3、2人の休日
秋斗と城山が「どこか遊びに行こう」と話してから、実際に実現したのは約1ヶ月後のことだった。お互い忙しい日々を送る中で、なんとか予定を合わせた結果、行き先は近場の横浜になったのだ。
連絡先はすでに交換しているため、バーで直接会えない日は電話やメールで詳細を詰めていた。
その結果、待ち合わせは朝10時に横浜駅の東口改札前に決定した。
当日の朝、秋斗は少し早めに待ち合わせ場所へと到着した。時刻は9時50分だ。
早かったかなと思いつつも、遅くなって待たせるよりはいいと思い直す。軽い冬用のコートを羽織りながら、ちらほらと行き交う人々を眺めていると、少し離れた場所から黒の帽子を被った城山が歩いてくるのが見える。 黒の帽子から金髪が見え隠れしているため、一瞬にして見つけることが出来たのだ。
それに今日は私服だからいつも以上にキラキラして見える。
「おはようございます。お待たせしました」
城山はいつもの穏やかな笑みを浮かべて挨拶を行った。
その瞬間を見かけた行き交う人々(特に女性)から、城山に対する熱い視線を感じる。
「………」
この声も穏やかな笑みも秋斗だけに向けられているはずなのに、行き交う人々の視線がどうもになってしまう。今は自分が城山と一緒にいるはずなのに。
(なんだ、この感じ……なんでこんな気持ちになるんだろう…?)
心の奥が妙にざわつく。まるで、城山が自分だけのものではないと突きつけられているようで、嫌な感情が胸に広がっていく。
「片桐さん、どうかしましたか?」
ぼーっとしている秋斗を心配したのか、コテンと首を傾げながら大丈夫かと覗き込んでくる。秋斗の方が城山よりも背が高いので、必然と見下ろす形なるのだ。
コテンとした、その仕草に一瞬胸がはねた。
(いやいや、相手は男だぞ…。なんでこんな気分になるんだ……)
顔が良いからか?なんて思いながら秋斗は動揺を隠し、返事を返した。
「い、いや、なんでも無いよ。俺も今来たばかりだから大丈夫。今日はよろしく」
慌てて告げ、秋斗が軽く手を挙げると、城山は頷きながら隣に立って歩き始めた。
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最初に2人が向かったのは、横浜のランドマークタワーだ。
高層階にある展望フロアから見える景色は、都会の洗練された美しさと、遠くに見える海の広がりが調和していて、思わず声が漏れる。
「すごいなぁ……こんな景色、普段はなかなか見られないよな」
秋斗が感嘆の声を上げると、城山もガラス越しの風景を眺めながら静かに頷いた。
「そうですね。こういうところに来ると、仕事のことなんか一瞬で忘れちゃいますね」
城山の言葉には、少し疲れが滲んでみえたが、同時にどこか楽しそうでもあった。
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その後、2人は桜木町の海沿いにある赤レンガ倉庫へと向かった。歴史的なレンガ造りの建物が、観光客で賑わう広場に堂々と並んでいる。その古めかしい風合いが、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
それに、到着した時には丁度お昼時だったので、近くにあったレストランで昼食を取ることに決めた。レストランの中は落ち着いた雰囲気であり、クラッシク音楽が流れている。お客さんもまばらであり、ゆったりと楽しめそうだった。
席に座り、メニュー表を見てみる。開いてすぐ秋斗が目に付いたのはランチセットだった。セットにはパスタやサンドイッチ、ピザと多くの種類が載っている。
秋斗はどれにしようか迷いに迷ったが、最終的にはランチセットのナポリタンを頼み、城山も秋斗と同じくランチセットのシーフードピザを選んでいた。
お互い食事をしながら仕事や趣味の話で盛り上がり、自然と笑顔がこぼれる。
「最近は本当に忙しくてさ、休みの日にこうして出かけられるのが本当にありがたいよ」
秋斗が笑いながら言うと、城山も小さく頷いた。
「確かに。たまにはこういう時間も必要ですよね。良い気分転換になります」
「そうだよな」
バーでの飲み食いの食事もいいが、こうしてゆっくりとランチを食べるのも、凄く貴重な時間だと噛み締めながらそう思った。
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食事を終えた後は、みなとみらいエリアのショッピングモールをぶらぶらと見て回る。いろいろなお店を見ては入りたいと思うのだが、仕事柄、スーツを着る機会が多いからだろうか。どうしても紳士服売り場の方に目がいってしまう。
それに気づいた城山が、見てみましょうかと気を使ってくれた。そのありがたい言葉に甘え、入店して色々と見て回る。
それに城山も仕事柄なのか、落ち着いた色味のジャケットやネクタイを手に取っては見ていた。
「これとか、城山に似合いそうじゃない?」
秋斗がふと目に付いた棚からネクタイを一つ選んで取り出してみる。冗談交じりに見せてみると、城山は微笑みながら受け取った。
「どうですかね。片桐さんのお目に叶うのなら、検討してみますよ」
そう冗談のように返すが、その目はどこか楽しそうだった。
「そう?凄くいいと思うよ」
近くにあった鏡の前に城山を連れて行き「ほら、絶対に似合う」とネクタイを首元に当ててみる。
「っ………」
「ん、どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」
一瞬、城山の体が跳ねたような気がしたが気のせいだろうか。顔も鏡から逸らしているし、なんだか耳が赤くなっているような気がする。
だがまぁ気のせいだろうと思い直す。
ちなみに俺が選んだのは、紺色でチェックの入った格子状の模様が特徴のネクタイだった。
今日は私服なので似合うかどうか少しイメージしずらいかもしれないが、城山なら何でも似合うだろう。むしろ、普段は仕事帰りのときにバーで会う約束をしているので、スーツ姿は嫌という程目に入っている。だから大丈夫だ。普段のスーツにも絶対に合う。
「…えっと、そうですね。せっかく選んでくれましたし、買おうと思います」
「っお、まじで!いいじゃん!買いなよ」
数秒思案した後に買う決断をしてくれた。お互い忙しいし、こんな機会は滅多にないと思う。だからこそ、今日の記念となるような物を買ってくれてとても嬉しかった。
買ってきますね、そう言い残してレジへと向かう城山を見てそう思うのだった。
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そんな穏やかな時間が流れる中、城山のスマートフォンが突然鳴り響いた。彼は一瞬眉をひそめたが、秋斗に「少し失礼します」と一言告げてからお店を出て行った。
5分ほどして戻ってきた城山は、先ほどまでの柔らかい表情とは打って変わって、どこか曇った顔をしている。
「大丈夫?何かあった?」
秋斗が心配そうに尋ねると、城山は一瞬だけ迷ったような素振りを見せたが、すぐに首を振る。
「いえ、大したことじゃないですよ。ちょっとした仕事絡みのお話しです。お気になさらず」
その言葉はどこかぎこちなく、秋斗は胸の奥でほんの小さな不安を覚えた。しかし、それ以上追及する訳にはいかず、「そう?分かった」とそれだけ返しておいた。
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その後、2人は中華街で小さなスイーツを楽しんだり、山下公園をゆっくりと歩いたりして、穏やかな時間を過ごす。
いつの間にか日が暮れる頃には、港の夜景が美しく輝き始め、昼間とはまた違う顔を見せていた。
「やっぱり夜の景色もいいな」
秋斗がそう呟くと、城山も感慨深げに風景を見つめている。
「ええ、凄く綺麗です。今日は本当に片桐さんとここに来られて良かった。なんだかあなたといると自然に笑顔になれます」
「…………」
その言葉には、何か深い意味が込められているようにも思えた。だが、深くは追求出来ない。俺たちはあくまでも友人関係なのだから。
余計な詮索は相手を困らせる場合もある。
気になる気持ちを抑えつつ、最後は秋斗たちの行きつけの店へと向かうのだった。
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2人がやってきたのはいつものお店。そう、行きつけのバーである。
「いらっしゃい」
マスターが穏やかな笑みを浮かべながら迎え入れてくれた。
やっぱりここが1番落ち着く。
いつも通りカウンター席に腰を下ろし、今日は軽くお酒を注文する。
「今日はありがとう。久々にリフレッシュできたよ」
秋斗が笑いながら言うと、城山も静かに頷いた。
「こちらこそ、凄く楽しい一日でした。またぜひ行きましょう」
そう言って微笑む城山の顔には、昼間とは違って穏やかな光が戻っていた。その姿を見て、秋斗も安堵する。
こうして秋斗たちの休日は幕を閉じた。この一日が、2人の関係をさらに深めるきっかけになることを今はまだ知らない。
そして、城山の背負う「何か」に気づき始めたのもまた、この日が始まりだった。だが、それが分かるのはもう少し先の話だ。




