第二章
いつものように学校へ向かう足取りは重く、教室に入ったのは授業開始時間の一分前だった。
私は窓側の一番後ろの席に座る。
「おはよう」と挨拶を交わす生徒はいない。
それはもちろん、私が笹原と浦木のイジメのターゲットになっているのをみんなが知っているからだ。
笹原と浦木は違うクラスだとは言え、
私と仲良くすればその情報が二人に伝わって自分も巻き込まれるかも知れない。
だったら関わらない方がマシ。
みんなはそう考えている。
そしてその考えは正しい。
私の唯一の、そして最大の失敗もそれだった。
ふと隣に違和感があった。
私の席の隣に机が置いてあったんだ。
いつもなら私の隣は空いているのに。
訝しげに机を見ていると、教室の前の横引き扉がガラガラと音を立てた。
それと同時に授業の開始のチャイムが鳴る。
入ってきたのは担任だ。
一時間目は古文のはずなのに、日本史の担当の担任教師が教壇に立った。
私だけでなくクラスのみんなが不思議そうに担任を見た。
白髪だらけの中年の男性。いつものように表情が全く無い。
「あー、授業の前にみんなに伝えなければならない事があります。少しの時間をください。あー、突然の事なのですが、本日、うちのクラスに転校生がやって来ることになりました。あー、みなさん、仲良くしてあげてください。あー、それでは、田権さん入ってきてください」
みんなの目が担任の視線を追って教室の入り口へ向いた。
転校生?
ゴールデンウィークも終わったこの時期に?
どうして四月の頭から来なかったんだろう?
急な転校だったのかな?
手続きが間に合わなかったのかも。
いろんな事を考えながら待っていると田権と呼ばれた少女が入ってきた。
音もなく、静かに、のっそりと。
背が低く、酷い猫背で、伸ばし放題の髪は目をおおっている。
鼻は低く、二本の前歯が飛び出してネズミのようだった。
田権さんは教壇の横に立つと、「キヒヒヒヒヒ」と声を出した。
髪の合間からギョロりとした目が見える。
その目に私たちは言葉を失った。
「田権エイリです。よろしくお願いします」
ねめつけるようにクラスを見渡した田権さんは、
また「キヒヒヒヒ」と笑った。
人を不快にさせるような醜い笑顔だった。
「あー、というわけで今日から田権さんは同じクラスで授業を受けます。あー、色々と知りたいことがあるとは思いますが。あー、時間が無いので、質問などがあれば休み時間にでも田権さんからお聞きください。あー、では私はこれで失礼します」
担任は事務的に話を終わらせると
「あー、田権さんの席は一番後ろの空いている席です。あー、あの窓の方の席ですね。あー、ではでは」
と田権さんに言い残してクラスから出ていった。
それと入れ替わりに古文の女教師が入ってくる。
そして田権さんは私の横の席に座った。
「よろしくお願いします。田権エイリです。キヒヒヒヒ」
近くで見る田権さんはより不気味だった。
人の心を覗き込もうとしているように下から見上げてくるのも不気味だったし、
つり上がった口角がひくひくと震えているのも不気味だった。
さらに臭い。
線香のような草を焼いたようななんとも言えない妙な臭い。
「よろしく。倉府愛です」
動揺を悟られないように挨拶したけど、うまく笑えているのかはわからない。
前髪の奥にある田権さんの小さな黒目が私の目をとらえて離さなかった。
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