第十七章
ファミレスを出た私たちは街を歩く。
なんだか街の空気が淀んでいるように感じるのは、何とかって言うヤバい魔女の魔素とやらが漂っているのを田権さんから聞いたからなのかな?
それともひっきりなしに聞こえるパトカーや救急車のサイレンの音のせいなのかな?
「街の人が次々に意識を失って倒れてるのって、私の手に印を付けた魔女が何かしてるの?」
「そうでしょうね。私が思うに人払いですよ。明日の儀式に人の邪魔が入ると面倒でしょ?ですから普通の人にとっては原因のわからない事態を引き起こしてしばらくの間、街へ出歩くのを控えさせようって魂胆じゃないでしょうか?」
「そっか。確かに意識を失って倒れる人が続出してるのにその原因がわからないとなると、まともな人なら不気味で家にこもるもんね」
「まぁ、そっちの方が私もやり易くて助かりますけど」
「けど、魔力の核を狙って街へ来てる魔女って一人だけなのかな?そんなに凄い力が手に入るんならたくさんやって来る気がするんだけど?」
「一人で間違いありません。さっきも言ったようにこの地にミダガーラ・ヴェライムの遺体が眠っているのを見つけたのは私の母なんです。そしてその事を知っているのは母と私と兄、あとは母の研究を手伝っていたテクトゥという名の魔女だけなんです。母は私を生んだことですでに魔力を失っていますし、兄も魔力を持ちません。私はそもそもミダガーラ・ヴェライムの力に興味がありません。だったら残るのは一人、テクトゥさんだけです」
「けど仲間がいるかも」
「それはないでしょう。仲間なんていたら裏切られて魔力の核を奪われるかも知れないじゃないですか。魔女と言うのは用心深いんですよ」
「田権さんはテクトゥに勝てる?」
田権さんの表情から感情を逃すまいと見た。
「勝てます」
魔女は用心深い。 半面、自信家だ。
けれど、今、この時の堂々とした態度は心の支えになる。
「ところで、今はどこに向かっているの?」
私は何となく田権さんに合わせて歩いてるんだけど、町並みに見覚えがない。
なんとも廃れた人気の無い商店街を抜けて、これまた人の気配がない手入れのされていない古びた家の並ぶ住宅街を進んでいる。
「八八重西部小学校です」
私は驚いて足を止める。
「八八重西部小学校って、あの八八重西部小学校?」
「ご存知でしたか」
「ご存知でしたか、じゃないっしょ!八八重西部小学校っつったらこの街、最強の心霊スポットじゃん!」
ネットでも騒がれて他県からも人がやって来るという超有名な廃校。
真夜中なのに小さな女の子が走り回っていたとか、
首の無い着物姿の人間が歩いていたとか、
教師らしき男が屋上から飛び下り続けているのを見たとか、
色んな話を耳にしたことがある。
「な、なな、なななななんでそんなとこ行くのぉ?」
「そこにミダガーラ・ヴェライムが埋められたからです」
「へ?」
「つまりテクトゥさんが儀式を行う場所になるんです。だったら先に手を打っておけばいいわけですよ」
田権さんはスタスタ歩くので、私は早足で横に並んだ。
「そ、そうなんだ。だったら行かなきゃ仕方ないよね…。…だけど気持ち悪いなぁ。進むごとに嫌な気持ちになる」
「八八重西部小学校に近づくにつれ魔素が濃くなっているからでしょう。私は見えませんが、米良さんの目には先が霞むぐらいの魔素の靄がかかっているんじゃ無いでしょうか?」
田権さんは自分の鞄の横にストラップのように付いている人形になった米良を見せて「キヒヒヒヒ」と笑った。
よく見てみると米良人形の全身がブルブルと震えている。
表情は変わらないのではっきりとは言えないけど、辺りの魔素に怯えてるのかも知れない。
「昔からここらの土地では不幸な出来事がよく起こり、不吉な土地として人が寄りつかなかったらしいんです。ですが数十年ぐらい前から不幸な事件事故は迷信だとされ、都市開発が始まったんだそうです」
「だけど迷信じゃなかった」
「はい。地中から溢れる魔素が影響したんでしょう。ここ数年で再びこの地には人が寄り付かなくなったらしいです」
そんな場所を歩いてるのか…。
そしてその元凶たる場所へ向かうのか…。
空は青々と晴れているのにまるで異世界を歩いているみたいだ。
人を感じられない街がこんなにも不気味だなんて初めて知った。
田権さんと会話することもなく歩くこと10分、とある角を曲がると大きな建物が見えた。
「あれの様ですね」
スマホと建物を見比べながら田権さんが言う。
それはつまり、あの建物が我が町の最強心霊スポット、八八重西部小学校。
行きたくはないけど一人になるのも怖いので、
なんの躊躇もなく進む田権さんの後ろにピッタリと付いていく。
学校はどんどんと近づいてくる。
落書きなんかはあるけど、建物自体は心霊スポットだと思えないほどキレイだ。
例えば校門。
鉄柵には錆びてる場所がないし、塀も欠けてるとこが見つけられない。
私たちは鉄柵のほんの少し空いてる隙間から学校の敷地内へ入った。
正面に入り口があるのに田権さんはあらぬ方へ向かう。
「学校に入らないの?」
「はい。ミダガーラ・ヴェライムが埋められたのはどうやらグラウンドらしいので」
その言葉に胸を撫で下ろした。
心霊スポットを目の当たりにしているだけでも怖いのに中へ入るなんて確実に私のHPが減る。
私の決め細やかでデリケートな神経では耐えられず発狂しちゃう可能性だってある。
そう考えて、正面玄関を見た。
横に広い入り口のドアは一番左の物を残して全て地面に倒れている。
その奥に見える生徒用の下駄箱。
そして白い顔の女の子…。……。……。女の子!?
肌が粟立って、全身の毛が逆立った!
「田権さん!あれ!」
田権さんの小さな背中にしがみついて玄関の方を指した。
田権さんはチラッと見て「幽霊ですね」とそっけなく言うとまた歩く。
「いやいやいや!幽霊ですけど!リアクション薄っ!怖くないの?」
「危害も加えてこないのに幽霊の何が怖いんですか?そこに魂がいるだけでしょう?」
「いや、でも」
「ちなみに上の窓からも覗かれてますよ」
「上の窓?」
教えてもらわなければ良かった。
田権さんの言葉につられて上を向いたそこには時代背景の違う格好をした数えきれないほどの人たちが無表情で窓越しに私たちを見ていた。
「あばばばば」とわけのわからない言葉を漏らしてしまった私は田権さんの背中に顔を埋めて回りを見ないように進む。
見る角度によれば田権さんはケンタウルスのように見えただろう。
「やはり、テクトゥさんはすでにこの場所を見つけていたようですね」
田権さんが動きを止めたので、私は覚悟を決めて田権さんの肩越しに前を見た。グラウンドの真ん中に高さ一メートル程の真っ黒な杭が打ち込まれていてる。
「すでに儀式のための魔方陣が描かれています」
杭に近づいていくと地面に何やら読めない文字と模様が刻まれている。
辺りを見渡すと、杭を中心として五メートル程離れた位置にも等間隔の距離を取って六つ描かれていた。
「田権さん。ひょっとして、その杭って…」
「はい。この下にミダガーラ・ヴェライムの遺体が埋められたんです」
何となくそう思っていたのに、田権さんにハッキリと言われるとその地面から恐ろしいくらいの迫力を感じた。
今にも地面が盛り上がってきて巨人が現れるんじゃないか?って言うような恐ろしいプレッシャー。
なのに田権さんはやはりテクテクと歩いていって杭に触る。
こいつには恐ろしいと言う感情が無いのか? 扁桃体がぶっ壊れちゃってんのかも。
「田権さん。この地面の図形を消しちゃったら儀式を潰せるってこと?」
私は怖くて杭には近づけないので少し離れて聞いてみた。
「そうなんですけど、これは魔力を込められて描かれていますので鍬で穴を掘ってもペンキで上から塗りつぶしても意味がありません。より強い魔力で削るか本人が消すかです」
「大丈夫なの?この図形、田権さんの魔力で消せる?」
「それは問題ありません。ですが今消したとしても明日の儀式までにまた描かれてしまっては意味がありません。それに相手を警戒させることになるかも知れませんから」
「じゃあ、どうすんの?何か手を打つためにここへ来たんでしょ?」
私の命がかかっているんだから、しっかりとしてもらわないと困る。
「魔方陣の強さと言うのは、大きさに比例するんです。正確な図形でないと効果を発揮しないので巨大になればなるほど難しくなるのですが、テクトゥさんの描いたこの魔方陣を無効化するために、これを越える大きな魔方陣を描きます」
「なるほど!杭から十メートルぐらいのを描いちゃえばこっちの魔方陣が勝つんだ!」
「何を言ってるんですか?十メートルぐらいだとテクトゥさんに見つかってさらに大きな魔方陣を描かれておしまいですよ」
「じゃあ、どれぐらいのを描くの?」
「最低でも小学校の敷地から外に出ていないとテクトゥさんにバレちゃうでしょう。二、三百メートル。これぐらいのを描いちゃいましょうか」
「二、三百~!そんな大きなのを正確に描けるの?」
私は少しだけ心配して聞いた。
だけどほんの少しだけだ。
田権さんと出会ってまだ日は浅いけど、返ってくる言葉は何となく分かるからだ。
「はい。描けます」
ほらね、思った通り。
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