第八章
昨日は駄菓子屋なんて妙な所へ行きたがった田権さんは、今日はアミューズメント施設へ行きたいらしい。
スマホで見せてもらったその施設は私たちの町で最も発展した地域にあって、巨大ショッピングモールや飲食店やアパレル店や電機店などが集まった通りの一角に建つビルの三階に存在する。
一階がパチンコ店で二階がゲームセンター、そして三階が三十分二百円で施設内の遊具が遊び放題のアミューズメント施設だ。
私も小学生の低学年の時に親と何度か言ったんだけど、卓球やカラオケ、漫画も読み放題、さらにインターネットも使えたのでとても楽しかった記憶がある。
しかし田権さんはどうしてこんな所へ行きたいんだろ?
まさか、ひょっとして、万が一にもないと思うけど、私を友だちと認定してるってことはないよね?
向かう途中、チラチラと田権さんの様子をうかがって見るものの、彼女は不気味な薄笑いを浮かべるだけで真意を読み取ることは出来なかった。
まぁいいや。どっちだろうと私も今日は楽しもう。
なんたって、今日のお昼の一件があったからか、放課後になると毎日の様にちょっかいを出してきた佐々原と浦木が今日は現れなかった。
地獄のような日々に追われ、死の方へと追い詰められつつあった状態からの脱却。
よくよく考えてみるとこれも田権さんのおかげのような気がしないでもない。
そうなると感謝の気持ちの一つでも表さなくてはならない。
「と言うわけで今日は楽しもう」
アミューズメント施設、エンジョイランドに入る。
昔の頃の輝かしい記憶が蘇っ…。 …輝かしい記憶…。
今日は平日の夕方だ。
なのに中にはたくさんの人がいた。
しかも悪い方に個性の強い方々ばかり。
黒髪なんて一人もいない。
腕にタトゥーなんて当たり前。顔にもタトゥーが入ってる人もいるし、牛のような鼻輪を付けた人までいる。これは夢? それともいつの間にか異世界に転生した?
タバコの煙が靄を作るこの荒廃感溢れる店内ではまともな格好の私たちの方が異質な存在のようで鋭い視線が一斉に向けられる。
「た、田権さん…。また、今度来ようか?」
さすがの田権さんもこの方々を見ては冷静ではいられないだろう。
「どうしてですか?行きましょうよ」
なんと強い精神の持ち主!
田権さんは一人先に歩き、受付へ向かう。
私は迷った。
田権さんに付き合う義理はない。
いや、なくもないんだけど、せっかく笹原たちから逃れられそうなのに、またこのような連中に近づいて問題は起きないか?
ああ怖い。だけど仕方ない。 怖いけど仕方ない。
田権さんと数分遊んですぐに帰ろう。
受付の紫色の頭をした女性はガムをクチャクチャさせながら「初めて?」と聞いてきた。
「はい」
田権さんが答えると「そんじゃ適当に遊んで、帰る時に言って」と面倒くさそうに言った。
私は田権さんの後に恐る恐るついていく。
タバコの臭いとアルコールの臭い。
他にも異様な臭いがする。
けれど異様さでは田権さんも負けてはいなかった。
その容姿ゆえか田権さんは店内のヤバそうな人たちの興味をひいていた。
みんなが小柄で猫背の彼女を中傷や蔑みの表情で見て、または中には堂々と顔を覗き込む失礼な奴もいた。
それにはなんだか腹が立ったけど、言い返せる勇気はもちろんない。
「きっしょ」
ついに誰かが口にして、笑いが起きた。
人間なんてのは本当にクズばかりだ。
私はそっと田権さんの背中に手を置いて「何して遊ぶ?」と聞いた。
「すみません。まずはお手洗いから」
田権さんはいつものようにネズミのような顔で笑ってトイレへと向かった。
顔で笑って心で泣いているのかもしれない。
そう思うと心が痛む。
ここの連中はどうしてそれがわからないんだろう?
人の心をわかろうともしないで、考えようともしないで、どうやってこの先、生きていくんだろう?
まさか社会にはこんな人間がうじゃうじゃといるのか?
ああ、そうならげんなりする。
……と、暗い未来に絶望しているとハッと気づき、そんなことはどうでもよくなる。
田権さんが去った今、この世紀末のような連中がひしめき合う空間に私は一人きりじゃないか!
どう考えてもまともじゃない連中が、物珍しそうに私を見ている。
こんな事なら私もトイレへついて行けば良かった。
でももう遅い。
今、この場から離れるとこの連中を刺激して気分を損ねるかも知れない。
「人の顔を見て逃げるなんて失礼な奴だな」なんて因縁をふっかけられ、多額の金額を請求される可能性もある。
私は動けなかった。
壁を背にして周りに興味がないふりをしつつスマホをいじり、それでも油断せずにあたりを警戒する。
まったく、昔はもっと幸せそうな家族や青春を謳歌する学生が集まって楽しさに溢れたお店だったはずなのに、いったい何があったらこんな事になるんだろう?
人が近づいてくる気配を感じた。
横目でチラリと様子を伺う。
ツーブロックと言うか、すでにモヒカンと呼べるヘアースタイルの大きな男がニヤニヤしながらやってきて私の横に立った。
「ど、どうも」と挨拶すると、男は舌をにょろっと出した。舌の先が二つに割れている!
スプリットタンと言う奴だ!
思わず悲鳴を漏らしそうになったが、ぐっと堪えた。
「なあ、ここがどういう所かわかって来てんの?」
「へ? あ、遊ぶ所ですよね? ゲームしたり、卓球したり、漫画読んだり」
「そうだよ。遊ぶ所だよ。でもねゲームしたり卓球したり漫画読んだりなんて楽しくないっしょ?」
「そうですか?」
「ここね。気持ちいいことして遊ぶ所なんだよぉ」
「気持ちいいこと?」
聞くと、男の鼻息が荒くなってきた。
私の心臓の鼓動も早まる。まさか、こいつ。
「こっち来いよ。一緒に楽しもうぜ」
腕をつかまれて、引っ張られる。
抵抗しようにも相手の力が強すぎて、私はソファの上に倒された。
すると店内がワッと盛り上がる。
男も女も「やれやれ!」「やっちまえ!」の大合唱。
最悪を理解した私は、必死にソファから起き上がろうとするが大男がおおいかぶさってきて何も出来なくなった。
どれだけ力をこめても男はビクともしない。自分の身に起きていることが信じられない。そして悔しさが込み上げてくる。
「何やってんの?」
奥から聞こえた声に歓声は一気にやんだ。そして「カズくん。こんにちはー」「米良さん、ちわーっす」「今日は早いっすねー」と口々に言った。
大男が私から離れてお辞儀する。
私は慌てて体をお越し、はだけたスカートを直しつつお辞儀相手を見た。
その男は金髪のショートカットで、耳たぶにはドクロのピアスを付け、所謂不良といった感じではあるものの、体は細く、背も低くはないが高くもない。
私を襲おうとした大男の方がよほど迫力があって怖そうなのに、その場にいた全員が媚びへつらうような態度に変わる。
ん? 確か、今、米良さんって誰かが言わなかった?
カズくん、とも呼ばれてなかった?
つまり、米良和馬? この男が米良和馬!
「お前、誰?」
米良が私の目を見て言った。
「わ、私はただこの店に遊びに来ただけです。こ、ここ子供の頃に来たことが、あ、あって、懐かしくて」
「ふーん。でもさぁ、今は俺たちの場所なんだよね。出てってくんね?」
「も、もちろんです!」
願ったりかなったりだ。
そりゃ出ていきますとも。何があろうと。
「倉府さん。お待たせしました。何か遊んでいきますか?」
田権さんが戻ってきた。ベストタイミングだ。
「た、田権さん、ここはこの人たちの場所らしくて出ていって欲しいんだって。今日はもう帰ろう」
「そうですか。それは残念ですね。わかりました」
案外すんなりと納得してくれた田権さんがやって来るのを待って私は米良のいる出入口の方へ歩き出した。
米良を見てみる。
米良の目は田権さんに向いていた。
容姿が気になるんだろう。さすがこの街の不良たちのリーダー、そして笹原と浦木の仲間、心が醜い。
「待て」
米良が言って私の心臓が跳ねあがった。
まさか、心を読まれた。
「お前ら、奥のカラオケの部屋に来い」
米良が私たちとすれ違い奥へ向かう。
「でも、出てけって…」
「俺は今、来いっつったよな?」
米良はそれ以上は言わずズンズンと歩いていった。
入り口付近が不良たちで塞がれる。
これはつまり、リーダーがそう言うからお前たちは帰さねーぞ、という意思表示なんだろう。
なんの理由があって奥の部屋へ呼ぶんだろう。
いや、だいたいはわかる。 狙いは私だ。
失礼な言い方だけど、米良は田権さんと私の容姿を見比べた事により、私が魅力的に思えてしまったんじゃないだろうか?
それで先程の大男のように私を狙った。そう考えるとしっくりと来て足が震え出した。
「倉府さん、どうします?」
田権さんはなんて恐ろしい質問をするんだ。
ここで私が「帰る」と言ったら、ここにいる何十という不良たちの怒りが私に向くじゃないか!
「お、奥に行こう」
涙目で答えると田権さんは「わかりました」と奥へ向かう。
高校二年になってから私の人生には、ろくなことがない。
世の中の九割以上がまともな生活を送っているはずなのに、私だけがどうして神様に意地悪されるんだろう。
この世は本当に私に厳しくて…不公平過ぎる。
面白い、続きが読みたい、
面白くなくても読んでやろうという心の優しい方、
哀れな作家を助けると思って是非とも登録や評価をお願いします!