第五章
電車を乗り継いで駅から五分、
ミシマ商店は古い家が並ぶ住宅地の中の交差点の角にあった。
そこはどうやら駄菓子屋らしく、学校を終えた小学生たちで賑わっていた。
「お菓子が食べたかったの?」
聞くと、田権さんはうつむいてスマホを眺めたまま「まあ、そうですね」と適当な感じで答えた。
私たちは店先でお菓子を食べる子どもたちを尻目に中へと入る。
そこは十畳ほどの面積しかない狭い店で、細々したカラフルなお菓子がたくさん売られていた。
店の奥にはレジの乗った台があって、その向こうに白髪のお婆さんが座っていた。
それにしても懐かしいな。
小学生の頃、親と一緒にショッピングモールに行って、駄菓子屋コーナーで買ってもらったお菓子がたくさんある。
ちょっと買っていこう。
そう考えて十円で買えるアメを物色している時だった。
「泥棒!」
お婆さんが叫んで、私の体がビクンとはねた。
お婆ちゃんは田権さんを見ている。
「泥棒とは?」
田権さんが言うと、お婆さんが「制服のポケットにガムを入れたろう?」と睨み付けながら田権さんの前に立った。
「いいえ。入れてませんよ」
「グダグダ言ってないで、盗った物を出しなさい!」
小学生たちの好奇の目を浴びながら、お婆さんは田権さんのブレザーのポケットをまさぐった。
しかしなかなかポケットから手を抜かない。
「言ったじゃありませんか。私は万引きなんてしませんよ」
「うるさい! 私は見たんだよ! お前は確かに盗った! 盗ったものを手品みたいにどこかへ隠したんだろ!」
ポケットから取り出した手を振り上げてお婆さんは怒鳴る。
だが田権さんは「十円、二十円の物をそこまでして盗りますかね?」と淡々と答える。
正論だ。
けれど興奮しているお婆さんにそれはマズい。
案の定、「口答えするな!出てけ!」と怒鳴られた。
田権さんは表情を全く変えず、「それでは失礼します」と店から出ていった。
呆気に取られているとお婆さんがジロリと私を見た。
一緒に店へ入ってきて、
同じ高校のブレザーを着ているんだから向こうからすれば私も田権さんの仲間だ。
私は選んでいたアメをそっと戻すと、そそくさと店を出た。
店の外に田権さんの姿はなかった。
交差点の道を南北東西と見ても見つけられない。
そこでブロック塀に寄りかかってスナック菓子を食べている男の子に聞いてみる。
すると、ミシマ商店の後ろにある小路へ入っていったと教えてもらい、私もそこへ向かう。
小路へ入ると、何やらぶつぶつと声が聞こえてくる。
「田権さん?」
声に近づいていくとミシマ商店の真裏に田権さんが立っていた。
何かを口ずさみながら右手に持った棒で壁をなぞっている。
「何してるの?」
問いかけても田権さんは何の反応も示さずに同じ格好で、
何かの模様を描くように壁に杖の先を走らせていた。
その行為はしばらく続き。
動きが止まるまで数十秒かかった。
「何してたの?」
杖をカバンにしまう田権さんに聞いてみた。
今度は「聞きたいんですか?」と返事があった。
「う、うん。まぁ、少し気になったから」
答えると、田権さんは不気味な笑みを浮かべて私を見た。
あの青い目だ。
白目の毛細血管が青いミミズのように目の玉の中に泳いでいる。
私の頭に浮かんだのは『呪い』。
万引きを疑ったお婆さんへの腹いせに、この店に呪いをかけた。そんな気がした。
「キヒヒヒヒ。倉府さんの考えているような事をしていたんですよ」
嫌な笑い方だ。
耳の奥の神経に障る。
脳に直接届いて震わせるような不快感がある。
地獄からの住人、この表現はあながち間違いじゃない気がした。
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