ。秋斗よりもキャリアは10年も上であり、営業のノウハウはこの人に教えてもらった。とても面倒見がいいため、時には悩みを聞いてもらったり、ご飯を奢って貰ったりととても可愛がって貰っている。


 一方で、秋斗の隣の席では後輩の相沢が新人らしく資料作りに苦戦しているようだ。とても必死な様子で声を掛けることで邪魔しないか一瞬迷ったが、困った時はお互い様だ。その迷いを振り払い、秋斗は軽く声をかけることにした。


「おはよう。相沢、何か困ってる?」

「あっ!おはようございます、先輩!あの、ここの提案書の数字がどうも合わなくて……。見て貰えますか?」


 秋斗は席を立ち、相沢の画面を覗き込む。

 うーん、と目視で確認をしているとある場所に目がいき着いた。


「ここなんだけど、計算式が違うんじゃないか?これをこう直せば数字が合うはずだよ」

「あっ、本当だ!ありがとうございます、片桐先輩!」

「気にしなくても大丈夫だよ。俺も新人の頃はミスだらけだったからさ」


 相沢が安堵した表情で礼を言うと、秋斗は軽く肩を叩いて自分のデスクに戻った。営業で契約を取れた時も嬉しいが、この何気ないやり取りも秋斗にとっての仕事のやりがいの一つでもあった。




✳✳✳


 午前10時、自社の営業車に乗り込んだ秋斗は、川崎の取引先へと向かった。訪問先は中規模の食品会社で、今月新たな販路拡大の提案を進めている重要なクライアントである。

 打ち合わせ室に通されると、クライアントの担当者である石田課長が出迎えてくれた。


「片桐さん、お疲れ様です。いつもありがとうございます。資料、拝見しましたよ」

「ありがとうございます、石田課長。今日は、特に販促キャンペーンの内容を詰めさせていただければと思います」


 秋斗は資料を元に提案内容を説明し始めた。今回は、商品のターゲット層を若年層に絞り、SNSを活用したプロモーションを提案するものだ。


「こちらの、SNSを使ったキャンペーンに関するものなのですが、例えばインフルエンサーとのコラボを、と考えているのですがいかがでしょうか?」


 石田課長が少し眉をひそめる。


「インフルエンサーですか…。うちの製品に対してどれほど効果的なのか、いまいちピンと来ませんね…」


 秋斗は即座に他社での過去の成功事例を交えながら説明を行なう。


「実は、昨年の事なのですが、同業他社で似たようなプロモーションを行ったところ、SNSからのアクセスが急増し、その後の販売数も大きく伸びたんです。特に30代前半の層に対しては非常に効果的でした」


 へぇ〜っと、石田課長が納得した様子で頷いた。


「なるほど、過去のデータを基に説明して頂けると、イメージしやすいですね」


 秋斗はほっと胸を撫で下ろし、続けて具体的な進行スケジュールの説明を行なう。


「では、次回までに具体的なターゲット層やインフルエンサーのリストを作成し、再度ご提案させていただきます」


 石田課長はお願いしますと、柔和な笑顔で了承の旨を返してくれた。




 打ち合わせを終えた後、秋斗は営業車に戻りほっと息をついた。相手と話す時はとても緊張するが、クライアントに満足してもらえると、疲れも少し和らぐ気がする。


 だが、仕事はまだ終わってはいない。

 「次は渋谷だ…」と、次の商談のことを考えながら移動を開始した。




✳✳✳


 午後、渋谷の取引先との商談を終えて少しだけ疲れを感じていた。取引先の反応は悪くなかったのだが、思ったよりも時間がかかってしまったのだ。理由としてはクライアントに気を使いすぎて、つい時間をかけすぎてしまったからである。



 秋斗は会社に戻る前に、気分転換がてら近くのカフェでひと息つくことにした。


(次の打ち合わせまで少し空きができたけど、このまま休むわけにもいかないよな…)


 自前のノートパソコンを広げ、次の案件の準備をしながら、心の中で言い聞かせる。

 だが、集中力しようとすればするほど、ふとした瞬間に城山のことが頭に思い浮かんでしまう。


(あの日以来、何かの拍子に思い出してしまう。笑顔が多い城山が曇った表情を見せるなんて、どちらかというと珍しいことだ)


 ――そう思うたびに、秋斗の胸の中に小さな棘が刺さるような感覚が残る。


 普段なら、他人のことを深く詮索するような性格ではない。それでも、城山の曇った表情が頭から離れないのはなぜだろう。

 目の前の仕事に集中するたびに、返って城山のことが思い浮かび上がり、心の片隅に小さな波紋を広げていくようだった。


 だが、そう考えながらも目の前の仕事に意識を戻す。今はやるべきことがあるのだ。

 それに今の秋斗は城山の友人であり、それ以上でも以下でもない――今はそう割り切るしかなかった。




✳✳✳


 夕方、自社に戻ると課長が声をかけてきた。


「片桐、お疲れさん。今日の進捗、良かったみたいだな」

「ありがとうございます、課長。明日も引き続き頑張ります」


 課長の言葉に頷きながら、秋斗はデスクで資料整理を始めた。同僚たちと軽口を叩き合いながらも、秋斗の心の中には今も休日に感じた微かな違和感が消えずに残っている。


(城山のことが、ずっと頭から離れない)


 そして、その違和感はまるで見えない波紋のように、彼の日常に広がっていくのを感じた。

 何かが確かに変わり始めている。それが仕事なのか、それとも人間関係なのか、そのまだ正体はわからない。


 日常のどこかに隠れた違和感。それが静かに、しかし確実に秋斗の生活を揺さぶり始めていることに、まだ気づいていなかった。

 そして、それに気づく頃にはすでに元の平穏な日々には戻れないのだ――まるで、静かに迫りくる嵐の前触れに気づけないようにかのように。





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