7話目 皆坂ガス攻撃事案
※今回は実話を元に制作しています
そうして帰宅ラッシュの忙しい時間を切り抜け、時刻はそろそろ0200時、つまり草木も眠る丑三つ時というやつだ。
しかし陸自駐屯地は24時間営業、まるでコンビニのような場所であることに間違いはない。便利に使われ過ぎて人が消えていっているのは目を背けるが。
この時間になれば表門は既に閉鎖し、全員が哨所に詰めて交代で仮眠をとるか、駐屯地内の巡察に出ることとなる。
皆坂は仮眠で、巡察終わりの時村は休憩を挟んで監視任務、もう1人の表門担当は巡察中だ。
時計の針は回り、もうすぐ待ち望んだ仮眠時間がやってくる。
この眠気と戦い、打ち勝てば待つは極楽のお布団だ。
ちなみに自衛隊のベッドは最近新しくなったが、古い隊舎やこういう哨所の仮眠用ベッドは古いままだったりする。
貧相な骨組みに防錆ペンキを塗りたくっただけのベッドフレーム、ウレタンを詰め込んだ微妙なマットレスでも、この眠い警衛勤務中はスイートルームにも劣らないように感じる。
頼むから早くスィートルームで休ませてくれ。そう祈るけれど割り当てというのは無常で、我が3直の仮眠はあと1時間先だ。
「2直、仮眠します」
2直の繁藤3曹他2名は警衛司令たる近衛2曹に報告して仮眠室へと消えて行く。
ああうらやましい、このクソ眠い警衛中はいくらカフェインを摂取しても足りはしない。睡眠こそが唯一の救いなのだ。
監視カメラやセンサーは沈黙、監視カメラのモニターにも変化はなし。あ、トコトコと猪の親子連れが歩いてら。
弾薬庫の警戒装置も沈黙を保ったままで、時折巡察がチェックポイントの電話機から異常なしの報告を入れてくるだけだ。
あまりにも静か。街は静寂と闇に包まれ、時村たちはその中でも寝ずに見張り続ける。
誰もが皆安らかに眠れるよう、今日も変わらぬ平穏な夜を過ごせるように。
そんなたいそうな理由でも考えなければやっていられない。眠いものは眠いし辛いものは辛い。こんなことばかりしているから自衛官(特に普通科)は早死にするとかいう都市伝説が生まれるのだ。
そうして溜息をひとつ。しかしそれを掻き消すほどのババボボッ!とか、ブフォ!みたいな異音が背後から鳴り響く。
「なんや、テロか!?」
咄嗟に近衛はデスクに身を隠し、時村と他に詰めていた陸曹も身を屈める。
何か爆発したのか、音は仮眠室からだ。なぜそんなところから爆音がするのか理解が及ばない。
「お前マジふざけんなよこの野郎!」
罵倒と共に泣き叫びながら、仮眠に向かったはずの繁藤3曹が仮眠室のドアを開けて飛び出してきた。
顔は真っ赤で目元を覆い、何やら必死に逃げ惑う姿に時村たちは唖然として見送るしかない。
「「うわぁぁぁぁぁぁ!」」
続いて泣き叫びながら飛び出してきた2名はほぼ同時にドアを潜ろうとしたものだから、肩がドアの枠にすっぽりハマってしまう。
さながら戦争映画で飛び去るヘリに「俺たちも乗せていってくれ!」と駆け寄る兵士の如く。
洗面所からは水音が響き、どうやら繁藤3曹が顔を必死に洗っているようだ。
おまけに逃げ出してきた他の2人も洗面所に駆け込んで、何があったのだろう。
「お、おええ……」
さらには仮眠していたはずの1直2名が涙目で気持ち悪そうにしながら仮眠室をヨロヨロと出てくるではないか。なんだ、毒ガス攻撃でもあったのか?
そんな憶測の飛び交う中、皆坂は眠い目を擦り、あくびをしながら仮眠室を出てきた。
「なんだ、何があったぁ?」
「……てめえマジふざけんな、ぶっ殺すぞ!」
「よりにもよって大放屁しやがってこのバカが!」
「仮眠を返せ!」
のちに知る話であるが、時村を起こそうと優しく臀部を叩いた繁藤3曹に対し、時村はバ○コンガもかくやというほどの大放屁で返事をしたらしい。
眼前30センチでそれを浴びた繁藤3曹は泣き叫び、至近でそれを食らった他2名も悪臭に逃げ出したという。
なんという日だ。たとえ思い返して笑えないような話でも、娯楽に飢えた警衛中にこんなのを見せられたらたまったものではない。
唐突に笑ってはいけないサクラバトンチ24時に上番させられた時村士長の運命やいかに、である。
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