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7話 はじめまして

「なんで、殺さないといけないの?」

「お前を殺そうとするからだ」

「じゃあ、僕のことを殺さなさそうだったら、殺さなくても良い?」

「だめだ」

「なんで?」

「そいつは殺さなさそうなだけで、必ずお前のことを殺してくるからだ」

「ふーん」

「めんどくせえことごちゃごちゃ考えてないでお前は目の前の人間のここに向かって引き金を引きゃいいんだよ、簡単だろ?」

記憶の中のその大きな手は、形作られた先で円を描き、自らの上半身を示す。

だけど、それで僕は納得なんてできなくて。

「……じゃあさなんでおじさんは僕のことを殺さなかったの?」

「は?」

「おかしいよね、僕はあの時、銃をもっていたんだよ」

「……」

「おじさん?」

いつもはおじさんなんて呼んだら、拳が飛んでくるのに。

その時はただ僕を見て。その顔は、いつもの顔じゃなくて。

「……それは俺が強いからだ」

「強い?」

「ああ、たとえ、俺が飯を食ってても、クソをしていても、寝ていたとしても、お前が俺を殺す前に俺はお前のことを殺すことができる、だから今殺す必要がない」

「難しくて何言ってるかわかんない」

「要するにだ、俺はめちゃくちゃ強いからお前を殺さなくていいってことだ」

「ってことは僕がめちゃくちゃ強くなったら誰も殺さなくても良い?」

間髪を入れずに僕はそう問う。

そして。

「そうだな、だから強くなれよ、誰よりもな」

それはあまりにもあっさりで、これまでの攻防が嘘のように、僕のささやかな抵抗は実を結んだ。

それが初めて、彼から人を殺さなくて良い方法を引き出した瞬間だった。

それ以来、俺は人を殺さなくて済むような”強さ”を、ずっと求めている。


「おはよう」

「ああ、おはよう」

「気分はどう?」

「別に、普通かな」

「そう……」

「俺、思い出したよ」

「……どこまで?」

「俺とお前が初めて出会った時のことだよ」

「初めて?」

「いや、それは俺目線の話だからお前はわからないかもしれないけどさ、つまり、俺が目を覚まして、初めてお前を見たとき、俺は後頭部をめちゃくちゃに殴られたんだ、殴られたと思っていたんだ」

「……あ」

「あの時もお前はこうして、俺に膝枕をしてくれてたんだろ」

微かに覚えていた温もりにいまさらになって気づく。

お前はあの時から俺を殺す気なんてなかったんだな。

「そう、だったわね」

不意を突かれたようなそんな返事。

あまり面と向かって言うことでもなかったか、一瞬そう思ったが俺の口は止まらない。

「それで俺が目を覚ましたことに驚いて、お前は慌てて立ち上がった、そして、膝から滑り落ちた俺の後頭部は床に打ち付けられた、ドゴって感じでな」

「……それだけ?」

「それだけって、俺あの時めちゃくちゃ痛かったんだけ――」

「他に思い出したことはないの?」

被せる様に彼女から繰り出されたのは謝罪の言葉ではなかった。

そんなことはどうでも良いと、そう透けた口調に俺は追及を止める。

するとそれはすぐに思い当たった。

「そう言えば……」

「うん」

「俺、お前のことを神だと証明できるって場所に向かって、あの地下鉄みたいな通路を歩いてて、そしてお前に目隠しをされて……でもそこから先が思い出せない、俺はいつこの部屋に戻ってきたんだ?」

「本当に思い出せない?」

「ああ、さっぱりだ」

「そう」

「何かあったのか?」

「別に、何もなかったわ」

「……何もなかった?」

「ええ」

「俺が記憶を失っているのに?」

「うん」

「随分とあっさりしてるな」

「本当に何もなかったのよ、あなたに説明できるようなことは何もね、だから――」

そう行って彼女は俺の手を取った。

「やり直しましょう、証明を」

宣誓と共にしかと握られた、彼女の純白のヴェール。

だけど、握らせたのは彼女で、握っているのは俺だった。

「……剥がせっていうのか、お前の化けの皮を」

「ええ、そうよ」

「それはこの部屋でだってできてしまう証明だと思うんだけど」

「そうね、だからこれは神の証明ではない」

「じゃあ、何を――」

「手を引けば、それで全てがわかるわ」

 制するのは声音、彼女の意思が俺の躊躇を消し去る。

「……わかった」

彼女を覆う白布、不思議なことだが今初めて、俺はその中身に興味をもった。

ぐっと握らされた右手に力を籠める。

そして――

「いくぞ!」

掛け声と共にその布を――

「優しくしてね……」

カチンと手が凍り付く。

「……ああ、やさしくな、これでお前の言う証明がわかるんだもんな、じゃあ改めて……いくぞ!」

「うぅ……」

「なあその反応やめてくれる?」

小さく身をよじり吐息を漏らす彼女。

「なんか、すげー悪いことしてるみたいなんだけど」

「だって、今までずっとこの感じだったのに今更姿を見せるのはちょっと抵抗が……思った感じと違ったら困るし」

「思った感じ?」

「ほら、初対面の時にマスク姿で会ったせいで外した時に思ってた感じの顔とちょっと違うみたいな、それで接し方もちょっと変わっちゃうみたいな」

「あー、確かに俺もこの前地下で偶然同僚と出会って行動を共にした時、お互いマスク越しでさ、ずっとため口で喋ってたけどいざ地上に出てお互いにマスクを取ったら相手がものすごい髭面のおっさんだったことがあったな、そのおっさん、声が若くて新入りだと思ったんだよ、でも俺、その後もため口で喋り続けたぜ、おっさんもなんか嬉しそうだったしな」

「それは……全然レベルが違う話だけど」

「え?」

「まあでも私から言い出したことだからね、なにも気にしないでどーんとはがしなさい!」

ぽんと胸を叩きながら、彼女は頼もしい返事を返す。

「言いたいことは山ほどあるがまあいいや……じゃあこんどこそ、本当にいくぞ!」

「ええ、女の子の着ている物を剥ぐことに罪悪感なんて感じなくていいんだから」

「それは口にだすなぁ!」

だがこんどこそと、力を込めた俺の腕はもう止められなかった。それは断じて心の奥底にある邪にOKがでたからじゃないぞと俺は目の前の自称神に言い訳をしようとして。

息を吸い込んだ。

そして、息を呑む。

あっけなく彼女を離れた白布は俺の手からも離れて、平坦に床に落ちた。

「……やっぱり、恥ずかしいね」

呑み込ませたのは彼女の瞳。

「まだ私は君の名前も知らないから」

まっすぐに光る銀の瞳。

「だから、改めまして……初めまして!」

人間には手が届かず、必要ともしなかったその瞳は下位の存在へと受け渡された。

それは、紛れもない証明だ。

「私の名前はテラ、あなたの……名前は?」

俺に向かって手を差し出す少女は。

それは、アンドロイドだった。

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