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消えゆく光の中で〜星のような大切な君〜  作者: 春風りんご


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2/12

1、出会いの夜




 湿気を帯びた初夏の夜だった。片桐秋斗(かたぎり あきと)は、いつものように仕事帰りの疲れを引きずりながら、お気に入りの行きつけのバー「アンフォールド」の扉を押し開けた。中には漂う微かなウィスキーの香りと、淡い間接照明の光が彼を迎える。


 長い長い一日を癒やす、心地よい逃げ場だった。


「いらっしゃい、片桐さん。いつもの席空いていますよ」


 カウンター越しにマスターの穏やかな声が響く。その瞬間、秋斗は微笑みを返しながら一歩足を踏み入れた。


 けれど、その日の夜は少しだけ違った。カウンター席の秋斗がいつも座る場所、そのすぐ隣には見慣れない客が座っていたのだ。

 髪は短髪で、髪色は金髪なのだが、派手な金髪というより洗練された印象を与える色合いだった。そして何より、丸ぶち眼鏡を掛けているその顔立ちは整いすぎている。下手したら女性と見間違えるほどの美しい顔立ちだった。だが、見た目とは裏腹にその姿はどこか冷ややかさを纏い、少し近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

  秋斗は自然と眉をひそめ、内心でつぶやいた。


(誰だろ、すげー目立つ人がいる……)


 すごく気にはなるが、いつもの席が空いているとマスターは言っていた。誰も居ないのであれば、遠慮なく座ってもいいだろう。

 いつもの席、カウンター席の中央に腰掛けた秋斗は、あえて視線を隣に向けないようにしながら、マスターにウィスキーのロックを頼む。


「お疲れさま。今日はいつもより遅かったね」


 マスターが小さなグラスを差し出しながらさりげなく話しかけてきた。秋斗は軽く頷き返してから今日の仕事であった出来事を話す。

 時々愚痴が多くはなるが、マスターは静かに聞いてくれた。独り身である秋斗にとってはこうして話を聞いてくれる、そんな時間や居場所がなによりも大切だった。



 しばらく飲んでいると、いい感じにほろ酔い気分になりつつあった。

 時々隣に座っている金髪の男がチラつくことはあったが、それも段々と気にならなくなる。


 すると、突然隣の男が口を開いた。


「マスター、隣に座っていらっしゃる方はもしかして常連さんですか?」


  低く柔らかな声だった。丁寧な言葉遣いながらも、どこか距離を置いた響きがある。

 秋斗は思わずそちらに目を向けた。


「ええ。彼は週に一度、必ず来てくれるんですよ」


 マスターが笑顔で応じると、その男は秋斗に軽く会釈をした。


「そうでしたか、それは失礼しました。俺は()()()()と申します。こちら、邪魔ではなかったでしょうか?」


 彼の物腰は丁寧だったが、その瞳には一切の感情を滲ませていない。秋斗は一瞬、返事に詰まったが次の瞬間には苦笑しながら首を振った。


「いや、そんなことないよ…。むしろ、俺の方が邪魔しちゃったかもしれないし、気にしないで…。それと、俺は片桐秋斗って言います」


 短い会話の中にも気まずさが滲む。

 それでも、城山(しろやま)の端正な顔立ちや言葉遣いの丁寧さに、秋斗はどこか圧倒されていた。 その後、マスターが二人に話を振る形で会話の糸が少しずつ紡がれていった。


 仕事の話、日々の些細な出来事など。城山の話し方はどこか上品で、笑顔一つ見せないものの、なぜかその態度が気取らず心地よかった。

 次第に秋斗は城山の印象が変わり始めていることに気づく。派手で近寄りがたいと思っていたのにどこか不器用で、肩の力が抜けていないその姿が妙に目を引いたのだ。


 城山もまた、秋斗の飾らない態度や時折見せる無邪気な笑みに、ほんの少しだけ心を開き始めていた。

  今、この瞬間の二人の間に交わされた会話はそう多くはない。それでも何かが始まる予感だけは、確かにそこに存在していた。




 いつの間にかマスターからの会話の橋渡しは無くなっており、お互いに飲みながら、サービスしてくれたおつまみをつつきながら少しずつ会話の輪が広がっていく。


「片桐さん、今の話……よろしければもう少し聞かせてくれませんか?」


  城山が静かに口を開いた。その声色にはわずかな柔らかさと好奇心が混じっており、俺は少しだけ肩の力を抜いた。

  じっと見つめる視線に、そっと目を逸らそうかと思ったが、相手が真剣に聞こうとしているならそれも失礼かと思い直す。仕方なく城山を見るとその顔は穏やかで、静かに返事を待っていた。


「いいけど……俺の話なんて、大したものじゃないでしょ」


 秋斗はグラスの縁を指でなぞりながら言う。それでも城山は軽く首を横に振った。


「いえ、そんなことはありません。俺にとっては、片桐さんの言葉に耳を傾ける時間はとても大切ですから」


 大切ーー。そんな重たい言葉をさらりと口にされると困る。冗談なのか本気なのか、今日初めて会ったというのに、その微妙なラインがこの人の厄介なところだと感じ初めていた。


「はは。大袈裟だな」


 秋斗は軽く笑ってみせたが、城山は微笑みを崩さない。それどころか、少しだけ身体を前に傾けてきた。


「大袈裟じゃありません。片桐さんのお話はどこか不思議と引き込まれるものがあるんです。だから、もう少しだけ続けてください」


 その真っ直ぐな瞳にとうとう抗えなくなり、秋斗は小さく息を吐いた。


「分かったよ。じゃあもう少しだけ」


  城山が小さく「ありがとうございます」と呟きながら微笑む。その笑顔はどこか満足げで、秋斗の胸の奥に妙な温かさを残していった。





「そういえば、城山って普段はどんな仕事してるんだ?」


 グラスを傾けながら何気なく聞いてみると、城山はふっと笑みを浮かべた。


「……俺は、…営業です。勉強中の身ですけどね」


 その控えめな笑顔に、なんとなく突っ込んで聞きすぎない方が良いような雰囲気を感じた。だが、それでも自然と話を広げたくなる 。何故ならそれは俺も同じだからだ。


「営業って、意外と体力使うよな。俺も営業やってるけど、数字に追われる毎日だよ」


 秋斗がそう言うと、城山の目に少しだけ驚きが浮かんだ。


「……へぇ、片桐さんも営業なんですね。お互い苦労しますね」

「全くだよ。新規開拓だの、取引先の機嫌を取るだの、こっちは毎日ヘトヘトだぁ」


 城山はクスッと笑いながら、グラスの中の氷を揺らした。


「片桐さんは営業らしい営業ですね。俺はどちらかと言うと、既存の取引先を回ることが多いので、少し楽をさせてもらってます」

「それでも大変でしょ?数字はどっちも追いかけるもんだし」

「確かに。でもおかげで、プレッシャーには強くなりました」


 その穏やかな返答に、秋斗は改めて彼を見た。城山は秋斗と同じ28歳だというのに、どこか余裕があるように見える。


「それにしても、城山って見た目が派手だからさ、もっと華やかな場所が好きなのかと思ったよ」


 秋斗が冗談混じりに言うと、城山は一瞬驚いた顔をしたあと静かに笑った。


「まぁ、そう見られることが多いですね。この見た目ですし。でも実際は、こういう静かなバーの方が落ち着くんです。仕事帰りの喧騒の中にいるのは、ちょっと疲れるので」


 秋斗はその言葉に思わず頷いた。営業なんて仕事をしていると、昼間は嫌でも騒がしい場所や人混みにいることが多い。静かな場所で一人になる時間を求めるのは、よくわかる話だった。


「そういうとこ、俺も同じだな。たまには一人でぼーっとしたいってなる」

「分かります。それに、こういう場所だと、静かに話せる人に出会えるのがいいですよね」


 城山がそう言った時、どこか本音が垣間見えた気がした。妙に気取った雰囲気を持ちながらも、実は飾らない人間なのかもしれない。


「それで、城山的にどうなの?営業って嫌になることないのか?」

「嫌になることですか……正直、ないわけじゃないです。それでも、それ以上にお客様と話していていると得られるものがあるなと感じるんです」


 その言葉に、秋斗は思わず感心してしまった。秋斗自身は、どちらかと言えば営業を仕方なくやっている感覚が強い。城山のように前向きに仕事を語れる人間に、少しだけ羨ましさを覚えた。


「真面目だな、城山」

「そう見えますか?」

「いや、悪い意味じゃないよ。俺にはないところだと思う」


 自分で言っておいて、なんだか照れくさくなった秋斗はグラスを煽って会話を切り上げた。城山は特に追及するでもなく、柔らかい笑顔を浮かべている。それが少しだけ、秋斗を安心させた。

 それに城山の穏やかな笑顔を見ていると、仕事の愚痴ばかりこぼしている自分が少しだけ恥ずかしくなる。

 それでも、彼の言葉にはどこか妙な説得力があり、秋斗の中で渦巻いていたモヤモヤが少し和らいだ気がする。


「なんかさ、城山みたいな奴が同期にいたら、もう少し仕事も楽しくなったかもな」


 秋斗がぽつりとこぼすと、城山は一瞬驚いたような顔をした後、照れくさそうに目を伏せた。


「そんな風に言ってもらえると、少し自信が持てます。でも、片桐さんだってすごいですよ。こんなに話しやすい人、なかなかいないと思います」

「いやいや、俺なんてただの世間話が好きなだけだよ。仕事でも私生活でも、要するに喋るしか取り柄がないんだ」


 軽く肩をすくめてみせると、城山はふっと吹き出した。


「それが取り柄だと思えるのは素晴らしいことです。それに、そういう人がいるからこそ、周りも助かるんですよ」

「ははっ!なにそれ。褒めてんの?」

「勿論、ちゃんと褒めてますよ」


 その柔らかい口調と表情に、秋斗はまたしても安心感を覚えた。やはり、城山は不思議な人だ。ただ年が同じだけでなく、同じ営業職という共通点もあるのに、どうしてここまで違って見えるのか。俺は彼の姿を見ながら、どこか自分が否定されたような気分にもなった。


「……そういえば、俺の会社には城山みたいな穏やかな奴はあんまりいないかもな」

「穏やかですか?そんな風に思われるのは少し新鮮ですね。自分では全然そんなつもりはないんですが…」

「いや、間違いなくそうだよ。少なくとも、仕事の話してる時の顔が穏やかだ」


 秋斗がそう断言すると、城山はほんの少しだけ頬を赤らめたように見えた。


「ありがとうございます。片桐さんにそう言われると、なんだか自分に自信が持てそうです」

「自信って、城山みたいな奴でも足りないの?」

「もちろんですよ。まだまだ学ぶことだらけですから」


 その控えめな姿勢が妙に城山らしくて、思わず苦笑してしまった。自信家の多い営業職の中でこんな人は少し珍しい。だからこそ、秋斗は城山のことをもっと知りたくなったのかもしれない。


「城山って、もっと飄々としてるかと思ったけど、凄く堅実なんだな」

「そう見えますか?でも、それはきっと片桐さんがそう感じさせてくれるからですよ」


 不意に返されたその言葉に、秋斗はなんとも言えない感覚を覚えた。どこまで本気なのか分からないが、少なくとも城山の言葉には嘘がないと感じる。それだけは、はっきりと感じ取れた。


 グラスの中の氷が溶けてカランと音を立てる。


 この静かなバーでの会話は、なんだか心に染みる。そんな心地よさがあった。




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