第二十章
テクトゥは「よく生きてたわね」と田権さんを見た。
「肺や肝臓に穴が空いた時は死んでしまうかと思いましたよ。けれど噛み殺される前になんとか龍の首を落とすことができました」
「そんな怪我を一日で回復させるとは、怪物の子は怪物ね」
「冗談はよしてください。完全に回復したわけじゃありません。やっとの思いでここまで来たんですから」
田権さんは「キヒヒヒヒ」と笑った。
「そう。確かに遅かったわね。その子の血はもう必要量頂いたわ。エイリちゃんはその子とそこで儀式を見ていなさい」
「私がそうしない事はテクトゥさんも、ご存知でしょう?」
「じゃあ、また飛んでいきなさい!灰褐色の龍よ。食い千切れ。ハミシーグレイル!」
テクトゥの杖が田権さんに向けられた。
すると、昨日のように辺りの空気が唸って集まった風が龍となって田権さんに向かって突っ込んだ。
龍は大きな口を開けて田権さんの体に牙を突き立てる!
「今度は心臓に穴を開けてあげなさい!」
テクトゥは上機嫌で笑う。
下品な笑顔だと思った。
「私が着ているのこのローブは、先祖代々受け継がれているもので、初代が出会った悪魔の毛で編まれていると言われているんです。ですから並大抵の魔力は通さないんですよ」
田権さんが杖で龍の首をなぞると、龍は割れた風船のように勢いのある風となって辺りに散って消えた。
「そ、そんな!だったら、物理的に!アレークル、サー、フング!」
テクトゥの杖はさきほど私を捕まえた棒人間の残骸へ向いた。
途端に瓦礫が動きだし、再び巨大な棒人間へと姿を変えた。
「その子を潰して!」
命令を受けた化け物はすぐにこちらへ向かってくる。
鉄棒で出来た腕が振り上げられて田権さんに狙いをつけた。
しかし「イアーフーダー」と口にした田権さんの杖から伸びた紫や赤や茶色の混ざった濁った色の光の筋が化け物の体の中心を貫いて化け物はバラバラに砕け散る。
さらに田権さんが杖を振ると、化け物の残骸がテクトゥへ向かって飛んだ。
テクトゥは杖で風を起こして残骸をかわすが、一本の木材が左肩をかすめた。
ワンピースの袖が破けて白い肌に赤い線が走っている。
赤い線から流れる血を見たテクトゥは田権さんを睨んだ。
「さすがはあの人の娘ね」
「テクトゥさん。もうやめませんか?前にも言ったように私はあなたをどうこうしたいわけじゃないんです」
「聞き間違いかしら?あなたの言いようだと、私をどうこうできると言っている様に聞こえるんだけど?」
「おそらく出来ますよ」
「へえ、そう」
テクトゥはほくそ笑んだと思ったら、険しい顔になり「親子揃ってイライラさせる!」と叫び杖を振った。
突風が吹いて砂ぼこりが上がった。
そして突風は私を襲う。
まるで物体に殴られたかのように私の体は浮いて、転がった。
なんとか抵抗しようと体を動かそうとしても力が入らずされるがままに転がり続ける。
結局、元いた黒い杭の近くから、十数メートルは飛ばされた。
「大丈夫ですか?」
横には田権さんも尻餅を付いて並んでいる。
「そのローブあったら大丈夫じゃなかったの?」
「魔力は通さないんですけど、風の力で押されました。なんせ私は体が小さいですし、体力がないので」
こういう所は頼りない。
「エイリちゃん、状況をわかってる?」
テクトゥが杭に近づく。
「儀式の準備はすべて整っている。後は私が呪文を唱えれば魔法陣が発動し、ミダガーラ・ヴェライムの魔力の核は私の物となるのよ」
自信あり気な態度が気に入らない。
「田権さん、そこの若作りに言ってあげなよ。儀式は成功しないって」
「成功しない?何を根拠に?負け惜しみは見苦しいわよ」
テクトゥが杖で右から左へ空を切った。
私たちは突風に煽られて、またゴロゴロと転がされる。
「エイリちゃんがどんな攻撃をしようと、これだけの距離があれば攻撃が届く前に魔法陣は発動する。あなたたちは負けたの。いい?弱者は強者に勝てない!それが真理!」
「だったら儀式をすれば?そんなの絶対にうまくいきっこない!そうだよね?田権さん?」
「はい。すでにテクトゥさんの魔法陣より大きな、儀式を無効にする魔法陣を描いてますから。」
田権さんの言葉にテクトゥは表情を変えた。
「そんなのいつの間に?」
その問いには私が返す。
体は動かせないけど口は動くから。
「昨日の午前中!あんたがやって来る前にはすでに描き終えてましたー!ははは、残念賞~!」
本当なら中指を立ててやりたいけど、体に力が入らなくて出来ないから思いきり舌を出してやった。
テクトゥは自分の描いた魔法陣を見つめると「あなたたちが描いた魔法陣の大きさは?」と聞いてきた。
「あんたのよりもメチャクチャ大きいんだから!その杭を中心に五百メートルはあるかな~。」
本当は三百メートルほど。
でも気持ちをへし折ってやるには多少多目に言っておけばいいや。
テクトゥの悔しそうな顔が心地いい。
…はずだったんだけど、テクトゥはおぞましい顔で笑った。
「そうなの。五百メートル」
テクトゥは両手で口を押さえる。その意図が汲み取れない。
「ねぇ、エイリちゃん。そしてそこのあなた。私が描いたこの魔法陣が囮だったとしたらどう思う?」
え?囮?
「もっともっと巨大な魔法陣を私が描いていたとしたら?例えば、半径一キロほどの魔法陣を」
そこでテクトゥは吹き出し、ゲラゲラと声をあげた。
「半径一キロ?魔法陣って正確じゃないと機能しないんでしょ?そんな大きな魔法陣、微妙にずれて役に立たないに決まってるよ」
そうであって欲しい。
そうでなくちゃ困る。
「その子はそう言ってるけど、エイリちゃんはどう思う?私の魔法陣…ミスってるかなぁ?」
ミスってる、って言ってやれ。
「……テクトゥさんなら……しっかりと描かれていると思います」
田権さんは言った。
苦虫を噛み潰したような悔しそうな顔で。
「さすが、分かってる。一キロの魔法陣は確かに難しいけれど私の魔力があれば不可能じゃない。これが格の違い。半径五百メートル程度の魔法陣で安心していたなんて、子供は可愛いわね」
テクトゥは嘲りの視線をこちらへ向けながら杭の傍らに立った。
「エイリちゃん、あなたに何か出来ることは?」
「な、何も…ありません…」
田権さんは希望をなくした目でうつむいた。
これで終わり? こんなにあっけなく?
テクトゥの思うがままに物事は進んじゃうの?
そんなの嫌だ! 絶対に嫌だ! 私は砂をつかんだ。 動け! 私の体でしょ? だったら動け!
「うおおおおおーっ!」
立ち上がった私は、テクトゥに向かって駆け出した。
さっき田権さんに飲まされた薬の影響か思いのほか体が軽い。
これならテクトゥが何かしらのアクションを行う前に捕まえて儀式を邪魔できるかも!
「間に合うわけないでしょ。カーアム・ゴース・ショラーフ・ゲマフン。カーアム・ゴース・ショラーフ・ゲマフン。カーアム・ゴース・ショラーフ・ゲマフン!」
テクトゥの杖が杭に触れた。
瞬間、遥か遠くから目には見えないが気配と言うか、エネルギーと言うか、
言葉では言い表せない何かがやって来るのを感じた。
それは三百六十度全ての方向から輪が急速に縮むようにやって来て私の体を通り抜けると杭の方へと集まった。
「あはははは!やった!これで私はこの世界で最強の魔女だ!あはははは!」
膝の力が抜けて地面に倒れ込む。
ああ、間に合わなかった。
テクトゥは両手を空へ向け、体全身で喜びを表現している。
私は、テクトゥの得た力がどれ程のものなのかを知らない。
でも田権さんの話は嘘ではないと思う。
今、テクトゥは世界のパワーバランスを変えるほどの力を手にいれた。
これからは魔女たちの時代が始まるんだ。
面白い、続きが読みたい、
面白くなくても読んでやろうという心の優しい方、
哀れな作家を助けると思って是非とも登録や評価をお願いします!