Roud4「Memory」
グレンとの戦いに勝利したその夜。ジャックはひどい倦怠感と疲労感に襲われ、そのまま床についた。夢に落ちるにはそう時間はかからなかった。
蘇る過去。
5年前の記憶。目を閉じれば必ず見てしまうその光景。毎夜見るその夢がジャックを——ラディ・シャーロットを現世へ引き留めていた。
——サルバ暦1523年。
戦争が長期化し、皇帝が3度変わった今、何のために戦争をしているのか、何が発端だったのかを覚えているものはいない。
ただ勝つこと。それだけを求められ、シャーロット家もまたオーラ研究の第一人者として日夜研究に勤しんでいた。
「だから言っているでしょう!オーラの過剰使用によるデメリットは解析できていないのです!」
「しかしだねシャーロット卿、オーラナイトは兵站に大きく関わるのだ。戦争が続いてもう48年。我々が出し惜しみしてはこの国は負けるのだぞ」
「そんなことわかっています。そのために科学省の進展を具申しているのです!バロットは重装歩兵の投入を実用化しているにもかかわらず、我々は実験段階。オーラナイトに頼り切った戦況は即座に崩れ去りますぞ」
ラディの父ブリックはオーラ研究の第一人者だった。当時のフロイト戦争はおオーラが主戦力のロックス、科学が主戦力のバロットで分かれていた。戦争の長期化はバロットの科学を進展させたのだ。
「今や、バロットだけでなくアンデットにも力を使わねばならん。無理だということはわかっているはずだ。わが友ブリックよ、今我々がやるべきことはオーラによる戦力拡大と兵站の維持だ」
「わかっているさマックス。だがアンデッドの出現は我が国の歴史を見ても繰り返されているのは明らかだ。偶然じゃないぞ」
ブリックとマックスはオーラ省の局長、副局長の仲でありブリックのオーラ平和利用論とマックスの兵器利用論のぶつかりは日夜絶えず行われていた。
「父さん、資料まとめたよ」
「ああ、ありがとうラディ。すまないな、大声を出してしまって」
「ラディ君か。どうだい、お父さんの後は継げそうかい?」
「カルアン卿。まだ慣れていませんが、シャーロット家の名に恥じぬよう努力します」
すべてが順調というわけではなかった。戦局は刻一刻と変化し、科学技術で劣るロックスは貴重なオーラナイトがいなければ押されてしまうのが現状だった。
夜になりラディとブリックは、馬車に乗ってシャーロット家別邸へと向かっていた。
彼らにも領地はある。しかし戦況を左右する役職に着く以上王都であるウルドに止まらなければならなかった。
領地を信頼できる部下に任せ、家族全員別邸で生活していた。
「あらあなた、今日も帰りが遅かったですね」
「ああ、まったくマックスめ、なぜオーラを平和利用しようとしない」
「今は戦時中ですから。カルアン卿もあなた様の考えをわかっていらっしゃるはずです」
「どうだかな。最近、奴は派閥を作り始めた。これ以上力が大きくなればオーラが兵器化してしまう」
「早く終わるといいですね。それより、ラディはどうです?」
「ええ、毎日が発見の日々です。これも父上と母上の教育あってこそです」
「さすが我が子だ。研究員の中でも群を抜いている。あの子が後を継いでくれるのが何よりだ。はやくこの戦いも終わらせなければ」
「そうですね」
着替えをすませ、食堂へと向かう。母と弟妹が5人、そして父。家族全員が揃うのがディナーだけだった。
だからこそラディにとって食事時が一番大切だった。
1524年。
歪みは突如として大きく沈下していった。
「そうか……オーラとアンデットの関係——オーラは我々の体内から生まれるものではない。大地のエネルギーを——マックスに伝えなければ」
「父さん?」
大量の資料をそのままにしてブリックは急いで外に出る。
ブリックが資料をそのままに出ていくのはラディにとって不自然だった。
ブリックが出て行ってから数時間が立ったころ。もう太陽も沈みかけ、実務も終わる頃。
勢いよく開かれる扉。同時に1階の全方位の窓から白銀の鎧をまとった集団が別邸を襲撃したのだ。
「貴様ら、何者か!ここがシャーロット公爵の別邸と分かっていての痴れ事か!」
響き渡る執事の声。ラディは自室にしまっていた真剣を腰に携え階段越しに身を乗り出す。しかしその眼に入り込んだ光景は目を覆いたくなる惨劇だった。
「お逃げください——ラディさ……ma」
花崗岩のタイルに広がった深紅の池。
返り血を浴びた白銀の鎧を見た瞬間に使用人たちが斬られたことを一瞬で理解させられたのだ。
「大地の神アーラス。神に仇成すものに鉄槌を。我ら信徒に恩恵を」
「アーラス——まさかアーラス教⁉」
国教にして世界規模で信奉されるアーラス教がなぜ自分たちを攻撃するのか。ラディには理解できなかった。しかし誰も理解を待ってくれなかった。
気づいたときには兵士たちに包囲され、体中を痛めつけるように嬲られる。
「俺たちが何をしてきたというのです!父はこの国に従事してきた!それなのに!」
口を開けば顎を粉砕され、立ち上がろうとすれば両足の腱を切られる。抵抗しようと振るった剣は左手ごと切断される。
「神に仇成すものに鉄槌を」
追い打ちのように突きつけられる鉄槌。冷酷な刃は左胸を穿ち、生暖かい感触があふれ出す。そして徐々に消えゆく体温が自身の最期を悟らせた。
「イヤァァーーー!」
朦朧とする意識のなか聞こえる聴き馴染み愛した声。朧げな視界に映る中ぐらいの影と小さな影が倒れる光景。もはや色彩は明暗だけとなり、割れたステンドグラスから差し込む陽光が胸に刺さった十字架だけを照らし続けた。
瞼を焼き付けるように強い光でラディは目覚める。眠っていた脳が情報を集めようと全神経を過剰に研ぎ澄ませ、情報過多に脳が割れるほどの激痛に襲われる。
「おお、起きたか。まさか生きているとは。いや、死んで生き返った。アンデッド化というものかな?」
「こ——こっは」
「おお、人語を喋るとは!今までのアンデッドは知能を持たなかったが、貴族のオーラ操作が作用するのかそれとも突然変異か——ああ、すまないすまない。ここはわたしの地下ラボだ。紹介がまだだったね。私はハク・シーウ。東洋から来た研究者だ。キミの御父上の部下だ」
「父——さん。家族は」
潰れた喉笛から必死に声をひねり出す。
なぜ生きているのかよりも家族の安否が知りたかった。
「死んだよ。みんな死んだ。キミも、家族も、御父上も。世間では賊の仕業ってことになっている。まあ、オーラの真相を知ってしまったのがまずかったな」
真相を知った瞬間、頭痛はさらにひどくなり、動悸が激しくなった。
「そうさな私もこの事件の全容をしているわけではない。だが御父上が出したこの資料がマズかったのだよ」
ハクがとりだした数十枚の資料。
その資料には見覚えがあった。そう、ブリックが急いで屋敷を出ていた際に持っていた資料に類似したのだ。
「通称シャーロットレポート。これを知る研究員は皆殺されたよ。そう、ある一定の貴族を除いてね」
「一定の——貴族——?」
「ああ、御父上と対立する派閥だよ。わかるだろう?」
「兵器利用派!」
徐々に全身に力が戻り、拘束具を破壊し、ハクに迫る。
「そいつらはどこにいる!」
「おおっと、救ってやったんだ平和的に話し合おう。ある程度は目星はついているんだ。ブリック所長には世話になったからね」
ハクは一冊のメモ帳を机から取り出す。
メモ帳には兵器利用派を先導する貴族6人の名前が書かれていた。
アーベック、クラガン、オーヘン、ファーディック、そしてマックス。
「マックス——やはり」
「いやまて、あくまで容疑だ」
「ファーディック?ただのヨンクヘールがなぜ?」
「兵器派閥と面会をしょっちゅうしていたからな。これを知ってどうする?」
「復讐だ。わが父を、我が家族を殺した奴らへの復讐だ」
あの時ラディは左胸を貫かれ絶命した。しかし今、死人となって蘇った。どうやってアンデッドになったかなんてどうでもよかった。神はあの時自分を見捨てた。ならば死神となって復讐を果たすと心に決めたのだ。
「それなら私も力を貸そう。まあ、キミにこの情報と武器を与えるだけだが」
重々しい扉を開き、ハクはラディを工房らしき部屋へ案内する。
その中には歯車や謎の道具が乱雑し、壁には完成品らしき左手の義手が立てかけられていた。
「鉄砲装着型義手『アームギア』。私がこの国の技術省に献上した武器の一つだ。手のひらから鉛玉を飛ばせるぞ。動かすためにはオーラが必要ってことで不採用になったが、キミなら使えるだろう」
「俺を貫いた鉄槌はあるか?」
「あるがそれがどうした?」
「鉄槌を撃てるようにしてくれ。俺たちを貶めた奴らに同じ苦しみを味合わせてやるために」
「ふ、フフフフ!いいなあいいなあ!わかったすぐに改造してやろう」
ハクは楽しそうにアームギアを改造していく。過ぎた時間も轟々と燃える炎の熱さも気にすることなく。まるで子どものように集中しのめり込んでいた。
「どうして俺に与する」
「最初はそんなつもりじゃなかったが、アンデッドが生前の記憶を持つなんて初めてのことだからな。私はアンデッドを研究していてね。復讐が達成した時君がどう変化するのか興味がわいたのさ」
「ただの気まぐれか」
「そうさ。だがキミは復讐の力が得られる。私は研究成果が一歩前進する。ウィンウィンじゃないか」
改造が終わったのかハクは不気味な笑い声を響かせる。
「できたぞー!鉄槌を打ち出す新兵器。名付けてパイルバンカーだ!」
義手をちぎれた左腕に装着し、動きを確認する。
滑らかに動く義手。そして前に突き付け、鉄槌を打ち出す。
「グッ——」
「鉄槌を打ち出すのにオーラを一気に消費する。気をつけたまえ」
防具を装着し骨が露出した顔を、弱き自分を覆い隠すために仮面をつける。
ラディ・シャーロットは死んだのだ。ここに復讐鬼が生まれたのだ。
焼き付いた記憶から目を覚ます。
いつも見る夢とはいえ、汗が全身から汗が噴き出していた。張り付いた汗を吸ったシーツを取り、荷造りを始める。
太陽はまだ見えない。月明りも見えない中、ジャックは荷造りを終わらせる。
「世話になった」
太陽が昇る方向へジャックは歩み始めた。
伸びる影を振り返ることはなかった。