Round2 「War End」
50年続いたロッカスとバラットの争い、ユーロス戦争は突如としてバラットの降伏によって終戦を迎えた。
革命や暴動ではない。疫病の流行という第三勢力の猛攻にバラットはひれ伏したのだ。結果ロッカスは勝利したわけだが、長期化し、突如として終戦を迎えたせいか軍事が膨張したままだった。
結果多くの兵士が解雇に追い込まれた。職を失い日銭もなく、闘争という甘露を忘れられない兵士たちは剣闘士となりコロシアムで日々渇きを潤していた。
ロッカスの街の一つアーリッシにある武器屋。
「おーい、ニック~飯おごってよ」
「スーか、帰んな帰んな。こっちは次の仕事で忙しいんだ」
「えーー、イイじゃんイイじゃん。勝ったんだしパーッとやろうよ!」
金の長髪を揺らしながらシャンディー・ス―は帳簿をつけるニックの肩を揺らした。まるで子どもがおじいちゃんに物をねだるように、陽気で猫をかぶったような甘い声を弾ませる。ふたりの仲は長いらしく、遠目から見れば父と娘のようにも見えるがニックは「腐れ縁だ」とごまかす。
「スーか」
「あ!ジャック~!あんたのおかげで昨日はいい夢見れたんだ。ありがとねッ!」
投げキッスをするがジャックは帳簿をつけるニックの前に座り、タバコに火をつける。左手はなくなっており、長い袖がだらしなく垂れている。しかし仮面をつけたままだった。馴れていないのか少し咳き込むがそれを隠すように煙草をくわえた。
「よく眠れたか?昨日はえらく手こずってたな」
「なんでもありとはいえ重装歩兵が来るとは思っていなかったよ~」
「重装歩兵はオーラナイトに次ぐ戦争の要だからな。国も手放したくなかっただろう。今回のお相手が特例だったのさ」
戦争が終わったからと言って次の戦争がお起こらないわけではない。そのため最新の戦術に関わる重装歩兵は解雇対象にならなかった。
「ま、敗残兵がそのまま賊になってくれたおかげで武器の需要はうなぎ昇りよ。殺して手に入れた装備だって契約相手がいなけりゃこっちの取り分よ。売れるぞー、こいつは」
バラットは敗戦後、疫病の収束に追われたため戦地に残った敗残兵は祖国に変えることもできず、賊に堕ちる者ばかりだった。
「さ、さ、さ、帰んなスー。こっちは下克上で忙しくなるんだ。おまえもトレジャーハンターとしてお宝でも見つけてきたらどうだい」
「バーカ言うんじゃないわよ!賊が跋扈してる中お宝探しも追剝にもできるわけないじゃないか!って、下剋上ってどういう事だい!」
「言葉のままだ。俺は次の試合、貴族に下克上を挑む」
「貴族ゥ⁉いくらアンタでも無理だって!貴族っていやあオーラを使ってくる異能者だろう。どこに所属していたかもわからないアンタが勝てるはずないよう!」
コロシアムで剣闘士戦において10連勝ことで貴族と一対一の戦いに挑むことが出来る。それが下克上と呼ばれるコロシアム開催から続くシステムだ。貴族に勝てば望むものが手に入る。その貴族が持つ爵位、財産なんでもだ。
しかし貴族に勝った者は開催から2年たった今でも現れない。そう、一兵卒の兵士と、貴族とでは決定的な違いがあった。
「オーラだな。貴族や神官など上流階級にのみ許された異能。こりゃ厄介なんだな」
オーラは上流階級の人間の体内でのみ生成されるという謎のエネルギーだ。それを使い、炎や雷を生み出したり、身体強化、武器強化を行うことが出来る。
先の戦争で重装歩兵は目まぐるしい活躍を納めた。しかしオーラを操る異能者の活躍はそれを上回る。
「かまわん、そんな相手この手で突き破るだけだ」
「いくらジャックでも無理だよ」
「そうだ、相手はグレン・ファーディック子爵。オーラナイトの中じゃあ下の方だが、それでも兵士何十人規模の強さだぜ」
グレン・ファーディック子爵。
4年前に子爵へと成り上り、戦争では一個中隊を率い、戦争を率いていた。
狡猾で残忍な性格で、攻め落としたバロット軍の基地にいた慰安婦を奴隷として飼っている。
「あのヒル子爵かい!やめときなよ~。骨の髄まで吸われちまうよ」
「もう決まったことだ。ニック、武器の手配を頼む」
「あいよ。(いつも無茶な戦いをしよって。ま、あいつの稼ぎで揃えているから面倒なだけだがよ)」
ジャックはコロシアムで得た報酬を装備の補修や調達に使っている。ニックに甲冑を新調するように提案されるが、「これが馴染む」と言ってごまかしていた。
ジャックは自室に戻ると、古びた鏡の前に立ち、震える手でシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外していく。
胸元を勢いよく開く。そこには無数の傷が刻まれており、ジャックは左胸の丸い傷を触る。
傷の広さはジャックの義手についた十字の鉄柱と同じ直径だった。
傷を撫でる度に思い出す惨劇の光景。窓は割られ白い絨毯は使用人の血で染められた。
「忘れない——忘れない」
そして自分の心臓を貫いた鉄柱の冷淡で狂気的な感触。心臓を貫かれ血がとめどなく流れ熱が消え死を迎える感覚。
壊れた窓から差し込んだ陽光に照らされた十字架。
煮えたぎる憎悪をマスクで隠し、ジャックは鏡をたたき割った。
ロッカスの王都ウルド。今日は年4回の総会が開かれ、全国を統治する爵位を持った貴族が集まっていた。
「これはこれはシェリー卿、あったのは春の総会以来でしょうか。お美しさに今日も磨きがかかっておりますなぁ」
「やあファーディック卿、最近下剋上を申し込まれたそうじゃないか」
菊塵の長い髪を下ろした男と、黄金の長髪の女性が会場の真ん中で話し始める。どうやらアレン・シェリー伯爵が飲み物を取りに行こうとしているところに男が突然話しかけてきたようだ。
「なに、相手は所詮ただの兵士。オーラが使えないものなど人ではありますまい」
「我々の生活は人民があってこそだということを努々忘れてはいけないぞ。そういえば、貴殿は先の戦争で捕獲した慰安女性を奴隷として飼っているそうだな」
「ええ、ええ。どうせ売春婦か慰み者になる運命なのです。私に買われるのなら、あれらも幸せでしょう」
「いただけんな、たとえ敵だったとしても」
「さすがはシェリー家の御息女。敵にも情けをかけるほどの高貴の志。是非ともそのお心をロッカスのためにお使いくださいませ……」
そういうと気に食わない顔を一瞬みせ、グレンは他の貴族の元へと歩み寄っていく。
アレンは髪を撫で飲み物を取りに向かう。
そうすると他の貴族よりも体が大きくがっしりとした男が、水が入ったグラスを持ってアレンの目の前に歩み寄ってきた。
「アレンさ……アレン卿、シビックの丘ではお世話になりました。わたしを覚えてますか?」
「バラタインではないか。そうか、功労が認められ今はバラタイン男爵だったな」
「いやはや、まだその呼び方は慣れていませんなぁ。作法よりも私は剣が似合うようで」
「なに、貴殿を馬鹿にするものなどいないさ。私の右腕なんだからな」
アレンとバラタインはユーロス戦争最後の攻防と呼ばれたシビックの丘戦線で共に戦った仲だった。アレンの立場関係なく能力で評価する性格状、バラタインは彼女の右腕として戦線を駆けた。
「ハハハ、そう言ってくださるとうれしいです。先ほどの方はファーディック卿ですね?」
バラタインは睨むように他貴族に媚び諂う紅蓮のほうを見る。
「おまえも知っていたか」
「噂はかねがね。先ほど話しかけられましたが、兵士出のわたしが気に食わなかったのか、かなりネチネチと言われましたよ」
「彼は元々爵位を持たぬ貴族でな。四年前、子爵の地位を得たのだ。平民の貴殿が成り上がったことが気に食わないのさ」
「成程」
バレンタインはアレンの耳元まで顔を近づける。
「これは風の噂なのですが、グレン卿は兵士たちへのあたりも強いご様子」
「気に食わんか?」
「ええ、アナタのもとで戦った身としては」
「なに、ああいう人間は他にもいる。貴殿も用心しておくんだ」
定刻となり総会は開かれた。
終戦前は戦時状況の報告や、兵站の状況を報告するなど皇帝、公爵たちだけの定例会だった。しかし戦後となれば戦後処理や国内の政へと会議の内容は移り変わっていった。
とくに目を引いたのは農作物の生産量が増加しているのは貴族たちの目を引いた。
「我らが力オーラを活用することで農作物の生産量を倍加することが可能となりました。農林省はこの栽培方法を提唱したマックス・カルアン公爵を賞賛すべきと考えます」
巻き起こる拍手の中、笑みをマックスは壇上へと上がる。
「皆さまありがとうございます。一重にこの説を提唱してくれた亡き友シャーロット公爵の御助力あってこそです!本当にありがとう」
歓声と拍手の中マックスは壇上から降りる。ちょうど横の席にいたアレンは彼の喉をいたわり、コップを差し出した。
「シェリー伯爵ありがとうございます。お父上は元気ですかな?」
「ええ、隠居したとはいえ今だ戦場に出ております。跡継ぎの私としてはやめていただきたいものですが」
「さすがは大英雄ですなあ」
「それよりカルアン卿、最近アンデッドが各地で目撃されている件ですが」
「またそれですか。私は何も知りませんよ」
最近のロックス周辺を荒らしているのは蛮族だけではない。死者が蘇りし存在アンデッドが跋扈するようになったのだ。なぜ死者が蘇るのかは不明。疫病によって死んだ人々がアンデッドへと変わっていった。
去年の夏ごろからアンデッドの目撃例は相次いでおり、アレンは執拗にマックスに文通を通し聞いていたのだ。
「しかしここ数年アンデッドの被害が多い。これを無視しては民の安全は——」
「安心なさい。どうせすぐ収まりますよ。わたしたちには神とオーラの加護があるのから」
マックスの誤魔化すような言い方が鼻につく。終戦によってこの四年間が激動の日々であったのは確かだ。軍縮による兵士の大量解雇、戦後処理、賊の対処など。多くの問題が山積みになっている現状がアレンにとっては偶然には思えなかったのだ。
総会が終わり、アレンはバレンタインとともに馬車へ向かっていた。
「いやはや、貴族というのは肩が狭いものですな。お、あそこに居られるのはカルアン卿とファーディック卿じゃありませんか」
「目を合わせるなよ。他にいるのはカリラ侯爵、クラガン伯爵、オーヘン子爵、アーベック伯爵。カルアン派と呼ばれる人たちだ。噂では闇社会とも関係が深いらしい」
「触らぬ神に祟りなしですか。しかし先の戦争は彼らの功績も大きい。身の振り方が難しいですな」
馬車に乗り、アレンは考え込んでいた。終戦から4年。疫病、アンデッドの出現、シャーロット公爵の死去。様々な要因が偶然とは思えないほど重なっている。
「偶然——まさかな」