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第十八章


バカでかい魔方陣を描くのは骨が折れた。

とは言え、描いたのは田権さんで、私は最強の魔女の眠る校庭で一人になりたくなかったから、自発的に田権さんの後を追っていただけなんだけど。


それでも三百メートル近い距離を行ったり来たりしていたせいで足がだるい。

いつもは余裕の田権さんも体力はあまり無いらしく、私たちは校庭の隅にある朝礼台の上でぐったりしながら学校で食べるはずだった弁当を広げていた。


「田権さん、お疲れさま」

私は水筒のお茶を紙コップに注いで田権さんに差し出す。

田権さんは「ありがとうございます」と返事してそれを受け取った。


「ありがとうはこっちの台詞だよ。田権さんは私のためじゃないって言うけど、それで私が助かるのは事実なんだし」

言って弁当の玉子焼きを食べる。

ウチのはしょっぱい系。

疲れた体にちょうどいい。


田権さんの弁当を見てみた。

いつものように色とりどりの豪華なお弁当。


「そのすごい弁当、お母さんが毎日作ってるの?」


「違いますよ。母は今、イギリスにいますので」


「じゃあ自分で作ってるの?」


「いいえ。兄です」


「お兄さんが?凄い」


「兄は健康にうるさいので栄養管理も厳しいんです。私もたまにはコンビニやファーストフードのような食事がしたいのですけどね」


「へえ。…あの、そのタコの足の煮てある奴さ、いつも美味しそうだな~って見てたんだ。お願い!食べさせて!」

煮物好きの私にとって毎日それは、まるで宝石のように輝いていた。

何度、下さいとお願いしようと思ったか。

けれど友達でもない関係だと断られるかも知れないと考えてしまい、なかなか言い出せず今日まで来てしまったんだ。


「はあ、構いませんけど」

呆気あっけな!

こんな簡単にもらえるなら早く言えば良かった!


「ほんと?ありがとう!じゃあ私の弁当からも好きなの取って」

私はおかずの入った箱を田権さんに出した。


田権さんはじっと見て「どれでも良いんですか?」と聞いてくる。


からあげは勘弁して欲しいなと思いながらも「もちろん」と答えると

残っていた玉子焼きを取って口へ運んだ。


「しょっぱい」


「ごめん。口に合わなかった?」


「いいえ。美味しいです」

田権さんは顔を歪ませて笑う。

ほっと安心して私もタコの煮物を口に入れると、田権さんが言葉を続けた。


「私、人とお弁当のおかずを交換するの初めてです」


「え?そうなの?」

私はタコに深く染みた味に感動しつつ田権さんを見た。


「普通、子供の時にやるじゃん。遠足とかで」


「そうなんですか?私は海外で育ちましたし人見知りでおとなしい性格なもので友だちが作れなかったんです。だから、今のこの状況に少しだけ戸惑いつつ、なかなか良いもんだなぁ、と思ったりしてます」


いやいやいや。佇まいは静かだけど、結構グイグイ来るし、性格も攻撃的な所があるような気がするぞ。

でも、私もそう言われると悪い気がしない。

背後の校舎に幽霊がウジャウジャといる異常な状況だけど、田権さんが横にいることで心が落ち着いてる。


そこで私は初めて、田権さんを転校生として見ながら会話した。

ここに来る前はイギリスに住んでいたこと。

この街にはお兄さんと二人でやって来たこと。

二年前にお父さんを亡くしていること。

普通なら転校してすぐに知れたであろう話をいくつも聞いたし、平々凡々な我が家のことも聞いてもらった。

田権さんはいつものように「キヒヒヒヒ」と笑って、

私も「あはは」と笑った。


「私たちって結構、ウマが合うのかもね。今度、田権さんの家に泊まりに行っちゃおうかな?」

半分冗談、半分本気で言った。


「今度、と言うか今日は泊まってもらいますけど」


「ええ?なんで?」


「だって明日の儀式までは倉府さんから目を離すわけにはいかないでしょう?」


「あっ、そうだった。じゃあ泊まりに行かなきゃ。…私たち、友達だね」


「友達……?本当に私と友達になってくれるんですか?」


「あたりまえじゃん!」


「私、初めて友達ができました」

田権さんが頬を赤くしてはにかむように笑った。

その笑顔は初めて見る笑顔で、とても可愛いと思った。


カチカチカチカチカチ。


静かな時間の中で突然起きた音にびっくりして辺りを探る。

田権さんの鞄に付いている米良人形がさっきよりも激しく震えだして音を立てていた。


「あらぁ、こんな所でピクニック?凄ーい」


背後に人の気配を感じて振り向く。

朝礼台の側にいたのは朝、駅で会った少女。

おそらく、と言うか確実にこの女が魔女のテクトゥだ。


私たちは弁当を置くと、すぐに朝礼台から降りて距離を取った。


「あれ?エイリちゃん?」

テクトゥは田権さんを見つけて言った。


「テクトゥさん、お久しぶりです。儀式の日にちは明日でしょう?どうしてここに?」


「私が印をつけたそっちの子がどこか遠くへ逃げていないか場所を探っていたら、なんとミダガーラ・ヴェライムの眠るここにいるじゃない。これは何事かとやって来たの。でもあなたたちが知り合いだったとはね。それならここにいても何もおかしくないわよね」


テクトゥは朝礼台へ上がって田権さんを見下ろす。

「私の儀式を邪魔しようって言うの?」


「テクトゥさんの答えにもよります。あなたはどうしてもミダガーラ・ヴェライムの魔力の核を手に入れようとするんですか?」


「もちろん」


「だったら邪魔をしなければいけません」


「エイリちゃん。そんなに怖い顔しないで。エイリちゃんやエイリちゃんのお母さんは、私がミダガーラ・ヴェライムの魔力の核を手に入れるのを快く思っていないようだけど、私が力を手に入れてもあなたたちにはなんの影響もないのよ」


「そうとは思えませんが」


「どうして?私はただ現状か嫌なだけ。ねえ、何故、私たち魔女は隠れてひっそりと生きなければならないの?」


「それは魔力を使う私たちが圧倒的なマイノリティだからです」


「そう!持っている知識にしても、魔力を使える事にしても、私たちは普通の人間よりも遥かに優れている。なのに!マイノリティであるからその力を妬み恐れられ迫害の対象となりひっそりと力を隠しながら生きていかなきゃならない!程度の低い普通の人間たちの目を気にして生きていくなんて、そんなの疲れるでしょ?だから私はミダガーラ・ヴェライムの力を頂く。何も世界を征服しようだなんて考えないし、エイリちゃんや他の魔女に危害を加える気もない。私は自分らしく堂々と生きて、それを良しとしない連中を黙らせる力が欲しいだけ」


「ですが、黙らせるときにはミダガーラ・ヴェライムの力を使うわけですよね?だったら人はそれ相応の武力で応戦してきますよ」


「だからミダガーラ・ヴェライムの魔力が必要なのよ。言ったように世界征服なんてものには興味が無い。だけどミダガーラ・ヴェライムの力があれば大国の軍隊のトップを操る事も不可能じゃない。そうなれば誰も私に逆らえないじゃない」


「そして逆らうものは全て力でおさえつけるわけですか?」


「それが人類の歴史でしょ?自分がやるのは良くてやられるのはダメなんて子供みたいな理屈、口にさせないわ」


テクトゥは厳しい目で田権さんを見下みおろす。

いや、見下みくだす。


「それでもあなたにはミダガーラ・ヴェライムの力は渡せません。あなたが魔女に牙をかない確証かくしょうもありませんし」


「はぁ。まったく。エイリちゃんも結局はあの人の娘だもんね。頭の固さは親譲りか…」


まるでこの場に私がいないかのように話が続けられていることに憤りを覚えて一歩前に出た。


「さっきから、あんたは自分の事だけ考えて話してるけどさ!あんたがその凄い魔女の力を得るために私の命が犠牲になることに関しては胸が傷まないわけ?」


するとテクトゥの目がようやくこちらに向いた。

が、それは虫でも見るような冷ややかなものだった。


「魔女の命と低俗な人間の命が平等だとでも思ってるの?」

その言葉に息を飲んだ。

私を命だと見ていない。

初めて会った時、田権さんがしていた目。


「それに儀式に必要なのは命じゃなくお前の血だ。その量ゆえに死ぬかもしれないが運が良ければ生きていられる」


「そんな一か八かに付き合ってらんないよ!血が必要なら病院にでも行って輸血用の血でも取ってきてよ!」


「その輸血用の血の提供者が心の清い者だと分かるのなら、そうも出来ただろうけど、残念ながら確かめるすべがないの」


テクトゥは右手に杖を持っている。

田権さんもいつの間にか持っていた。


「テクトゥさん、もう一度だけ聞きます。ミダガーラ・ヴェライムの力は諦めて貰えませんか?」


「エイリちゃん。諦めないと言ったらあなたはどうするつもりなの?」

テクトゥが聞くと、田権さんの杖の先が輝いた。


「ふぅ。エイリちゃん。あなたがお母さんから受け継いだ魔力はとんでもない物よ。私の魔力なんて及ばないぐらい強大な魔力」

そう言うテクトゥの杖の先も輝く。


「だけどね、あなたはまだ若い。その力の半分も引き出せていない。今なら私の方が遥かに勝る!」


テクトゥの杖の先から白い光が飛んで田権さんを狙う。

田権さんはそれをギリギリでかわすと、杖を振った。

すると同じように白い光が飛ぶが、テクトゥはそれを杖で軽々と払った。


「エイリちゃんは、今の自分の力で私を抑え込めると考えていたでしょ?でもそれは当然なの。だって私、エイリちゃんのお母さんと過ごしてた頃は、自分の魔力をずっと隠していたんだもの」

テクトゥは天へ杖を向ける。

テクトゥの頭上の空間が歪んでいる。

何かとてつもなく凄いことが起きるのは分かる。


「何か言い残すことはある?」

テクトゥは不適に笑いながら田権さんに言った。


田権さんはいつもの笑みで「実年齢は九〇歳を越えてますよね?どうしてそんな幼い格好をしているんですか?」と口にした。


さすが田権さんだ。

天然なのか計算なのかはわからないけど、相手への挑発がうまい。


そしてこの軽口が出てるって事は余裕があるって事。

実際、テクトゥの額には青い筋が走っている。


「最後に一言言っておくけど、私はあなたとあなたのお母さんに一度として心を許したことがないから。それじゃ、さよなら」

テクトゥが杖を振ったと同時に凄い風が吹いた。


米良の起こした風なんて比にならないレベルの重圧を感じる風!

私は地面を転がりながら田権さんに目をやった。

でも、そこにはもう田権さんはいない。

バチバチと体に当たる砂や小石から目を守るように、目を細めて田権さんを探した。


「灰褐色の龍よ。食い千切れ。ハミシーグレイル!」


テクトゥの声と共に風がうなって、砂ぼこりが電車並の太さの龍の姿となって飛んでいく!

つられるように目をやると、校庭の端の方、上空に枯れ葉のように舞う小柄な人影が。


田権さんだ!


龍は長く伸びた巨体を回転させながら何の迷いもなく田権さんを目指している!


「逃げてー!」と叫んでもゴウゴウと唸る風にかき消された。


そして、龍は田権さんに噛みついた。


だけど、大丈夫! きっと大丈夫!

米良の時みたいに、あれはきっと田権さんが魔法で姿を変えさせたカラスか何かに違いない!

だから…。


私は何かが起きるのを期待した。

が、龍は何度も口を動かして田権さんを飲み込むと、そのまま遠くへと飛び去っていった。


辺りの風が止む。

朝礼台に立つテクトゥは笑っている。


「本当はこんなことしたくなかったのにな。エイリちゃんが悪いんだよ」


「田権さんはどうなったの?」


「体がすり潰されたか、バラバラになったか、上空から落とされたか、いづれにせよ生きちゃいないわ」


テクトゥはぴょんと朝礼台から降りると田権さんのカバンを拾い、付いている米良人形に

「連絡が途絶えたと思ったら人形にされてたのか。ま、使えなかったからどうでもいいけど」

とカバンを捨てた。


「なんか腹立つ」

そう。 怒りが沸いた。


私は立ち上がるとテクトゥを睨んだ。


「自分以外はどうなっても良いって態度が本当に腹立つ!」


「あら、さすがは私が認めた清い心の持ち主。だけどバカね。自分以外、どうなっても良いでしょう?」


「良いわけないでしょ!友だちをひどい目に遭わされて大人しくしていられるか!」


暴力で解決しようと思ったのは人生で初めて。

私はテクトゥへ向かって走ると、握り固めたこぶしでその顔を狙った。


「声が耳障りね」

テクトゥが杖を振ると、平衡感覚を失い、私は地面に倒れこんだ。

起き上がろうとしてもどっちが上か下かも、右も左もわからない。


「道具に意思は必要ない」

上か下か? 前か後ろか?

どこからともなくテクトゥが近づいてきて、ぼんやり光る杖の先端を私の額に付けた。


すると体の奥から震えが止まらなくなって体に力が入る!

体の中心に向かって血管が、筋肉が、脂肪が、内蔵が引っ張られる!

まるで体の中にブラックホールが出来て吸い込まれるみたい!


「ああぁぁぁあーっ!」

叫んだのは自分の手が見えたから。


ミイラのようにカサカサになってしぼんで、骨と皮だけになると、そこからさらに縮んでいった。


覚えがある。 米良だ!

私は今、米良のように人形にされている!


「助けて!」と叫ぶ前に私の喉は機能を失った。


そして体はまったく動かない。

目は見える。

青い空がいつもより遠くて高い。

そこへ現れる私を見下ろす巨人のようなテクトゥ。


大きな手がやって来て私の体を握ると持ち上げられた。

「明日の儀式の時、人間に戻してあげるね」


殴ってやりたかった。

それが出来なくてもののしってやりたかった。

けれども私は何も出来ない。


恐らく人形になった米良のように、

能面のような感情のない表情で、

前を見つめているだけなんだろう。





面白い、続きが読みたい、

面白くなくても読んでやろうという心の優しい方、

哀れな作家を助けると思って是非とも登録や評価をお願いします!

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