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2話目 仮釈放の時間

 金曜日が終われば土曜日が来る。

 その土曜と翌日日曜日が休日であることは自衛隊も変わらない。


 演習や駐屯地警備である警衛勤務、あとは当直にでもつかない限りはカレンダー通りの休みが与えられれし、年末年始休暇や夏季休暇も存在する。

 

 しかし休暇を取れても外出はままならない。

 駐屯地の外へ出るには外出申請が必要で、門限も存在する。

 更には残留という、非常時の待機要員として数名程度残す人員が決められており、下っ端は特に残留に付けられがちで外出の機会は少ないと言える。

 駐屯地内にもコンビニや喫茶店があったりするが、もし改装工事や業者入れ替えで閉店中に残留だったとしたら、待つのは地獄である。

 

 そんな中で外出証を勝ち取った時村はかなりいい方だといえよう。

 身分証と外出証を表門の歩哨に見せて通行許可を得れば、その先は今週待ち望み続けた娑婆の世界がある。


「おーいトッキー!」


 ちょうど目の前に止まった車から、イカしたサングラスを掛けた近衛が声を掛けてきた。


「おっす、お待たせしました〜」


「わりーな、俺も渋滞に引っかかってたわ。ほら乗れ乗れ!」


 呼ばれるままに助手席へ乗り込むと、近衛は車を走らせる。

 今日は彼のお勧めであるカフェに連れて行ってもらう約束をしており、甘党の時村はケーキがおすすめという彼の言葉に胸を躍らせて平日を生き抜いてきたのだ。


「まさか男2人で今どきJKみたいな甘味巡りとは、人生わからないものっすね」


「自衛官だってイニシャルトークにすりゃあJKよ」


「バーガー屋でJKが話してた、って?」


「こっちのJKが言ってた、なんてなったら保全隊前へ!ってなっちまうよ」


 自衛隊には情報保全隊という部隊がおり、機密漏洩を起こさないように見張っている。

 時々SNSに新人か大馬鹿野郎かが機密に当たることを書き込んだり、訓練中の写真をアップロードしているのを見つけては、投稿者を特定してお叱りの連絡を入れてくるので、密かにエゴサ部隊と呼んでいたりする……かもしれない。


 特に、入隊1ヶ月もしない新人が興奮のあまり投稿してしまい、教育隊にお叱りが飛ぶのは毎年の恒例行事といえよう。

 それはさながらにリスキルである。


「そういや、今日ってどこの店です?」


「聞いて驚け、桜庭市内だ。裏通りの個人経営で、知る人ぞ知るってやつだ」


 時村の第54普通科連隊は桜庭市所在の桜庭駐屯地に駐屯しており、周辺は小中高校だけでなく、大学もあるので街は人も多く、活気に溢れている。

 駅前アーケードは特に華々しく、流行りの店や様々なチェーン店も立ち並ぶけれど、人通りの少ない裏道にそういう隠れた名店はある。


 時村と近衛は大の甘党であり、こうしてスイーツが美味い店を探して回るのが趣味となっている。

 時村を連れ歩いているのはその趣味仲間というのもあるが、ダブルチェックでクオリティを担保したのち、妻とのデートに使うためである。


 よく言えば斥候、悪くいうならば人柱と言うやつである。


「どーやって見つけたんすか、その店」


「永年勤続者のネットワーク舐めちゃいかんよ。そこのマスターが元陸自らしくてな」


 近衛程に勤続歴が長い隊員は様々な技能習得や昇進によって役職が増えるに伴い、部隊を離れて様々な教育に参加することになる。

 それを教育入校というのだが、その教育隊には様々な経歴や所属の隊員が集まっているため、そこで見識を広めたり、こうして人脈を増やすに繋がる。


 恐らく、マスターが自衛隊時代に一緒の部隊に居た人とまだ連絡を取り合う仲であり、その人が甘党の近衛に情報を伝えたのであろう。

 意外と世間は狭いし、自衛官の伝手というものは侮れないものだ。


「見えてきたぞ、あそこの店だ」


 近衛が指差す先には、雑居ビルの間に挟まれた小さな店がある。

 ダークブラウンの外壁は本当に木材で作られているかのような雰囲気を醸し出していて、立てかけられたボードに書かれた「Perchoir」というのが店名だろうか。


「ぱーちょいあー?」


「ペルショワール、フランス語で止まり木って意味らしいぜ」


「ここでのんびりしていってくれ、ということっすかね」


「羽休めには良さそうな雰囲気だろ。コインパーキング近いのは高評価だな」


 表通りと違って、ほとんど人通りのない裏道に佇む店。

 果たして期待通りなのかとワクワクしながら車を降りた時村は、近衛と共に店へと向かう。


 その途中で歩調が合ってしまうのは、よく訓練された自衛官ゆえの習性と言えるだろう。

 悲しいかな、どうしても身体に染みついたものは抜けないもので、気付けば歩調が合っていてなんだか悲しい気分になるし、そのことを指摘して笑いのネタにしたりする。


 そんな悲しき習性に苦笑いを浮かべながらドアを開くと、カランカランとベルの音が鳴り響く。

 しっかりと店主に聞こえるよう響くのに、その音は不快にならず、むしろ小気味の良さで出迎えてくれた。


「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」


 カウンターで新聞を読んでいた、白髪のマスターは眼鏡をかけ直して目を向けて来た。

 温和な目つきで、どこか穏やかな笑みを含んだような姿に、なんとなく安心感さえ覚えてしまうのが不思議なところだ。


「それじゃトッキー、折角だからカウンター席と行こうぜ」


「そーしましょう」


 他に客もいないようだし、マスターと話してみたいのだろう。

 見るからに自衛隊を退職したのはかなり前らしい。もしかすれば、近衛より相当先に入隊した人かもしれない。


「2人とも、桜庭駐屯地から?」


「よく分かりましたね」


 近衛はニコリと微笑んでみせる。

 やはり自衛隊に一度入ったからには、同業者かどうか見分けられるものだ。


「髪型と、ガタイがね。どこでこの店を?」


「中曹同期の西村から教えてもらいましてね。ケーキが美味いと聞いちゃ、来ないわけにもいきませんよ」


 中級陸曹課程教育、通称中曹。

 2等陸曹となった近衛が行っていたこの教育で、この店のことを教わったということだ。


「ああ、西村のやつ2曹になったのか……懐かしいな」


「愉快なやつでしたよ」


「相変わらずか。それじゃあ、2人ともケーキ目当てだね」


「ええ。トッキーはなんか追加いるか?」


 近衛とマスターがあまりにも盛り上がっていたため、店内を見回していた時村は突然声を掛けられてビクリと肩を震わせる。


「ケーキにコーヒーセットでお願いします。軽食も気になるけど、次にしますわ」


「ケーキ入らなくなったら損だもんな」


「はい、それじゃあケーキセットだね。少し待っていてよ」


 そう言ってマスターはコーヒー豆をミルにかける。

 豆が砕けた香りは店内をたちまち満たし、その香りは心を落ち着ける。


 駐屯地を離れて、自分が一般人と同じように暮らしているのだと感じさせてくれる、優しい香りを胸いっぱいに吸い込む。

 あれだけ辛かった訓練を忘れ去ってしまうような香りで緊張をほぐす時村の耳には、アスファルトを駆ける軽い足音が聞こえていた。

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