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5話 神様証明ロード

「なあ、思ったんだけどさ」

「うん」

「これ、もうお前を担ぐ必要ないよな」

既に両足共が地面から離れる時間は皆無で、片足を上げることすらやめて俺は立ち止まる。

「奇遇ね、私もそう思っていたところよ」

「だよな」

俺はゆっくりと粗略の両立した動作で彼女を目の前に立たせた。

「ん」

彼女の前ならえのように突き出された両手の思惑通り、俺は膝をついて背中を見せた。

するとすぐにぽすっと背に重みがかかる。

彼女の足の下に両腕を通す。時を同じくして彼女は俺の首にその細い腕を回した。

これなら締め殺される心配はない、そう思った。

「こっちの方が百倍楽ね、ピギーバックが人を運ぶ方法で筆頭に浮かぶのも当然だわ」

「それ、こっちのセリフなんだけど」

「だってあなた持ち方が雑なのよ、後少しで私の体が真っ二つになるところだった!」

「へいへい」

「あぁ、体重を一点に支えていた私のおへそがいたいー」

それはお前がじたばた暴れたからだろ。

その突っ込みをぐっと飲みこむ。

こっちの自制なんて露知らず、なおもぼやき続ける彼女。

それは今、俺が踏みしめているこの通路に反響する。

あの灰色の部屋から飛び出したその先、神を証明する場所に通じるというその道筋。

もちろん、見覚えのある場所ではなかった。

強いて言えばそこは放棄都市の地下鉄と呼ばれる場所に似ていた。

地面に線路こそないが、等間隔に設置された明かりと天井を這うケーブル。

そして窓一つなく四方を囲まれたその通路は、ゆえにそれが無限に続くのではないかと思わせる。

なによりその息の詰まる不安がよく似ていた。

だが、それも強いて言えば、だ。

この通路と地下鉄は決して同じカテゴライズではない。

その理由は放棄都市における地下鉄の役割にある。

文明拾いにとって比較的狭く、そして複雑に入り組む地下鉄は大型自立戦闘機体から逃れることのできる数少ない退避場所の一つだ。

そこと対比をして、まず浮かんだのはここに逃げ込めばすぐに死ぬだろうという感想だった。

「いたいーいたいーたいたいー」

そんなことを思っているとワンテンポ遅れて壁に反射した彼女のぼやきは耳に到達する。

肩口で行きと帰りをミックスしたぼやきは最悪に調和していて、俺は早急に話題を変えなければいけなかった。

だが幸い議題は目の前にある。

「それにしてもさ、神ってのはやっぱりすごい場所に住んでるんだな」

「そりゃそうでしょう、だって――」

「神だから」

「ちょっと横取りしないでよ」

「こんだけ聞いてればしたくもなるだろ……あとそれ、答えになってないぞ」

口調とは裏腹に額にはじっとりとした汗が伝う。

少し前から俺に瞬きすら許さないそれは、やはり背の神には無縁の代物に見えた。

「“汝平和を欲さば、戦への備えをせよ”」

「慢性的な平和への警句ね、いきなりどうしたのよ?」

「いや、神も武装は怠らないんだなって思ってさ」

どういうことよ、と間髪入れずに飛んできた疑問符はセオリー通り通路に小さく反響する。

そして目の前に鎮座している鉄の塊へと吸い込まれた。

重心の低くずんぐりとした体躯にややアンバランスに感じるほど巨大な砲塔。

等間隔に生えた多脚はその重そうな鋼鉄の腹を宙に静止し続けている。

装甲はやはりあの忌々しい純白のコーティング剤に包まれていた。

まさしくそれは”蜘蛛”だった。

通称を与えられた超大型自立戦闘機体。

目覚めている気配はない。もしこいつが起きていたら、俺は生きていなかった。

……彼女は釣り針にはかからなかった。

目の前のそれについて彼女は口に出さなかった。

全く、当たり前の光景なのだろうか、彼女にとってそれは。

仕方がなく俺は、口に出すという畏れの整合性を何とか突き詰めてから、やっとそれを口にした。

「こんなデカい自立戦闘機体は見たことないぞ」

「これのこと?」

同時に、なんのこと?と彼女がそれを否定する幻を見た。

しかしその半透明の彼女はすぐに掻き消える。

予想に反して彼女はそれが、道端の名も知らない果実かのように、その純白の外皮をつんつんと人差し指で突き立て始めた。

「おい、それ大丈夫なのか」

びくりとした鼓動を噛み殺しながら問う。

「大丈夫よ、この子はもう眠っているから」

「眠っている?」

「うん、動力がないからね」

「ふーん、やっぱりそうなんだな……」

そう独り言と共に、バクバクとした鼓動をできるだけ外へと逃がす。

そうして逸る鼓動を抑えこみ、勤めて自然に、振り返った。

「あのさ――」

「……油を刺してあげましょうか」

「え?」

「ぎーぎーって錆びた音が聞こえた気がしたのよ」

「……よく意味がわからないんだけ――」

「そんなことよりも!私に何か聞きたいことがあるんじゃない?」

「ああ……そうなんだけどさ、よくわかったな」

「……はぁ」

彼女は返事の代わりに大きなため息で返す。

「まあ、たいしたことじゃないんだよ、ちなみにで聞くんだけどさ」

そこで区切って、そして一息に全てを乗せた。

「……それってここにある全部の自立戦闘機体が眠っているってことでいいんだよな?」

「そうよ、神である私が保証してあげるわ」

「そうか……」

瞬間的に、人が消えてしまったかのように散らばる真っ白な自立戦闘機体たち。

律儀に数えることを放棄するほどに通り過ぎた彼らが彼女の言葉を皮切りに急激に錆びついたように感じた。

「そうか……じゃないわよ、そんなことが聞きたくてもじもじしてたの?見ればわかるじゃない」

ずいっと耳元に顔を寄せて俺の口調を真似る彼女。

……そんなにもじもじしていただろうか。

「文明拾いのしきたりとして白い物は簡単に信じないことにしてるんだよ、それと、もじもじなんてしてないぞ」

「ふーん……じゃあ今度はこっちが質問させてもらうわ」

彼女は俺の弁明には興味など微塵もないようで。

俺は内心を悟られないように、声音に余裕を作る。

「ああ、なんでも聞いてくれ」

「……ずっと気になっていたのだけれど、その“文明拾い”って何?」

「え?」

思わず疑問符が口から滑り出る。

「何よ、そんな方言なんて知らなくても困ったことなんて一度もないんですけど」

耳元から離れるボリュームが彼女がぷいと顔を背けたことを物語っていた。

「拗ねるなよ、俺はただ純粋に、この放棄都市で生きていて文明拾いを知らない人間がいるんだなって思っただけだ」

「ずいぶんな自惚れね」

「あぁそうだな」

「それと私は神よ、その定義には入らないわ」

「あぁそうだったな」

「ねぇ、説明して」

ピシャリと水面を穿つ鉛のような言葉、そして俺の脳内はその言葉を波源に再度認識を始める。

それほどまでに文明拾いは当たり前だった。

「そう言われてもな、どこから説明したものか」

「察するにその文明拾いっていうのはおそらく仕事のことよね、それはあってる?」

「ああ、文明拾いは俺の生業だよ」

やっぱりね、と得意げを皮切りに彼女は続ける。

「それで、文明拾いなんて名前なのだし、あなたは学者さんかそれに近しい仕事内容だと推測するのだけれど……どうかしら?」

「学者?」

ただそれを復唱して、俺は堪えきれずに声を漏らす。それはあまりにも突飛な考察だった。

「何笑ってるのよ」

真剣で不機嫌な彼女の表情。

しかしそれこそが、彼女が本当に文明拾いに無知だと言うことを何よりも示していた。

「俺の仕事はそんな高尚な知的労働じゃない、誰もやりたがらないただの肉体労働だよ」

「それは賢人特有に自分の仕事を卑下して表現してい――むぐっ」

「そうじゃない」

副産物としてつるつるとした彼女の白布の感触を存分に味わいながら続ける。

「俺の仕事は謙譲とか尊敬みたいに回りくどくなくて、もっとストレートに人から忌み嫌われる仕事さ」

「……私の知識ではお手上げね、続けなさい」

“お手上げ”の形に彼女の白布が弛む。

「俺は今、俺たちがホームと呼んでいる場所でコミュニティを築いて生活している、見たところお前はホームの住人ではなさそうだが……ホームについて説明はいるか?」

「それについても説明しなさい」

やっぱりな、そう思った。いや、それはとても不可解なことなのだが。

「……ホームは一言で言えばこの放棄都市の中で唯一安全が保障されている場所だ、元々軍基地の本丸だったらしいセントラルと言う名の巨大な建造物を中心に、頑強な塀に縁取られた広大な軍基地をも大きくはみ出して、ビル群の一部を飲みこみながらに放棄都市の中に存在している同心円状の安全地帯のことを指すんだ」

「わかるようでわからない説明ね……」

「まあ最後まで聞け……ホームは広大だ、それこそその中でギリギリではあるが食料の自給が完結して、一歩も外に出ずにほとんどの人間がその中だけで朽ちていけるくらいにはな、だがそれでも全てがその中で完結するってわけじゃない、完結しないもの、それが何かわかるか?」

「そのホームではどれくらいの人間が共同生活しているのかしら?それと、その同心円の半径も教えなさい」

「直径が大体1.5kmぐらいだから半径はその半分で人口は……」

「どれくらいなの?」

「生まれてこの方考えたこともなかったな、全くわからん」

ズリっと背の白布が滑る。

「お気楽な人生ね……じゃあそのホームとやらで視界にどれくらいの人数が入るかでいいわ、それくらいならわかるでしょ?」

「……俺の住んでる外周地区だと、10、いや、ビルから垂れた足まで含めたら大体20人くらいかな」

「なるほどね、今のであなたの問い、大体見当がついたわ」

「ほう、聞かせてもらおうか」

「あなたの不誠実で不確かな情報を総合すると、ホームはどうやらものすごい過密状態のようね、食料は足りているとのことだから、足りないのはそれ以外に人間的な生活を営む上で必要不可欠なものってことになると予想するわ、そしてその中で一番足りないものはやっぱり住居かしらね、あなたのビルから垂れた足という情報とも反発しないし……どうかしら?」

「確かにお前のいう通り住処は足りていないな、外周地区じゃあ固定の寝床を持ってるやつはほとんどいない、屋根のある場所で眠りたければ必然的に誰かと争わなければならないし、そうしなければ星を見ながら寝ることになる、雨の日はいつも血の匂いがするくらいだ、だが住処じゃあない、それは……」

「それは?」

ゴクリと耳元で生唾を飲み込む音が聞こえる。

「それは、欲望だよ」

「は?」

「ホームの中にいれば命の危険はない、多少は飢えるがでも食い物が原因で死ぬことはない、それでも人は求めてしまう、外の世界にある果実を、その露の滴る艶やかな価値あるものにさまざまな欲望を託す、一攫千金、乾坤一擲、弱者たる自分を変えるために!命を賭して放棄都市へと繰り出すのさ!」

拳を強く振り上げる、その手のひらに黄金の輝きを包むことを祈って。

「はぁ……」

「なんだよ、感嘆にしてはやけに湿っぽいじゃないか」

「あなたに完璧な考察をした私がバカだったみたいね……」

再度、大きなため息が俺の首筋をくすぐる。

「それで?そのあなたの言う欲望とやらは具体的にはなんのことを示しているのかしら?」

「それはき――」

「希望、なんて寒いこと言わないわよね」

氷のように冷たい是正に気圧される。

「き、きのことか薬とか酒とかタバコとか……」

「なんかきのこと薬が並ぶと相乗効果がすごいわね」

「断じてお前の思っているような中枢神経に作用するタイプの薬じゃないぞ、抗生物質なんかの列記とした医薬品だ」

そこまで言い切って、こほんと咳払いによって場をリブートする。

「そしてそんな必要不可欠なものをホームの外から拾ってくるのが――」

「文明拾いの仕事ってわけね」

「おい、せっかくの決め台詞を奪うなよ」

「“神だから”、私には許されるのよ」

「むむ」

ふふんと得意げな彼女の吐息と対照的に、俺にはぐうの根を出すことすらできなかった。

こほんと咳払いで再び試みる。

「自業自得ね!」

無駄だった。

仕方なく強行突破に移る。

「それで?神の証明の場はいつになったら着くんだ?」

「奇遇ね」

「ん?……あ、おい何すんだよ」

ぴとりと防がれる視界。

白布越しに当てがわれた彼女の手のひらは通路の白色灯に透かされその輪郭を晒す。

「神の教えその1」

「神との出会いはドラマチックに演出しなければならない、だったか」

「正解」

「で、それとこれにはどう言う関係があるんだよ」

「神の証明はね、それを一眼見ただけで証明されてしまうのよ」

「はあ」

「遠目から見てじわじわってのは味気ないでしょう」

「だから、俺の目をこうやって塞いでるってわけか」

「そう言うこと」

軽やかに彼女はそう答えると急かすようにゆさゆさと小さく暴れ始めた。

幸か不幸か、この通路は横道などずっと存在しない一本道だった。

だがそれは関係ない、俺の足は一向に動きはしない、それは当然だ。

「照明の場はすぐそこよ、ほら」

「……この白布をずっと被っていられるお前にはわからないかも知れないけどな」

俺はそう彼女の特異性に前置きをして、そして当然の事実を突きつけた。

「前が見えなきゃ歩けない」

「問題ないわ、私がナビゲーションするからね」

「ナビったって限度があるだろ」

「つべこべ言わず歩きなさい、まっすぐ27歩よ」

「いや――」

「歩きなさい」

「はい」

屈して、恐る恐る俺は一歩を踏み出す。普段、ありがたみを感じることなく酷使していた視覚のその偉大さを身に沁みながら。

「そうそうその調子、結構うまいじゃない」

「なあ、俺ちゃんと歩けてるのか?不安なんだけど」

「心配しなくても真っ直ぐ歩けてるわよ、ほら、あと4歩、3、2……」

「マジで信じてるからな……」

「はい、そこでストップ」

俺は前に出した足に後ろ足を追いつかせて立ち止まる。

「……とりあえず、壁にぶち当たることはなかったようだな」

「神のナビよ、そんな失態は起こさないわ……ほら、試しに後一歩足を前に出してみなさい」

大きくね、と付け足されたその声に。

「ああ」

と、その意図を識る前に俺は足を踏み出した。

それも付け足された大きくに沿って目一杯に。

そして。

「痛ってえ!」

通路にその声と共にガンっと、したたかな音が響く。

視界は、鼓動と同期してじんじんと明滅を始めた。

「ほらね、これでわかったでしょ?」

「な、何がわかったんだよ……」

「私のナビゲーションが完璧で疑念を挟む余地もないってこと……どうせ、心の中で歩数をカウントしていたのでしょう?」

「うっ」

図星だった。

「さあ、今度は113度右に向き直りなさい、そして前に11歩よ」

「113度!?」

「何よ、その素っ頓狂な声は」

「いやいや、歩数とは訳が違うんだぞ、角度なんて正確に向き直れるわけがないだろ」

「……また、その問答をするのかしら」

間をおいて、彼女は纏う空気を変えた。

「私を、信じなさい」

「……はい」

有無はなく、そして俺は遙かなる旅路へと歩みを進める。

背に乗った彼女のナビに沿って。

それはとてもじゃないが俺の思い描く神に出会うための過程には程遠い。

だが、そのことを俺は口に出さなかった。

いや、出せなかったが正しいか。

それは、その旅路に問題があった。

「全速力で前へ11歩、そして12歩目で地面を蹴り上げて前へ跳躍しなさい」

「右へ3度向き直して、4歩で助走をつけてスライディング、頭はできるだけ低く、ね」

「目の前のそれによじ登って……そう、そこから目の前へ思い切り飛ぶのよ、全力でね、手を抜けば足を踏み外すことになるわ!」

「そう、そのまま全速力で!串刺しになりたくなかったら、32度左に、腕を伸ばして頭から飛び込むのよ!穴は小さいわ!体を細くするの!」

「う」

俺は決壊した。

「うわあああああああ!」

そして。

「着いたわ」

そのあっけらかんとしていて、少し、残念そうな彼女の言葉を皮切りに。

俺は道筋の全ての記憶を失った。

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