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4話 走り出す

結局、俺はあの部屋から何も持ち出すことはできなかった。

だがそれで良かったのかもしれない。

あれだけの物資を蓄え、それを現在まで守り抜いているこの牙城。

そこにどんなセキュリティが存在するのかなんてのは俺には想像もつかない。

それにあの声は俺をあの武器庫のある部屋へと向けた。

俺が勝手に入ったんじゃない。あの声直々にそこへ入れといったのだ。

それはあの声が俺を試していたことを意味するのだろう。

目の前に武器が合ったとき、どう動くのか見られていたんだ、と。

そんな考えがあの武器庫を後にした瞬間から湧いて出た。

まあ、その考え自体が俺の本能的な嫌悪を是とするバイアスだと言われれば否定はできないが。


「ふう……」


息を吐く。

今、俺はあの声へと続く扉の前にいた。

思う。

いずれにしろ俺はあの場面で銃を手にとらなかった。

彼女と戦うという選択肢を放棄した。

それが正解だったかはわからない。

だが、その選択をした以上、彼女と争うのはもうやめよう。

彼女が俺を助けてくれたのはおそらく事実だ。

理由は見当もつかない。彼女の言うように本当に理由なく俺を助けたと思えるほどに。

見ず知らずの他人の善意に己の命を委ねる。

相手があの声だとすれば、それは不思議と悪い選択ではないように思えた。


決意を固め、ノブを握る。

息を吸う。


「開けるぞ!!」


声と共に空気を放つ。


「入りなさい」


凛と立つような声に促され鉄扉を開く。

わずかに空いた隙間からその先へと光が逃げていくのが目に入った。

何故か部屋は暗闇に包まれていた。


「灯りつけてくれよ、俺はもう抵抗することはやめたんだ」


鉄扉の開閉を足にバトンタッチし、扉の先へ両の手のひらを見せる。


「ほら、銃も盗ってきてないぞ」


「いいから入りなさい」


部屋に、光が太く伸びる。

そしてそれがあの声の姿を貫くように浮かび上がらせた。


「まぶしっ」


「……何やってんだ?」


目の前に映ったあの声は変わらず、缶の山に腰掛けている。だが、受ける印象は全く変わっていた。

前とは違うあの声を取り囲む缶が形作るもの、それは俺には何か、儀式めいた……そう、玉座のように見えた。

非対称でありながらも調和の取れたそれは、中央に白く隠されたシルエットも相まってなんとも言えない”雰囲気”を醸し出している。


「もう、早く扉を閉めて」


「あ、あぁ」


圧倒されるままに俺は背後の扉を閉じた。

闇が部屋に満たされる。


その瞬間だった。

彼女はその暗闇が不可欠なものだったように様相を、纏う空気を変えた。


「ようこそ人間、我が神秘の部屋へ」


落ち着いた、どこか悟ったような声音と共にぼうっとオレンジ色の光が漆黒の視界に浮かぶ。

火。

ちいさな灯が彼女の白い指先に浮いている。

その光は彼女に導かれ、周りに積まれた缶に踊るように半身を落としていって。

あっという間に部屋はちいさなオレンジ色で満たされた。

彼女はそのまま演劇の終わりのように手首のスナップで源流を地面に投げ捨てる。

数歩先に滑り込んだのは黒く、頭を垂れたマッチ棒。


「質問に答えましょうか、約束通り考えておいたわ」


「……何故俺を助けたか、か?」


「そうよ、いくら考えてもあなたが何故それに固執しているのかはわからなかったけれど、でも答えは出たわ、それはね……」


「……」


「私が……」


「私が?」


信号強度が低い無線機のように言葉は途切れて続かない。

シルエットだけが意に介さないように不自然に揺れていた。


「……おい、おまえが何なん――」


突如、俺を遮り部屋にのぶとい男の声が響き渡った。

意味を成さないただ冗長に伸ばしたように聞こえるその声は男の数を増やして重なり合う。何だか無性に心が洗われるような……というかそれは、ホームにある教会という名の掘立て小屋から流れるノイズ混じりの声と全く同じだった。


そしてその声に負けない覇気であの声が叫ぶ。


「私が、“神“だからよっ!!」


「は?」


「簡単なことよ!神は民に慈悲を与える物でしょう、そこにはあなたのような矮小な人間如きに理解できる理由なんて存在しないわ!何故なら神だから!損得や理屈で測れるわけがないのよ!」


わかったかしら!と彼女は俺に言い放つ。

背後に荘厳な音楽を響かせて。

もちろん、わかってなどいない。


「……それは本気で言ってるのか?」


「本気よ」


「マジなのか?」


「大マジね」


どうやらマジらしい。

確かに、背景に奏でられたその神秘的な響きを前にしていると彼女が神とは言わないまでも神の御使いくらいの精緻さをその布の内側にはらんでいるような気が……。


「いや、おかしいだろ」


「人間は得てして、自らの常識から外れた現実を認めないものよ、それは恥ずべきことではないわ」


まくし立てるように言ってのける。上から抑えつけるような物言いに香る人間の息吹。おそらく、いや絶対にあの布の内側は神聖な存在なんかではない。


「じゃあ、お前が神だって証明して見せろよ」


「それはさっき証明したと思うけど」


「さっきってなんのことだ」


「今、あなたを照らしているこの灯は私が神の権能を使って無から生み出し、宙に固定したものじゃない」


彼女は燈火を遠近法を使って手のひらに乗せるように示す。だが。


「いやそれはただマッチで火をつけただけだろ」


「へ?」


「ほらこれ」


俺は数歩先の地面に転がったマッチ棒を拾い上げる。

それを彼女の眼前でひらひらと振ってやるとそれが燃え尽きた証である黒片が舞い散った。


「な、何故見えるの、人間の受容体ではこの光量で床を視認するのは不可能なはず……」


「ああ、俺レーシックしてるんだよ」


「レーシック……それってレーザーで視力を回復させる治療よね、何も説明になっていないわ」


「ん?俺が言ってるのは眼球改造のことだぞ、文明拾いになるときにディスプレイを埋め込んでもらったんだ、と言っても暗いところが少し見やすくなるのと簡単な拡張現実機能ぐらいのもんだけど」


「眼球改造……」


そのつぶやきを最後に黙り込む。だがその隙を逃すほど俺は高貴ではない。


「そして火がなんで缶の上に”固定”されたかだけど、その缶の中身シーチキンだな?」


「ちが――」


「おっと、誤魔化したって無駄だぞ、俺の目にはその缶のラベルの魚が見えてるんだからな」


「むう……」


「ツナ缶は真ん中に小さく穴を開けてねじった紙を差し込むだけで即席のろうそくにできるんだ、まあ文明拾いの豆知識だな」


反論はあるか、そう付け足すと彼女はカラカラの水筒のように声を絞り出す。


「……演出よ」


「演出?」


「神には、人間との邂逅は最大限ドラマチックに演出すべきだという教えがあるのよ」


「なんだその変な教えは……そもそもそれは嘘をついてまで守らなきゃいけないことなのか」


「ええ、何においても優先し、時には嘘もありとしっかり教えに書いてあるわ」


「つくづく変な教えだな……ってちょっと待て、教えって文章で記されているものなのか?」


「そうよ、神とはなんぞやという全てが記された経典があるのよ、神である私も学ばされることが多いわ」


「待て待て、おかしいだろ」


「何がおかしいのよ」


「お前、神なんだよな」


「紛れもない神よ」


「その神様が経典を読んでるのか」


「ええ、そうよ」


「てことはさ、お前よりもその経典を書いたやつの方がすごいじゃないか」


「そりゃ、神である私に影響を与えるなんてすごいわよ」


「そこ!そこがおかしいんだよ」


当然の疑問、矛盾をぶつける。


「神よりすごい経典っておかしくないか、っていうかもはやその経典を書いたやつの方が神じゃん」


「そんなことないわよ、だって田中先生は人間ですもの、まあ、あの尊い作品を見たら神だと勘違いするのもわかるけどね」


「ちょっと待て!お前の言うその経典を書いたの人間なのかよ!神が人間の教えに感化されちゃダメだろ!」


「何よ、神だって外からの影響を受けることはあるわ、傲慢にただ人を答えへと導く神よりも、人の声に耳を傾けて、共に悩み、時には自らを律していく、それこそ神の行いとしてふさわしいでしょう」


「なんだそのもっともらしい理由付けは、明らかにおかしいのに丸め込まれる!」


「それも、神の権能ね」


「神ってすごい!」


「……なんか、あなたってそういう人だったのね」


冷ややかな声音と布の奥、そこに隠されたジトっと呆れた目を確かに俺は見た。

それに風邪をひいたのか急速に熱った体が冷めていく。

そして自然と咳払いがこぼれ出た。


「コホン……話を戻そう、結局お前は神の証明に失敗したわけで、このままだと俺の中でお前は神を騙る偽物ってことになるんだが、それでいいのか?」


下手な誘導に彼女はまんまと乗って返す。


「そんなわけないでしょ、次よ、とっておきの証拠を見せてあげる」


「そうか、そいつは楽しみだな」


その言葉はあながち嘘ではなかった。

冷えたのは表面だけで体の奥底にはまだしっかりと熱が残っていた。


次、か。この白布は何をしでかすのだろう。神の証明、それをどう俺に納得させようと言うんだ?

手を触れずにコップでも動かす?それとも俺の心の内を当てるとか、まさか今度こそ本当に火を空中に生み出したりして。

暗闇ではなく白日の下でそれをやってのけたのなら、俺も彼女を神と認めるしかない。

浮かんでは消える神の証明。

その中で何故か、俺の胸は高鳴っていた。

彼女のテリトリーにいて、今この瞬間にも撃ち殺されたって不思議ではないのに。

決して抜け出すことのできない日常の内に死すらも取り込んでから、こんな気持ちになるなんて。もし彼女が本当に神なのだとしたら。その超常の力で気まぐれに、俺を――


そこで、気づいた。


こいつに?


ありえない。


現実にではなく、自らの楽観に軽蔑する。


実現性のない希望は毒だ。いや、もっと質の悪い。そんなものに縋れば、俺は終わる。


それは神の救済を期待するのと同じだ。

そう、何も変わらないじゃないか。


いまだにもぞもぞと缶の上で動き続ける彼女に期待するということはそう言うことで……。


「……おい、何やってんだ?」


「気づいたのなら早く私を玉座から降ろして、神の証明が見たいのでしょう?」


「……」


彼女へと歩を進める。俺が目の前に来ると彼女はぴたりとその芋虫然とした動きを止めた。

思考は、完全に冷め切っていた。


「何をしているの、早く」


そう言って両手を俺に突き出す。布が引っ張られて素足が露わになっているが、気にした様子はない。

頭によぎるのはブービートラップ。自爆か、それとも巧妙に仕組まれたダミーか。どちらにしろ俺は肉塊だろうな。


だが、俺はその手を掴んだ。


「ほら、行くぞ」


「あっ」


積み上げられた缶の上、手を引かれて彼女は落ちる。

前傾に、なすすべなく、狙い通りに、落ちた。

腕の中にふわりと香る生の匂い。


「思ったより重いな」


「悪かったわね……」


「悪いなんて、むしろ良いぐらいだ」


「はぁ?」


面食らったような素っ頓狂な声、それに被せるように突きつける。


「これは人間の重さだよ、お前はやっぱり神じゃない」


「いいえ――」


それに彼女は一瞬も戸惑いも見せなかった。


「私は神よ、それを今から証明して見せる」


堂々と、そして淡々とそれを当たり前に唱える。


「そうか」


その返事に俺は確かに満足していた。


「……で、いつまで私をそうやって抱きしめているつもり?」


「あっ」


「あ、じゃないわよ」


「すまん」


いつの間にか彼女の背に回っていた手を最速でハンズアップする。


「神の体温をいつまでも感じていたいのは理解できるけどね」


「そんな願望はないぞ」


「いいえ、あなたは私を抱きしめていたいはずよ、その証拠に私の願いを断れないはずだわ」


「願い?」


「背を向けなさい」


迷いのない瞳を布の中に隠している。直感的にそう思った。


「わかったよ」


俺は彼女へ背後を見せた。


「しゃがんで」


「……」


言われるまま腰を落とす。


「次は、頭に手を当てて膝をつけば良いのか?」


「いいえ」


小粋なジョークに被さる短い否定、それが終わりきる前だった。背中に小さな衝撃を感じた。

最初、その彼女の言葉が質量をもったのかと思った。


「ほら、早く立ちなさい、神の証明の舞台に連れて行ってあげる」


耳元で囁く彼女の声。

無遠慮に首に回された腕を伸ばして扉を示す細い指。


そこで彼女の言う願いにやっと気づいた。

彼女はただ俺を足に使いたかったんだ。ただ、それだけだったんだ。


「ははっ」


「何が可笑しいのよ?」


笑いが独りでにこみ上げる。完全にイカれてる、こいつは、そして俺も。

別に、彼女一人背に抱えるぐらいは造作もない。

神にしては重いが、幸いにして彼女は軽かった。


だが。


「いやだ」


ただ癪だった。


俺は一息に第一匍匐の要領で体を前へと弾いた。そして背後を見やる。


「ぶえっ!」


支えをうしなった彼女は発砲スチロールのようにぽてりと地面に倒れた。


その一部始終を俺は清々しい気持ちでただ見ていた。


「痛い……何するの!」


「やーめたっ!」


「やめたって何よ!」


「外面よくするのをやめたんだ、だからお前を担がない、もしそれでお前に殺されたとしてもそれでいい」


「なんで私がお前を殺すのよ!」


「そういうと思ったよ、ほんとお前は変なやつだな」


「ちょっと!あなたの言い分だとお前を殺す者よりも私の方が変ってことになるのだけど!?」


「あぁ、だからそう言ったんだよ」


「はぁ?」


「それにあそこでお前をおぶってたら、俺が実はお前のことを抱きしめたかったけど強がってやめた奴ってことになるだろ?それも癪だ」


「な、な……」


「おい早く行こうぜ、神の証明楽しみだなぁ……っとそうだ、もしちゃんと神の証明ができたら、またお前のことを恭しく扱うからさ」


「……後悔するわよ」


「だからしないんだって」


「……」


後悔する、彼女はそう言うとダンマリとその場で固まった。

床にぺたりと座り込み、上半身を手で支えるその体制からピクリとも動かない。


「なんだよ、拗ねたのか?根競べに付き合う暇はないぞ」


「暇はない、か……ふふっ」


彼女はこらえきれないように笑みを漏らす。それはどう聞いても要求を無下にされた敗北者の笑い方ではなかった。


「な、なんだよ」


数舜前の決意にヒビが入る。


「一つ、言い忘れていたことがあったわ」


「言い忘れていたこと?」


「不思議に思わなかった?私がまだ一度もあなたの前で歩いたことがないことに」


にやりと歪む口角を想像させる口調で彼女は問う。

それにつられて俺は記憶を遡った。

そして気づく。


「……確かに、お前は初めて出会った時からずっと缶の上に腰掛けていた、そしてそこから俺が手を引いて下ろした後もお前は一歩も動いていない……もっと言えばお前は――」


「”椅子から降りようともしなかった”」


「あぁ、そうだ」


「上出来ね」


そう言うと彼女はよろよろと危なげに立ち上がった。

びしっと音が出そうなほどに布から突き出た指を俺の眼前に突きつける。


「目に焼き付けなさい、これが神の歩く姿よ!」


「っ!」


神が歩くこと、それはそんなにも神聖な行いなのか。

俺は宗教に疎いが、確かに神が歩く姿と言うのはあまり想像ができない。

神の移動と言えば、例えば翼で羽ばたくとか、雲に乗るとか、そういった浮いて動くイメージが強い。


「んしょ」


ではなぜ、神は浮いているのか。

これは仮説だが……いや、もう既に仮ではないほどに俺は確信している。

聖なるものが人間どもの住まう不浄の大地を歩く。

それは俺が思っている以上に大きな意味を持つのだろう!


「よいしょ」


「……っていつになったらお前は歩くんだ?」


掛け声だけが口から洩れ、立ち位置の変わらない彼女に問いかける。


「早く、俺に神が地を踏みしめるという神秘を見せてくれよ」


「あら、見逃したの?」


「見逃す?まさか俺は奇跡を見逃してしまったのか!?」


「その神秘とか奇跡のことはよくわからないのだけれど……ほら、私の足をちゃんとよく見てみなさい」


「足?」


言われるままに俺は視線を下に向けた。


元々長さが足りなかったのだろう、彼女が姿勢良く立ったことでダブつきのなくなった白布は彼女の足首ほどで途切れている。

露わになった彼女の素足にいたっておかしなところは――。


「あっ!」


「気づいたようね」


「足が、動いている!」


目を凝らさなければ決して気づかないだろう。

彼女の足元はほんの数センチ、いや一センチにギリギリ満たないぐらい微妙な歩幅ではあるが確かに一歩ずつ踏み出されていた!


「言い忘れていたことだけどね、私、足を怪我しているのよ」


「え?」


「だからこれが私の全速力ってわけ、神の証明場所につくまであと10時間20分ってところかしら」


「10時間!?それは――」


「“困る“わよね、だってさっきあなたは“そんな暇はない“って言っていたもの」


勝ち誇るように彼女は反撃の一手を紡ぐ。


「そ、それならこっちにだってやりようはある」


腕を大きく開き彼女へと歩み寄る。

だが。


「あら、もしかして私をおぶる気なのかしら?それは私のことを抱きしめていたかったと証明することになってしまうわね」


冷笑を伴う彼女の言葉で俺は歩みを止めざるを得なかった。


「ぐぅ……」


「あなたは目の前の私をおぶることもできずにただ私が神の証明の舞台に到着するのをフリーズして待っているしかないみたいね、ちょうどぐうの音も出たみたいだし」


確かに彼女の言う通りだった。


だが、彼女の言葉、その中に細い光芒を俺は見た。


「……今、なんて言った?」


「ただ待っているしかないって言ったのよ」


「いや、その後だよ」


「ふん?ぐうの音も出たみたいだしって……あ」


「そう、俺はぐうの音を出したんだよ、ぐうの音が出ないんじゃなくてな」


俺は再び腕を大きく開き、わきわきと動かしながら彼女へとにじり寄る。


「ちょっと、何よ、あなたまさか私をおぶる気なの!?」


「おぶるんじゃない――」


俺は彼女へ飛びかかると白布のちょうど真ん中をがっしと掴んだ。


「”運ぶ”んだぁ!」


「ああ!おろ、下ろしなさい!!」


抵抗は無視して力いっぱいに彼女を持ち上げ、そして肩に担ぐ。

バタバタと身じろぐ彼女を押さえつけ、問う。


「証明の舞台はどこだ!」


「絶対教えない!」


「協力しないってならしょうがないな……」


「か、神は脅しには屈しないわ!」


「なら総当たりで行かせてもらうぞ!この部屋の扉は三つ、そして俺の入ったことのない扉は後二つだからな!」


俺は目の前のあの倉庫へとつながる扉から目を離す。


右か左か。だが幸い、若干右のほうが近い。決断に迷うことはなかった。


「右だあ!」


掛け声と共に俺は体当たりするように扉へと踏み出しノブに手を掛けた。


「ま、待ちなさい!」


彼女の静止と共にびたんと音がする。視界の右側、そこから鉄扉に向かって両の手のひらが突き立てられていた。


「証明の場はこの扉の先じゃないわ!」


あっちよ、と顔の向きだけで向かい側の扉を示す。


「そうか、あっちか」


「そうよ、あっちなの」


俺はゆっくりと踵を返す。


それに呼応してぺりぺりと剥がれた両手が、ほっと一息つくようにだらりと垂れ下がるのを見て。


「掛かったな!」


俺はくるりと向き直ると扉を勢いよく開け放つ。


しかし。


「だめっ!」


びたーんと再び鉄扉に両手が突っ張る。


「いきなりあっちの扉が正解だなんて怪しすぎるんだよ!」


「本当にこっちじゃないの!」


「だとしても、俺はもうこの先を確認しないと頭の中でチラついて先に進めないんだ!」


そう宣言してノブを握る手に力を込める。

するとギリギリと、音を立てて少しずつ扉は開いていった。

徐々に太く扉の先へ伸びていく光の筋。

俺はそれを求めながらも決して退くことはしなかった。

そんなことよりも、ただ目の前に突っ張る腕が撓んでいくことに比重を置いていた。

“力“という自由に魅入られていた。

だから気づくのが遅れた。


「本当に、だめなの」


湿った声音。それは俺に纏う力を解いた。


鉄扉はゆっくりと閉まっていく。そう、ゆっくりとだった。ピシャリと気丈に閉まりはしなかった。

俺は閉ざされていく扉から視線を外せないままに呟く。


「ごめん」


「うん」


「……」


沈黙。

それに耐えきれなくなった俺は振り払うように踵を返した。

先ほどとは対照的に氷のような冷静さを持って一歩ずつ、彼女の示した左の扉へと向かう。

慎重に取手に手をかけた、その時だった。


「……す、すっ、スキありっ!」


「え?――っていてえ!」


肩に激痛。すぐにその正体に気づく。


一瞬前まで死んだうなぎのようにだらりと脱力していた彼女が急に噛みついてきたのだ。


「何してるんだ!?」


「か、神だって窮すれば噛みつくのよ!」


「神なのに追い詰められてるじゃん!」


「ふん!あなた、なりふり構わなくなった神の恐ろしさを知らないようね、そんなにゆっくりとしていて証明の場に着くまで私の猛攻に耐えられるかしら?」


彼女はふふと不適に笑いながら再び顔の膨らみを俺に近づけた。


確かに手段を選ばない神ってめちゃくちゃ恐ろしいけど!


「……そこまで言われちゃ仕方ないな、走り出してから泣き言言ったって止まってやらないからな!」


「神は泣かないわ!」


「ならせいぜい振り下ろされないようにしっかり捕まってろよ!」


「言われなくとも振り落とされるように暴れてやるわ!」


「そうかよ!」


彼女の啖呵に押されて全力で鉄扉を開け放つ。

その先を確認するより先に俺は飛び出した。

再びのたうつように暴れ出した彼女を押さえつけながら。

足取りは確かに軽く、神の証明に少し期待して。

俺は走り出す。

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