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鉄槌のベーゼルガ  作者: 榑樹那津
3/4

Round3「Downward」

うす暗い寝室。半月も沈みかけた夜。


「おやめください!おやめください!」


「もっと泣け!オラァ!俺を楽しませろ!」


髪の毛を掴まれ、ベットに激しく頭を叩きつけられるバラット人女性。その体は筋肉質でもなければ、骨が浮き出るほどやせ細っている。そして体中の痣、鞭の痕がくっきりと残っていた。


「アレン——いつもいつもあの態度がムカつくゥ!!!だがいつかあの玉体を俺の手でぇ……そのためにもはやく決闘をしなければ——」


「グレン様、そろそろお休みになられたほうが——」


「うるさい!どうせ下民だ。オーラで瞬殺だ。俺の華麗な戦いを見せつけてやる!ヘッヘヘヘヘヘ」


夜に響き渡る引き笑いと苦しみに喘ぐ声。

夜空は雲で閉ざされ星の光さえも届かなかった。


冷めやらぬ観衆の熱。

それもそのはず。二年ぶりの下剋上なのだ。オーラを持つ貴族と、只武力しか持たない剣闘士。手数の多さと武力を併せもつ貴族相手に戦場から帰ってきた兵士といえど勝つのは難しい。


「どうだい調子は」


「いつもどおりだ。安心しろ負けるつもりはない」


義手を細い棒でいじりながらジャックは応答する。その姿は緊張も焦りも感じられずいたって普段通りだった。

その姿に頭を掻きながらニックは待合室へ入る。


「悪いことは言わねえ。降りろ。いくらおまえでもオーラナイト相手は無理だ。今までの相手はそのハンデがどうにかなってきたが今回ばかりは——」


「こいつはハンデじゃない。まあ見ていろ」


いじるのは終わりと言わんばかりにジャックは肘から鉄柱を差し込む。尖った方向を肘に差し込み、突き出た先には十字架が出ていた。

余興が終わったのか、さっきよりも大きい歓声が上がる。


「そろそろ行くぞ」


「ああ——」




「さあ始まりました!2年ぶりの下剋上です。挑戦者入場です。狂戦士ベーゼルガの名をほしいままにしたこの男ォ——ジャック・ダリエルゥ―――!」


コロシアムはいつもの盛況ぶりはなく、ヒソヒソという声だけが聞こえるだけだった。まるで歓声を上げるのを恐れるように。


「続きまして入場しますは我らが英雄!グレン・ファーディック子爵!」


ジャックとは対照的に沸き上がる歓声。しかしそれは心の底から湧き上がる歓喜ではない。まるで無理矢理出しているかのようなその声。

奥の門から現れる甲冑の男。甲冑は玉虫色に輝き、兜は相手をあざ笑うかのような造形。


「おまえがベーゼルガか。ふっひっひっひ……そんなお粗末な姿でわたしに挑もうとするとは。まあ楽しませておくれよ。せいぜい戦士としてね」


手に持った剣を天高く掲げれば拍手喝采。その空気に酔うように全身で感じるように手を大降りに振っていく。


「自己陶酔か」


「何ィ?」


「おまえ自身はただのヒルだ。他の人間に寄生し利益だけを吸い取ろうとする。それを自分の活躍だと勘違いして陶酔を起こす」


「何を——貴様ぁ!無礼であるぞ。平民如きが貴族のこの私にぃ。殺してやるからなぁ。殺してやるからなあ!」


頭に血を登らせたように怒号交じりの声が兜によってこもりながら聞こえてくる。ある程度距離を取り、静寂の時間が数刻続く。


「試合ィィィ開始ぃ―――!」

空を裂くように響き渡る銅鑼の音。

開始と同時に動いたのはグレンだった。けたたましい咆哮とともに突進してくるのだ。しかしそれは情人がいや甲冑を着た兵士が出せる速度ではなかった。

猛スピードで距離を詰め天高く掲げた券を振り下ろす。ジャックは剣で防ごうとするが薄い膜が貼られたような刀身を察知した瞬間に間合いの外に出る。


「ほう、気づいたか」


「オーラによる身体強化と刀身強化。まさか、序盤から使ってくるとはな」


「貴様がわたしを滾らせたのだ。つまらん死に方をするでないぞ!」


身体強化による猛攻を目で察知しジャックは回避を続ける。オーラを放出している状況下では不利だと踏んでいるからだ。刀身にまとったオーラとつばぜりあいを起こせばこちらの剣が先にダメになる。そのため剣を温存するためにも今はオーラ切れを狙うしかなかった。


「フハハハハ!先ほどまでの威勢はどうした!ほら!ほぉら!」


「当たらねばどうということはない」


「ぬかせぇ!」


いくらグレンが優勢とはいえ攻撃はジャックに一切当たらない。身体強化と攻撃強化を行ったとはいえジャックの想定を超えることはなかったのだ。まるでグレンの戦い方を知っているかのように。


「どうした。そんなものか?死んだ御父上ならもっと上手く立ち回るぞ」


「——!!!貴様ぁ、何者だあ!」


攻撃が大振りになった瞬間、ジャックは腹部目掛け蹴りを繰り出す。攻撃に全神経を使っていたせいかグレンの態勢は簡単に崩れた。

立ち上がろうとするグレンに対し、ジャックは切先を喉元に向ける。


「立て。まだ戦いは——復讐は終わっちゃあいない」


「復讐?俺が何をしたって言うんだ!」


剣を大降りに振り、グレンはその場から立ち上がる。ジャックの声は歓声によってかき消される。グレンの心情は恐怖と怒りでぐちゃぐちゃに入り乱れ傷ついたプライドを払しょくしようと乱暴に剣を振るう。纏ったオーラの濃度が濃いせいか、刀身には紫色の膜がくっきりと映る。

しかし冷静さを欠いた攻撃など簡単に避けられるものはない。ジャックは造作もなく避け剣で玉虫色の鎧を殴っていく。

鎧に貼られた玉虫の羽が砕け堕ち、まるでグレンのプライドが砕かれていくように地面へ落ちていった。


「忘れたとは言わせない。俺は5年待ったのだ。おまえたちに復讐するために俺は地獄から舞い戻ったぞ。グレン・ファーディック!」


「5年前——まさか……やめろ俺は!」


「さあ戦え。おまえの前に立っているのは貴様らが消し去りたい死神だぞ!」


「ああ——あああ———あああああああああ——————」


出鱈目に突っ込んでくるグレン。それは怒りよりもプライドよりも恐怖心が勝ってしまった瞬間だった。剣を握った腕を掃い、首元に右腕を打ちつけるように地面へ組み伏せた。


「言え、なぜわが父をシャーロット家を襲撃した!」


「俺は話に乗っただけだ。何も知らない」


「首謀者は!」


「カルアン卿……マックス・カルアン公爵だ——それ以上は知らない!助けてくれ!助けてくれ!」


「寄生虫めが。覚えておけ。おまえが最後に見る男の顔だ。我が家族と——お前が搾取してきた人々に懺悔してくるんだなあ!」


口甲を外した瞬間、グレンの顔は失意に落ちる。ジャックは口甲をつけ直し義手の左腕で頭をわしづかみにする。義手を両腕でつかみ、足をバタバタと暴れさせ必死の抵抗をするグレン。ジャックはそんなことお構いなしに左腕を伸ばし強く握りしめる。


瞬間、左ひじから突き出た鉄柱が勢いよく引っ込むそして甲冑越しにグレンの頭を貫く。


左腕を勢いよく引き抜くとグレンを十字架上の鉄槌が兜ごと穿つ。

その一瞬の出来事に会場は静寂へと沈んだ。

だが一人の女性が歓声を上げるとともに市民だと思われる観客が盛り上がる。貴族はまるでばつが悪いように隣同士で話し合う様子が見られる。

頭に刺さった鉄柱を引き抜き、天高く左腕を突き上げた。



観客席で戦いの一部始終を見届けていたアレンとバランタイン。まるで接戦かのように見えた両者の戦い。しかしふたりからすればただ圧倒的といわんばかりの戦いだった。

アレンはいつもの赤いドレスとは違い、ラフな格好で観客に紛れていた。


「まさかオーラ有無を埋めてくる戦士がここにもいるとは」


「否、あの左腕。おそらくからくりだ」


「からくり?」


「ああ、東洋の国の技術だよ。奴は最後まで奥の手を隠し持っていた。しかし、グレン卿の練度が低いといえど身体強化と攻撃力をオーラで倍加しているのを一瞬で見定めるとは面白い。一度その顔を見たくなった。いくぞバレン」


「同行しますよ。まったく、アレン様の悪い癖だ」


ふたりは闘技場の通路に立つ。

眩い光の奥から歩いてくる鉄槌を持ったジャックが歩いてきていた。


「キミがベーゼルガだね」


「そこをどけ。俺にはまだやることがある」


「その態度、無礼であるぞ」


「下がれバランタイン。挨拶が遅れてすまない。私はアレン・シェリー。先ほどの戦い見させてもらった。興味深いなキミは」


「アレン・シェリー——仲のいい奴だったか?」


「いいや、少し話したことがある程度の仲だ。気にしなくていい。いや、すこしは悲しいかな。そんなことより、わたしと一戦どうかな?」


「まったく——」


「アンタは興味ない。どいてくれ」


アレンは道を終わらいながら開ける。ジャックがある程度離れた瞬間、アレンは腰を落とし低い体勢をとる。そして腰に刺した剣を握り一瞬でジャックとの距離を詰める。


「——!」


ガキンッ!!!

籠った通路の中に響く金属同士がぶつかる鈍重とした音。アレンの一閃をジャックは手に持った鉄槌で防御した。


「誇り高き精神を持つシェリー家が不意打ちとは」


「フッ——君という戦士と手合わせしたくてね。引き留めてしまってすまない。また後で会おう。ベーゼルガ」



ジャックとニックはコロシアムの一室である宴会の間へと案内された。

基本総会が終わり貴族たちの労をねぎらうための余興である剣闘士たちの戦いが繰り広げられた後、舞踏会が行われる部屋だ。

今回はジャックとグレンの下剋上が行われる予定があった。まさかジャックが勝つとはここにいる貴族たちは予想だにしていなかっただろう。そのためか皆冷たい目でジャックを睨んでいた。


「えー、ごほん。勝者ジャックよ。この度の一戦ご苦労であった。貴公の勝利を祝し、グレン卿の持つものを与えよう」


剣闘士が格上のオーラナイト《貴族》に挑む利点はこれだ。

その貴族が持つ領土、資産などを得ることが出来る。


(ジャック、金だ!ヒル子爵ともなれば私腹をたんまり肥やしてるはずだ。それかと地でもいい!)


小声でささやくニックの声などジャックの耳には入ってこなかった。

彼が望むものは戦う前から決まっていたからだ。


「俺が望むのはふたつ。一つはファーディック卿の財産。もう一つは国内渡航の自由だ」


「了承しよう。しかし、下剋上戦でファーディック子爵を殺害したことは見過ごせませんなぁ」


「そうだそうだ」


「帰属にたてつくとは無礼な」


まわりから聞こえる冷淡な言葉は度々大きくなっていく。この権力と数による空気の支配は完全にアウェイと言える。


「こっちは必死だったんだ。それにオーラを使用しながらも負けた奴が悪い」


「何を言うか!」


貴族たちの眼はより一層冷酷な物へと変化する。ニックはその状況に慌て始め、急いでジャックの頭を下げさせる。


「平民の分際で我々にたてつくとは何たることか!その仮面の下はさぞふてぶてしい面相をしておるのだろうな!」


「お待ちくださいオーヘン子爵。ベーゼルガの言い分も一理あるかと」


「何を言うかシェリー卿!」


「この下剋上制度自体、不公平と言えましょう。オーラというアドバンテージがありながらもファーディック卿は負けた。私が見るに最後はオーラが暴走し、ベーゼルガの命も危うかったように見えますが」


アレンの冷静な物言いにほとんどの貴族が黙り込む。ここにいるほとんどの人間がジャックとグレンの戦いを見届けたのだ。最後の一撃が下るその瞬間をも。貴族としてのプライドと事実がひしめき合い、言葉を失ったのだ。


「これ以上、彼を侮辱するというのなら、私が相手となりましょう。爵位を賭けた決闘もお受けしますが?」


歯ぎしりを立てながら怒りを抑え込む。その光景を見てアレンは「よろしい」とつぶやき、ジャックに向けてウィンクを返す。


「さ、さて、総会も終わったことですし、ディナーと行きましょう」


部屋に並べられる豪華な食事。ニックは普段食べる質素な食事とは違うその豪勢さに驚いていた。楽しむ貴族たち。しかし引きずった笑みや、無理に出した笑い声が彼らの気分を表していた。


「いやはや、まさかお前さんが勝たぁ驚きだぜ。今後も頼むよぉベーゼルガ」


「——世話になった」


「ん?なんか言ったか?」


颯爽と出ていくジャック。コロシアムを出ていき、自分の部屋へとたどり着く。割れた鏡の前に立ち、仮面を外す。か細い月光が部屋の中に立ちこめ、ジャックを照らした。

肉が切り裂かれ、骨が露出した顔。蒼い眼だけが生命の灯を宿していた。


「マックス・カルアン公爵——お前を殺すのも時間の問題だ」


月が雲に隠れ、世界に朦朧とした光だけが世界を照らした。


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