第一章
高校生の日常と言うものがどのような物かはわからない。
漫画やドラマにあるような退屈な授業に眠い目をこすり、
休み時間には冗談を言い合って、
放課後には初めて出来た恋人とぎこちなく町を歩き、
家に帰ればおいしい夕食が用意されていて、
食後には暖かいお風呂につかって一日の疲れを取る。
友達と電話しながら宿題をして、
あいつがあーだ、こいつがこーだと愚痴をこぼし、
そして、寝る。
こんな感じだろうか? 高校生の日常とは。
それともみんながみんな、私のように苦しみに堪え忍んでいるのだろうか?
だとしたら私は救われる。
そんな事を考えていた。
「話、聞いてんのかよっ!」
空き缶が飛んできて私の足元ではねた。
しまったと顔をあげると、笹原がやって来て私の髪の毛をつかみ、手前に引っ張った。
頭皮に強い痛みが走って顔がゆがむ。
「おい!倉府!何をボーッとしてんだ?」
笹原のキツい香水の臭いが鼻につく。けれど私は嫌な顔を見せない。
卑屈そうに笑って「ごめんなさい」と口にした。
「だったら早く金を出せよ」
笹原が鋭い目をつり上げて言った。
そこに浦木もやって来て私の肩に手をまわす。
「ウチらさぁ、お前みたいに暇じゃないのよ。わかる?これから八百高の男子と遊びに行くの。だから」
浦木は「金、貸して」と手を差し出した。
「で、でも前に貸したお金をまだ返してもらって…」
「今度、返すからさー!」
笹原が私の足を蹴る。ここは学校から少し離れた人気のない駐車場。辺りを見まわしても誰かが助けてくれる気配はない。
「ごめんなさい。今日は持ってなくて」
「財布見せろ」
浦木が後ろに置かれていた私のリュック鞄を拾い、
ジッパーを開けると中の物を地面にばらまくように出した。
そして入学祝にお母さんに買ってもらったピンクの財布を見つける。
「クソダッセー財布 小学生かよ」
浦木は中を見た。
「こいつ、マジで持ってねーよ。千五百円しかねぇぞ」
「はあ?」
笹原は「ぺっ」と私のスカートにつばを吐き捨てると「金作ってこい」と睨み付けた。
「え?」
「え? じゃねーよ。まだ学校に部活してる連中いんだろ? キスさせたり胸もませたりして金を作ってこい、っつってんの」
頭の奥がジンジンとして目の前が暗くなる。
どうして私が? 金が欲しいなら自分でやってこいよ。そう言ってやりたかった。
こいつらは本当にむかつく。だけど、後ろに街で有名な不良がついてるのを知ってるから逆らえない。
逆らえないけど…。
「ごめんなさい」
「は?」
「出来ません。許してください」
頭を下げると涙があふれた。目頭から流れた生暖かい液体が鼻先まで筋を作って、そこからぽつりぽつりとアスファルトへ落ちて黒いしみを作った。
「こいつ泣いてんじゃん!おいおい、高校生にもなって泣くなよぉ。みじめなヤツ」
笹原は嬉しそうな声で言った。
「浦木、どうする?」
「もう行こう。付き合ってらんねーわ」
浦木は落ちている私の教科書を踏みつけた。
「倉府、泣いて逃げようなんて、お前は卑怯なヤツだな。罰として明日、二万持ってこいよ。持って来なかったら、米良君に話を持っていくから」
心臓がドクンと跳ねた。米良和馬、こいつらの後ろについている最悪の不良。見たことはないけど、そのひどい噂は同年代の人間ならみんなが知っている。
「あちゃー。浦木があー言ってるから。二万用意してこいよ。米良君に孕まされるよりはマシだろ?」
笹原は私の肩をポンと叩いて、去っていく。
二人が去った後、私は不安に暴れる心臓を抑えながら落ちているものをリュック鞄へ戻した。
涙は絶えずこぼれ落ちた。
どうしようもできない自分の境遇を呪う。
何故、あんな連中と同じ年に生まれたのか?
何故、あんな連中と同じ地域に生まれたのか?
何故、私の人生とあんな連中の人生が交わってしまったのか?
「神様なんて死んでしまえ」
簡単にそう呟けるほど私の心はこの世を呪っていた。
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